第12話 望みを聞いてくれ
「俺の望みを聞いてくれ」
流行の教師ジョルジュ・モロー子爵は、薄っすらと化粧をした顔に男臭い笑みを浮かべ、低く響く声で言ったのだ。
今、ジョルジュは、下町の酒場にでもいるような粗野な男の表情をしていた。
それでも指先だけは先程までと同じ、麗しい女性の仕草のままで、紅茶のカップを優雅に持つと、どこか挑むような目で私をじっくり見つめながら、紅茶を飲み干したのだった。
マリー仕込みの話術を使い、揺さぶりをかけてみると、こうなった。
なっちゃった。
ジョルジュの髪につけた大量の羽根は、変わらず華やかに揺れていたけれど、ジョルジュの顔からは先程まで見せていた女性らしさが消えていた。
あの女性らしさは演技だったのだろうか。
前回はムッチリと太り気味に見えていたけれど、こう男っぽい仕草をされると、太っているのではなく、ただの厳つい体つきのようにも見える。
これがジョルジュの本当のところなのだろうか。
でもまあ…
「聞かせていただくわ」
私は、たっぷりと角砂糖を入れた紅茶のカップを持ち、ジョルジュに向かって微笑んでみせたのだ。
ジョルジュは眉をあげ、少しつまらなそうな顔をした。
「驚かないんだな」
「何か驚くような事があったかしら」
「怖くもないんだな」
「何か怖い事があったかしら」
「一人で俺みたいな男と向かい合っても、平気なのか?」
「一人?」
私は首を傾げたのだ。
ジョルジュから話を聞き出しやすいように、護衛のルイス以外の者達は、下がらせていたし、ルイスは壁際に控えていた。
だからジョルジュは、私と一対一で向かい合い、私が一人だと思っているのだろうけれど、私の一人は、いっぱいいるのだ。
指先の玉ちゃんは、私を力付けるように、ピカピカと光っていたし、チルちゃん軍はジョルジュやテーブルによじ登り、眉間にキュッと可愛い皺を寄せ、闇をブサブサ刺していた。
かわいい。とてもかわいい。
弓矢部隊の飛ばした矢が、緩慢な速度で弧をかきながら、ジョルジュの頭に刺さり、闇を散らせば、「チルチルチル!」と歓声があがった。
そんな長閑な光景を眺めながら、私は微笑み、言ったのだ。
「私は一人でいても、一人ではありませんのよ」
すると、私が数に入れるのをすっかり忘れていた護衛のルイスが、壁際からコツコツと足音を立て、私の背後で静かに止まった。
腰に下げている剣を、一度だけカチャリと鳴らし、その後は動かなかった。
ジョルジュに対する警告だろうか。
まるで護衛みたいな動きだった。
まるでも何も、ルイスは護衛なのだけれど、限りなく友達寄りの護衛なのだ。
ルイスの護衛らしい動きなど、これまでに見た事がなかった。
振り向いてニヤニヤしながら護衛のルイスを眺めてみたかったけれど、我慢した。奥様だから。奥様じゃなかったら、絶対に見てた!
ジョルジュは私の背後に向かってニヤリと笑った。
「確かに一人じゃないな。頼りがいのありそうな、護衛の兄さんだ。兄さん、そんなに怖い顔をしないでくれ。何もしないよ。俺はエルサ様の敵ではない」
「では、私の味方なの?」
「ふふふ。エルサ様の教師さ」
微妙に誤魔化した。
敵はないけれど、味方でもないらしい。
ふんふん。
「怖くないなら、これからは今の俺でいていいかな」
「私は別に構わないけれど、きっと私の周りが許さないでしょうね」
何しろ私は公爵家の奥様なのだ。
突然態度が変わった怪しい男など、私が許しても、まず侍女のローズが許さない。
絶対に許さない。
あれ?もしかすると、許した私までローズに怒られるかもしれない。
え?!ローズに怒られる?
それは嫌!
「やっぱり、私も許さないわ!」
慌てて言うと、ジョルジュは軽く両手を挙げた。
「今だけ許してくれ。これっきりだ。後はいつもの俺に戻る。でも、こっちの俺の方が、本当の俺なんだ。今から本当の事を話したい」
「いつもの女性っぽいジョルジュは、嘘のジョルジュなの?」
「嘘じゃないが、本当でもないな。あっちの俺は趣味みたいなものだ。楽しい。それに便利だ」
「便利?」
「ああ。俺はこういったチャラチャラした服が好きだ。羽根だってなるべくたくさん付けたい。俺は好きなように着飾りたいんだ。でも、この服でこの羽根でこの俺だと、皆の頭が混乱するんだよ」
ジョルジュは一つ、わざとらしいため息をついた。
ふんふん。
女性的な華やかな衣装に、男臭くて厳つい中身だと、確かに、「なんで?」と頭が混乱するかもしれない。
「混乱ていうのは人を不安にさせるんだ。不安になった人は、なんとかその不安を排除しようと攻撃し始める。俺がどれだけ面倒な説教や議論に巻き込まれてきたか知ったら、きっとエルサ様はドン引きするよ。暴力だって始まるんだ。でも、こっちの私なら、どうかしら?」
ジョルジュの声が急に高くなり、艶を帯び、顔つきも、仕草も女性になった。
途端に、驚くほど違和感が消えていった。
統一感が出てきたせいだろうか。
不思議だ。
「ね。こっちの私なら、誰も混乱しないのよ。みんな受け入れてくれるわ。便利でしょ。私も楽しめるし」
そこでジョルジュはまた男臭く笑ったのだ。
「俺は皆の心の平安の為に、あっちの俺でいるんだ」
「なるほど」
分かった気がした。
「でも今から俺は、本当のところをエルサ様に話したい。だから、この俺も受け入れてくれ。今だけでいい」
「いいわ」
あっさりと了承すれば、ジョルジュは真意を探るような目つきで私を見つめた後、キッパリと言ったのだ。
「俺はチャラチャラと生きたい」
「チャラチャラ?」
突然何を言い出すのだろうか。
さっきもチャラチャラとした服が好きと言っていたけれど、チャラチャラってどういう意味なの?
軽薄という意味?
派手という事?
チャラチャラ生きたいって何?
遊び暮らしたいという事?
悩む私から視線を高い位置へとずらしたジョルジュは、妙に澄んだ目をして虚空に向かって続けたのだ。
「俺はチャラチャラとした衣装を着て、チャラチャラと暮らしたい」
だからチャラチャラって、なんなの?
「あの、具体的にはどういう意味かしら。チャラチャラって?」
尋ねると、虚空を見つめていた澄んだ瞳が降りてきて、私を見つめ、言ったのだ。
「俺好みの派手な服を着て生きたい。邪魔になるくらい装飾の多い、キラキラとした服を着て、行きたい場所に行きたい。食べたいものを食べたい。好きな事をして暮らしたい。チャラチャラと生きたいんだ!」
強い決意を聞かされたけれど、要するに、好きに生きたいという事なのかしら?
では好きに生きればいいのではないだろうか。貴族なんて、傍若無人に生きている気がするけれど。
何故、そんな叶わぬ夢について語るような顔をしているのだろうか。
「それは難しい事なの?」
不思議に思って聞いてみた。
ジョルジュはまた澄んだ目を向け私に言った。
「金がない」
「なるほど!」
わかりやすい理由だった。
「でも、モロー子爵家は、領地はなくとも、商売をされていると聞いたわ。王都にも店があるのでしょ?装飾品やバックが人気と聞いたけれど」
お金はあるはずだ。
不思議に思っていると、ジョルジュがまたまた澄んだ目をして言ったのだ。
「たっぷり儲けている。しかし、俺の着たい服は儲け以上に金がかかる。俺の行きたい場所も金がかかるところばかりだ。俺の食べたいものは、とびきり高いものばかりだ。俺のやりたい事は全部金がかかりすぎる」
ジョルジュは静かに目を閉じ言った。
「だから俺には金がない」
「なるほどー」
儚く言っているけれど、金遣いが荒くて、いくら稼いでも追いつかないってことよね。
ふんふん。
「あっさりと受け入れたんだな。この話をすると、大抵呆れられるか、冷たくされるか、怒り出すんだが」
ジョルジュは不思議そうに私を見つめた。
私は肩をすくめてみせた。
「好きに生きればいいと思うわ。それに、もっと儲ければなんとかなると思うわよ。ジョルジュならそれが出来るでしょ?私があなたに言えるのは、望みを叶える為に頑張って儲けなさいという事だけよ」
ジョルジュは「そうか」と、満足そうに微笑んだ。
「エルサ様は、俺を受け入れてくれるんだな」
「受け入れるわ」
私はキッパリと言った後、ふと首を傾げた。
「でも、それがジョルジュが言いたかった本当のところなの?」
てっきり、お金を貸してくれと言い出すのだと思っていた。
しかし、ジョルジュにそんなつもりはないらしい。
「そうだが、そうじゃない。なあ、エルサ様。俺は俺を受け入れてくれた人は、皆、俺の友達だと思っている。だからエルサ様はもう俺の友達だ」
「強引ね。でも、いいわよ。宜しくね、お友達」
「ふふふ。ありがとう。嬉しいよ、俺のお友達。さて、ここからが本当のところだ。チャラチャラ生きる為に、日々金儲けに勤しみ、色々な場所へと顔を出している、俺からお友達への、そうだな、助言だ」
「助言?」
「ああ。ささやかな助言だ」
ささやかと言いながら、ジョルジュは酷く真剣な顔をしてテーブルの上に身を乗り出してきた。
玉ちゃんが警告するようにピカピカ光り、テーブルの上でいたチルちゃん軍が不思議そうにジョルジュを見つめ、背後のルイスが剣をカチャリと鳴らしたが、ジョルジュは体を引かなかった。
そして、私の背後にいるルイスに聞こえないほどの小さな声で言ったのだ。
「いいかい、お友達。何かマズい事に気づいた時には、騒々しく考えろ」
「・・・どういう意味なの?」
「今は分からなくてもいい。だか覚えておいてくれ。俺の大事なお友達。誰かといて、何かマズいと気づいたなら、その瞬間に騒々しく考えろ。絶え間なく、騒々しく頭の中で考え続けろ。他愛もない、どうでもいい事を考え続けろ。隠したい秘密があるなら、必ずそうしろ」
訳の分からない事を、ジョルジュは真剣な顔で私に言った。
どういう意味だろう。
騒々しくどうでもいい事を考え続けるって、どういう状況?
意味がわからないけれど、お友達ジョルジュはとても真剣に、私に何かを伝えようとしている。
騒々しく考え続けている事で逃れられる危機とはなんだろう。
誰かといて、とジョルジュは言った。
その誰かに対して、頭の中で騒々しく考え続けるという事なの?
それは誰?
その時。
何故か、ふと思い出したのだ。
金色の髪と、夢見るような緑色の瞳をした美しい女性を。
素早くジョルジュを見れば、真剣な目をしたままだ。
頭の中で騒々しく考え続ける事で対抗出来る相手というのは、人の心を読める相手ではないだろうか。
心を読まれないように、騒々しく考え続けろと言っているの?
それは、光の泉から公爵家を呪続けたオーフェリアみたいな相手?
でもオーフェリアは消えてしまった。
他にもオーフェリアみたいな能力を持つ人間がいるという事なの?
その思いつきを尋ねようと口を開くと、ジョルジュが素早く体を引き、深く椅子に座ったのだ。
「俺の大事なお友達。これで話は終わりだ。俺の本当の望みは長生きなんだ。大勢の孫に取り囲まれて、幸せにチャラチャラとした老後を送りたい。そしてその時には、俺のお友達ともチャラチャラと茶を飲みたい。ふふふ。俺はお友達にも長生きしてもらいたいんだ。さあ、その為に必要な事が分かるかな」
「必要な事?」
尋ねると、ジョルジュは男臭い笑みを消し、艶のある笑みを浮かべた。
「あら、嫌だ。もちろん、お勉強よ。私はエルサ様の教師なのよ。知識はいつだって役に立つわ。さ、今日の授業を始めましょうね。今日は、そうね。北の辺境領で見つかった宝石の話からしようかしら。この宝石は、王国のドレスに革命を起こしたのよ」
ジョルジュは何事もなかったように、授業を始めたのだ。




