第5話 どっちが勝った?
「お食事については、奥様がご満足されるものをご用意するよう、料理長に申し付けておきましょう」
何か説教めいた事でも言われるかと思っていたのに、クロディーヌはあっさりと引き下がった。
だから私もあっさり「お願いするわ」と言ったのだ。
そしてその後、私達は見つめ合った。
身じろきもせず、見つめ合った。
何故そんな事をやっているのかと聞かれても、クロディーヌが見つめてくるからだとしか言えないのだ。
クロディーヌは威圧感に満ちた表情で、静かに私を見つめてきた。
きっとこの沈黙は、ある意味、主権争いの一つなのだ。
居心地が悪くなるのは負けで、口を開くのは逃げなのだ。
でも、私はこういった勝負は得意だった。
夜まで見つめ合っても平気だった。
幼い頃から、チルちゃん軍と闇を消しながら領内中をどうにかしてまわり、死霊さえも、どうにかしてしまった今となっては、吹き荒れる嵐と見つめあうことくらい、どうという事でもないのだ。
途中で、チルちゃん達が恐々と出てきて、私達の間を横切った。
邪魔だ。
私たちが、ぴくりとも動かないのを知ると、不思議そうな顔をして、私達の間に境界線のようにずらりと並び、ぴょんぴょんと飛び上がったり、波のように揺れたりもした。
邪魔だ。
ソファーをよじ登ってきて、私の、ほっぺをツンツンしたりもしていた。
邪魔だから。
それでも、私は動かず、クロディーヌと見つめ合った。
お互いを、見つめて見つめて見つめ続けた。
勝負が終わったのは突然だった。
クロディーヌが堪りかねたように、目を逸らしたのだ。
「それで?何か分かったの?」
口を開いたのは私の方が先だった。
だって、私は奥様なのだ。それぐらいしてあげたっていい。
クロディーヌは苦く微笑んだ。
「エルビスの言う通り、奥様が揺らがない方だというのはわかりました」
エルビスの言う通り・・・・?エルビスの言うことなんて、嫌な予感しかしない。
「・・・もしかして、死霊がどうとか言っていたかしら?」
クロディーヌは嫌そうに顔を歪めた。
「はい。言っておりました。奥様が、死霊にしがみ付かれながらも、死霊に喧嘩を売り、『おまえのツラ、マジ笑える』と挑発した上で『弔いの鐘の音が聞こえるだろう。おまえの為の鐘の音だ』と言い放ち、死霊を滅ぼしたと称賛しておりました」
言った覚えのないセリフがまた増えてる!
「わ、私はそんな事は言ってないわ」
断固として否定したのだけれど、疑わしそうな目で見返され、
「そうでございますか」と、どうでもいいように言われたんだけどエルビス!
勝っていたはずなのに、エルビスのせいで、何だか投げやりな気分になってしまった・・・。
その間に、クロディーヌは背筋をピンと伸ばし直し、自らを立て直してしまったのだ。
「奥様は、その揺るぎない心で公爵様に取り憑いた死霊を滅ぼし、公爵様を呪いから救ってくださったのでしょう。公爵様が生まれた時からお側でおりました私からも、感謝をお伝えいたいします」
たいしてありがたくなさそうにクロディーヌに言われた。
「無理しなくったっていいのよ、クロディーヌ。あなたは光の戦士の事も、死霊を滅ぼした事も、信じてないのでしょ?きっと、運よく、呪いが消えた時に、私が公爵家に来たのだと思っているのでしょ?」
その通りです、と書かれた顔で、「そのような事はございません」とクロディーヌは言った。
私はため息をついたのだ。
「取り繕うのはやめましょう。時間はないわ。舞踏会に向けてこれから忙しくなるのでしょう?それで、今日は何の為にここへ来たの?何か言いたい事があれば、今、言ってちょうだい。聞きたいことがあれば、今、聞いてちょうだい」
クロディーヌは一瞬迷うように視線を揺らした後、真っ直ぐ私を見つめて聞いてきた。
「奥様は、何を一番に考えていらっしゃるのですか?」
私はまた、ため息をついたのだ。
「クロディーヌ。遠回しに聞くのはやめてちょうだい。あなたは、何を聞きたいの?」
「私が聞きたい事は・・・。私は公爵家に戻りました以上、何よりも公爵家を、公爵様を第一に考えて動いております。奥様はどうなのですか?」
なるほど。
私が何を考えているのか知りたいのね。
「私は、光の戦士達に好きなだけ闇を消させてあげる事を、一番に考えているわ」
クロディーヌの中の嵐が、膨らんだ気がした。
「・・・・公爵家の事も、公爵様の事も二の次だとおっしゃるのですか?」
「そうよ」私は正直に言った。
「公爵様の事を一番大切にしてはいないと、おっしゃるのですね」
「それは違うわ、クロディーヌ。アレクシスの事はとても大切に思っているわ。でも、どちらが私の手助けを必要としているかという事なのよ。光の戦士達は私が手助けしなくては闇を消しに行けないけれど、アレクシスは私の手助けなしでも動けるでしょう」
「光の戦士とやらが!」と、クロディーヌは声を荒げかけたが、ピタリと動きを止め、目を強く閉じた。
再び目を開けた時には、怒りを押さえつけた後らしく、妙に静かな目つきで私を見つめてきた。
「いいですか、奥様。よくお聞きください。私には光の戦士様が見えません。ですから、その事に関しては、よくわかりません。しかし、私にも良く分かっている事があるのです」
クロディーヌはそこで言葉を止めると、まだ燻る怒りを逃すように、長く深く息を吐き、話を続けた。
「私に分かっているのは、公爵様にかけられた恐ろしい呪いは、他の貴族達を公爵家から遠ざけていたという事です。良い方も、悪い方も、全てを遠ざけていたのです。しかし、呪いが消えた今、これまで呪いを恐れ近づけなかった者達が、公爵家へ近づいてこようとするでしょう。そして悪い者達は、幼い頃から塔の中で暮らしていらっしゃった公爵様を、容易い相手だと考えているかもしれません。今は、私たちが全力で公爵様を守る時なのです。隙を見せてはいけません。完璧に準備を整えるのです。奥様にも、公爵様の事を第一に考えていただきたいのです!」
最後には堪えきれなくなったのか、嵐のクロディーヌは声を荒げ、私を睨みつけていた。
なるほど。
嵐のクロディーヌは、どういった人なのだろうと思っていたけれど、彼女は情熱を、旦那様を守る事へと向けている人らしい。
私の味方ではないようだけれど、それはどちらでもいい事だった。
私はにっこり微笑み、「分かったわ」と言ったのだ。
「分かった、のですか?」
クロディーヌは、戸惑ったように聞いてきた。
「ええ。分かったわ」
私はまた頷いて見せたのだ。
「あなたは旦那様の味方なのね。私も旦那様の味方だわ。私達は同じ方の味方なのよ。それなら上手くやっていけると思うわ」
何か言いたげに私を見つめるクロディーヌに、私は続けて言ったのだ。
「それで、まずは、あなたにお願いがあるの」
「は、はい。何なりと申しつけてくださいませ」
「では、その椅子に座ってちょうだい」
「はあ?椅子ですか?しかし、主人の前で椅子に座るなど」
「違うのよ。試してみたい事があるの。だからその椅子に座ってちょうだい」
疑わしげに私を見つめながら椅子に座るクロディーヌ。
よし。
さあ、どうなの?
私は穏やかに微笑んで見せながらも、心の中では息を呑んで見守っていた。
先程から、チル友ちゃんが一人、クロディーヌの足元まで近づき、不思議そうに見上げていたのだ。
こ、これはどうかしら。
あの光の戦士は、クロディーヌの膝の上に座るのかしら。
ドキドキしながら見つめたのだ。
チル友ちゃんは椅子に座ったクロディーヌをしばらく見上げた後、徐によじ登り初め、しばらく膝の上に立ち、クロディーヌの顔を見上げたていたが、突然、ストン、とその膝に座ったのだ!
私は勢いよく立ち上がって、クロディーヌに駆け寄った。
「あなたを信頼するわ!クロディーヌ!」
「はあ!?」
チルちゃん達は、信頼できる人の膝にしか座らないのだ。
座ったのなら、クロディーヌは信頼できる人なのだ!
「突然、どうしたのですか?」
戸惑うクロディーヌに、「聞きたいことがあるのだけれど」と更に詰め寄った。
「は、はい。何なりとお聞きくださいませ」
「求婚の言葉を教えてちょうだい」
この人の求婚の言葉を聞きたくなったのだ!
クロディーヌは、しばらくの間、口を開け、本当にぽかんとした顔をして私を見ていた。
「求婚の言葉?わた、わた、私の、ですか?」
「そうよ。あなたの求婚の言葉を教えてちょうだい!」
目を輝かせながら聞いたのだ。
クロディーヌは、またしばらくポカンとした後、急に顔を引き締め言ったのだ。
「幸せにしてあげる」
私達は見つめあった。
「それは、クロディーヌと相手の方の、どちらがどちらに言った言葉なのかしら?」
クロディーヌは、先程までのボカンとした顔が嘘のように、不敵に笑って言ったのだ。
「私が、夫となる人に言ったのです」
胸がキュンとなった。
この人に付いて行こうと思った。
こうして私は、クロディーヌの指揮下に入る事を決めたのだ。
2章のストーリーを考え直していたので、投稿が遅くなってしまいました。




