第4話 対クロディーヌ戦
ヌルヌルの対面から一夜経ってみれば、屋敷は、すっかり変わっていた。
目覚めた時から違っていたのだ。
侍女のローズは、いつものような笑みもなく、精一杯澄ました顔をして、背筋をピンと伸ばし、「奥様、おはようございます」と挨拶をしてきた。
ふんふん。
朝の支度も、いつもならローズ以外にも何人か、気楽な感じの侍女達がやって来て、私とお喋りをしながら楽しく行われていたのだけれど、今朝は皆、揃って背筋をピンと伸ばし、美しい仕草や、完璧なブラッシング、完璧なクリームの塗り方を熱心に探求し、無駄話などしなかった。
ほーほー。
朝食を取る為、部屋を出ると、廊下が隅々まで輝いていた。
きっと、恐ろしいほどの完璧な掃除が、昨日、行われたのだ。
チルちゃん達も、昨日までと違う廊下を、不思議そうに眺めていた。
ふんふん。
廊下で私を待っていた護衛のルイスも、いつもの気楽な様子はなく、緊張した面持ちで、直立していたのだった。
そして何も喋らないまま、私の後ろに付き従った。
ほーほー。
「ねえ、ローズ。どうして全てが昨日と違うの?何があって、こうなったの?」
食堂に向かいながら、ローズに聞いた。
「奥様。そのような話し方は、公爵家のご婦人として」と、ローズが、澄ました顔で注意しかけたが、私は片手を上げて、遮った。
「分かったわ。それで?何があって、こうなったの?」
ローズは、私を更に注意すべきかどうか、一瞬迷うような視線を寄越して来たけれど、結局、説明しなければ私が引き下がらないだろうと思ったのか、澄ました顔をして説明を始めたのだ。
「昨日、母クロディーヌが、侍女長となりました」
「なるほど」
全てが分かる、的確な説明だった。
昨日の私はヌルヌルしていたので、嵐のクロディーヌと雷のカトリーヌから、挨拶を受けた後すぐ部屋を出たのだ。
私が、あの部屋を出る時、今からエルビスも交えて、今後の打ち合わせをすると旦那様が言っていた。
きっと、その話し合いの中で、嵐のクロディーヌが侍女長へ二十一年ぶりに舞い戻る事になり、この屋敷はクロディーヌの指揮下に入ったのだ。
隅から隅まで納得した。
クロディーヌの指揮の元、この廊下で、このローズで、このルイスになったのだ。
「祖母カトリーヌも、相談役として、しばらく屋敷に滞在する事になりました」
ほーほー。
雷のカトリーヌも残ったのね。
それなら、皆の緊張ぶりも納得できる。
雷だもの。怖いわよね。
分かる。分かる。分かるわ。みんな。大変そうだけど、頑張れ。みんな。
そう他人事のように考えていた私だったのだけれど、いつものように朝食用のテーブルに付き、出された料理を見た瞬間、私にも影響が及んでいる事を知ったのだ。
「これは何かしら」
背筋をピンと伸ばして立っている料理長に、私は聞いた。
「は、はい。奥様の朝食でございます」
サラダと果物と卵とパン。
皿の上に、美しく優雅に盛り付けられたそれらが、私の前に、ちょっぴり、あった。
「これは何かしら」
私はもう一度聞いてみた。
「は、はい。あの、いつもの朝食をご用意しようと思ったのですが、侍女長に、そのように大量にお出しするなど何事かと怒られまして。あの。貴族のご婦人が食べるような朝食ではないと、言われまして。その」
「なるほど」と私は頷いた。
「確かに、いつもの食事は、貴族のご婦人が食べるような朝食ではないかもしれないわね。確かに、これが貴族のご婦人が食べるような朝食だわ」
料理長は驚いたように、目を大きく見開いた。
「そ、それでは、このような朝食で良いのですか?」
「いいえ」と私は微笑んだ。
「貴族のご婦人が食べる朝食としては、これで良いわ。でも、私が食べる朝食としては、どうかしら」
料理長は、更に大きく目を見開き、満面の笑みを浮かべたのだ。
「そうですよね!奥様!それは、奥様の朝食としては、おかしい。明らかにおかしいのです!奥様が、その程度で、満足出来るはずがない!私も、そう思っておりました!そしてご安心ください。いつもの朝食も、ちゃんと用意しております!ふふふ。やはりこうでなくては!さあ、皆んな!本物の朝食を奥様の元へ!」
食堂の扉が大きく開き、大量の料理が運ばれてきた。
もちろん、ドーナッツもちゃんとある。
今日のドーナッツは、粉雪のような砂糖がかけてある。美しくて、美味しそうなドーナッツだった。それが山のように積んであるのだ!
「ふふふ。さすがね、料理長」
「ふふふ。当然でございますよ、奥様」
ふふふ。ふふふ。チルチル!チルチル!
笑い合った後、ぺろりと食べた。
チルちゃん達にも、たっぷりと魔力をあげた。
大満足の、素晴らしい朝食だった。
正直なところ、闇がほとんどなくなってしまい、チルちゃん達も戦う事が少なくなった今、以前ほど魔力を作る必要がなくなってはいるのだ。
でも、私達は二ヶ月後、舞踏会に出席する為、王宮に行かなくてはいけない。
王宮なんて、どう考えたって闇が多いに違いない。
私は王宮に備えて、チルちゃん軍の強化をするつもりだった。
たっぷり魔力をあげて、ひと回り太らせてしまいたい。
ふふふ。王宮。待っていなさいよ。ムチムチとした我が栄光のチルちゃん軍が、あなた達の元へ訪れるその日を!
☆
そして、朝食後、私は嵐のクロディーヌと対峙している。
部屋に戻ると、ローズを通して打診があったのだ。
今から改めてご挨拶に伺いたいと。
二人きりで、今後について打ち合わせがしたいと。
ふんふん。
きっと何かの意図があるのだ。
でも、いいわよ。受けて立つわ。
私はにこやかに、クロディーヌを受け入れたのだ。
部屋に挨拶に現れたクロディーヌは、昨日よりも戦闘力を上げていた。
ふわふわとした茶色の髪は、昨日よりも高く固く、頭の後ろでまとめられていたし、身につけているのも、真新しく、威厳を感じる侍女長の御仕着せだった。
そしてクロディーヌは、今、背筋をピンと伸ばし、侍女長らしい畏まった表情の中から、探るような視線を私に寄越してきたのだった。
きっと、戦うつもりでここに来たのだ。
ふふふ。でも、私が勝たせてもらうわよ、嵐のクロディーヌ。
こういう事は、最初が肝心ですものね。
私も昨日よりも戦闘力を上げてあった。
今日の私はヌルヌルしていないし、貴族のご婦人らしいドレスも着ている。更に、ローズに頼んで、軽く化粧直しまでしてもらっている。
そして、貴族の奥様らしく優雅にソファーに座ったままで、クロディーヌを迎え撃っているのだ。
勝つ準備は出来ている。
チルちゃん達も、とっくにソファーの後ろに隠れている。
最初の攻撃は、当然、奥様である私から始めたのだ。
「クロディーヌ。あなたが侍女長になってくれて嬉しいわ」と微笑みながら言ったのだ。
「精一杯努めさせていただきます」
クロディーヌは無難に返してきた。
私は続けて攻撃をする。
「朝食の事だけれど、私は食事から魔力を作り、光の戦士達に魔力を供給しているのよ。クロディーヌが料理長に勧めたあの食事では、必要なだけの魔力が作れないわ。だからこれからも、いつも通りの食事を続けるわよ」
「光の戦士達・・・」とクロディーヌが言った。
よし。クロディーヌの表情は変わっていないけれど、声は多少戸惑っていた。
私の攻撃が通ったのだ。
「ええ。アレクシスから聞いているのでしょう?私が光の戦士達と共にアレクシスの呪いを消した事を」
旦那様の事を、当然のようにアレクシスと名前で言ってみた。
どうかしら。旦那様との仲を強調する、この追加攻撃は。
「はい。公爵様に伺ってはおります。今も、ここに、光の戦士様はいらっしゃるのでしょうか」
「いるわ」
私は、にこやかに辺りを見渡した。
もちろん、私の視線の先に、光の戦士達は一人もいない。みんなソファーの後ろから、コソコソとこちらを見ているのだ。でも、そんな事、クロディーヌには分からないのだ。
私は誰もいない空間を、たっぷりと時間をかけて眺めた後、「光の戦士達の為にも、食事は今まで通りのものをいただくわ。いいわね」とクローディーヌに微笑みかけた。
さあ、クロディーヌ。次はあなたの番よ。どう出るの?何処からでも受けて立つわ!




