第1話 国王陛下からの手紙
手紙が届いた時期を一週間後から二週間後に変更しました。
ドンドンドン
ドンドンドン
扉を叩く音で目が覚めた。
階段を降りていく音も聞こえる。
しばらくすると扉が開いたのか、微かに「公爵様!」と焦ったエルビスの声がした。
そっとベッドから抜け出し、窓を開けると、下の方から、話し声がはっきりと聞こえた。
「ですから、奥様が何処にもいらっしゃらないのです!皆で手分けして屋敷中を探しておりますが、何処にもいらっしゃらないのです!警備の者達も何も異変はなかったと言っておりますし、以前、奥様が屋敷を抜け出されてから警備体制も見直し、より厳重な警備体制で賊が侵入する事も、奥様が抜け出す事も、不可能なはずなのです!しかし、奥様がいらっしゃらない!」
早口で話し続けるエルビスに、旦那様の落ち着いた声が被さるように聞こえた。
「エルビス」
「ええ、ですから、不可能なはずなのに、奥様がいらっしゃらないのです!急いで奥様を探さないと!公爵様にもご協力を!」
「エルビス」
「私の命を懸けて必ず奥様をお探し致します!」
「エルビス」
「は、はい。公爵様」
「エルサは、私の寝室にいる」
しばらくの沈黙の後、エルビスの悲鳴のような「ええーーーーー!?」が響き渡った。
「そ、そうでしたか。それは、はい。はい。それは、あの、はい」
「エルサがこちらで休むと連絡せず、すまなかった」
「いえ、そんな!公爵様!そうですか。いえ。はい。良かった」
「ふふ。泣くな。エルビス」
「いえ、私は安心して。それに良かった。公爵様、良かったです」
私は、くすくす笑いながら温かいベッドに戻る。
エルビス。心配させてごめんなさい。
でも、あの程度の警備など、私と栄光のチルちゃん軍の前には無意味なのだ。
こっそり抜け出し、ここに来て、扉を叩いて入れてもらった。
好機があれば逃さない。それが私のやり方なのだ。
今夜はそんな好機があった。
協力してくれたチルちゃん軍は、塔の図書室のクッションでゴロゴロしているはずだ。図書室の入り口から、みんなで頬を染め、手を振り見送ってくれた。
今、エルビスの声はしなくなり、階段を登ってくる足音がする。
もうすぐ旦那様が戻ってくる。
旦那様の匂いがする憧れのあの毛布を引き寄せ、私は幸せな気持ちで目を閉じた。
☆
朝になって屋敷へ戻ると、侍女のローズが静かに言った。
「奥様」
「悪かったわ!」
私は風よりも素早く謝った。
不穏な空気を察した我が栄光のチルちゃん軍も、稲妻のように素早く、私の後ろに隠れている。
「奥様・・・。もちろんお二人はご夫婦なのです。奥様が旦那様の所へ行かれるのは構いません。しかし、こっそり抜け出すのではなく、あらかじめ教えていただければ、明るいうちに見送りもしますし、ご用意も致します。奥様がいなくなったと皆が大騒ぎする事もありません」
「ローズの言う通りだわ。ごめんなさい」
私は、ローズ好みの、申し訳なさそうに謝罪する淑やかな奥様風の顔をして謝った。私はローズに怒られない為ならば、何だってやるのだ。
ローズは途端に眉を下げた。
「・・・もう、奥様ったら。次からは、あらかじめお知らせくださいね」
よし。
「それで、どうして私がいないことがバレたの?」
「バレた、などと下品な言葉を使うのは、おやめください」
「何故、私の不在が発覚したのかしら?」
「・・・。パイが私の部屋の前で、ニャーニャー鳴いたのです。いつもと違う鳴き方なので、心配になって奥様の様子を見に行ったら、奥様がいらっしゃらなくて!びっくりしたのですよ!」
薔薇色の頬を更に赤く染めて怒るローズのスカートの後ろから、猫のパイが顔を半分覗かせ、目を細めてこちらを見ていた。
やっぱり、そうだったのね。
屋敷を抜け出す時、猫のパイが視界の隅にいた気がしたのだ。
わざわざローズに告げ口をしに行くなんて。二番のくせに、生意気な!
それとも、ローズ派の二番が不満で成り上がろうとしているのかしら。
そんな事、許さないわ。猫のパイ。あなたはずっと二番よ。
この順位を崩そうとするならば、あなたは私の敵よ。
私は猫のパイの糸目に向かい、目力で敵対宣言をしたのだった。
必ず勝つわ!
☆
「師匠とお呼びしてもいいでしょうか」
テラスで、ローズがお茶の用意に下がった隙に、ソファーに腰をかけた私の後ろから、護衛のルイスが言ってきた。
私と一緒にソファーや私の膝に、むちむちと腰をかけていたチルちゃん軍が、一斉に後ろを向き、「チルチルチル!」と騒ぎ出す。
私は「いいわよ」と快諾した。
「でも、何の師匠なの?」
「恋の師匠です」
「なるほど」
恋と聞いて、チルちゃん軍が一斉に立ち上がる。
期待した目で、ルイスを指さし、「チルチルチル!」と話し出す。
どうしてこうなったのかは分からないけれど、恋バナが好きな光の戦士達に育ってしまったのだ。
光の戦士達に指差されている事を知らないルイスは、珍しく生真面目な顔をしている。
どうやら、本気でローズとの事を悩んでいるらしい。
ルイスはローズの事を好きだけれど、ローズには全く相手にしてもらえないのだ。
それを何とかしたいのだろう。
「師匠の、目的の為なら汚い手段も平気で取る強引なやり方。拒否されても諦めない鋼の精神。あの難攻不落に見える公爵様を落とした巧みな口車。鉄壁の警備の裏をかき公爵様の寝室に忍び込むその悪知恵。尊敬してます。マジすげえ」
たぶん、私は褒められているのだ。
そして、護衛でもあり、友達でもあるルイスは、ついに私の弟子にもなったのだ。
「でも、私と同じやり方をしても、ローズは落とせないんじゃないかしら」
「そこなんだよな。どうすればいいと思う?師匠」
すでに私への敬意が崩れかけている弟子の為に、師匠も考えてはみたけれど、よく分からない。
ローズから恋バナを聞いた事が一度もないのだ。
好みの男性も分からない。
「とりあえず、ローズに、好みの男性がどんな方なのか、聞いてみましょうか」
「助かるぜ。師匠」
師匠は頑張ってみるし、弟子の幸せも願っているけれど、結局のところ師匠である私はローズ派の一番なのだ。
ローズがルイスを好きになったのなら応援するけれど、ローズが嫌だと感じたなら、私は全力でローズに寝返るつもりだ。
それが、ローズ派の一番としての役目ではないだろうか。うん。
「ねえ、言っておくけれど、私が一番願っているのは、ローズの幸せよ」
「・・・ああ」
「ルイスがそれを邪魔するようなら、私はあなたの敵になるわよ」
一日の内に、猫のパイに引き続き、ルイスまでも敵に回すかもしれない。
夜中に旦那様の寝室にも入り込んだし、よく考えてみれば、激動の一日なのかもしれない。
でも、もっとよく考えてみれば、猫のパイとルイスは、所詮、ローズ派の二番と三番なのだ。ローズの為なら、別に敵に回してもいいかもしれない。
ローズ派の一番である、という事は、そういう事なのかもしれない。
「・・・分かってるよ。俺だってローズの幸せを願ってる」
意外と殊勝なルイスだった。
とりあえず、どうやってローズの好みの男性を聞き出すのか話し合った。
「どう聞こうかしら」「全然分かんねえよ」「チルチルチル」
話し合っていると、エルビスがやってきた。
「奥様!」
「あら、エルビス。昨夜は、ごめんなさいね」
私はまた風のように素早く謝った。
「いえ。奥様が謝る事など、何もありません。お二人はご夫婦なのです。しかし、今後の警備体制の為にも、どうやって抜け出したのか教えていただきたいと思いまして」
「ああ。あの新しく入った警備の人達。ダミアンとジャンだったかしら?あの二人、何処かのスパイよ」
「はあ!?」
エルビスが声を上げる。
「確かなのですか?」
「たぶんね。旦那様の新しい執務室に入ろうとしてたわ」
「あそこにはまだ何もありませんし、鍵がかかっておりますが、あいつらは入ったのですか?」
「入れなかったわね。昨夜は下調べだったのだと思うわよ。それで、あの二人が警備する場所には誰もいなかったから、私が抜け出せたのよ」
「あいつらめ!奥様もそのような事があれば、私に知らせてください!」
常に逃げ出す方法を探り続けてきた私は、逃げ出す必要などなくなっても、ついつい警備体制を調べてしまうのだ。
昨夜、チルちゃん軍に警備を調べてもらった時に、ダミアンとジャンが持ち場を離れて何かを探っていると報告を受けた。
それで、好機だと思ったのだ。
つい利用させてもらった。
ちなみにダミアンとジャンはまだ未婚で、言ってみたい求婚の言葉はダミアンが率直に「好きだ。結婚してくれ」で、ジャンは「長い間待たせてごめん。一緒に行こう」だ。
エルビスはいつもよりも厳しい顔で私に言った。
「奥様、お約束していただきたい。何か異常に気が付いた時には、すぐに私やルイスやローズ、もしくは以前からいる者にお知らせください。これから屋敷の中には人が増えます。間違いが起こりやすくなるのです。慎重に行動してください」
「旦那様と私の部屋を整える為に出入りする人が増えると言う事なの?」
「それもありますが、屋敷全体で、もっと多くの人を雇うのです。これまでは公爵様が呪われていた為、呪いに耐えられる少数の者だけで、この屋敷を守ってきました。しかし、公爵様の呪いが消えた今、この屋敷に必要なだけの使用人や護衛を入れるべきです。おそらく、公爵様は社交に出られる事もあるでしょう。客人も多くなると思われます。公爵家として恥ずかしくないよう、全てを整えるつもりです。しかし、その隙に今回のような者も紛れ込んでくるかもしれません。奥様。くれぐれもお気をつけください」
エルビスはため息をついた。
「ともかく、私はダミアンとジャンを確保してきます」
肩を落としてエルビスは立ち去った。
エルビスの仕事が多すぎる。
私は積極的に、エルビスに協力する事にした。
怪しい人がいれば、チルちゃん軍や口車で調べ上げ、エルビスに教えてあげた。
私と旦那様の新しい部屋も、家具や絵画はどのようなものがいい考えた。
そして、夫婦の部屋に飾る海の絵を画家に注文しに行った翌日、ちょうど旦那様の呪いが消えた二週間後に、国王陛下からの手紙が届いたのだ。
この健全な恋愛(?)小説的に、この二章の始まり方はどうかなーとは思ったんだけど、好機があれば逃さないと公言してるエルサだしなー、こうじゃない方が不自然かなー、エルサならきっとやるなーと思って、こんな始まり方になりました。
作者の言い訳から始まる第二章を、今後とも宜しくお願い致します。




