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死神公爵に「おまえを愛することはない」と言われましたが、我が栄光のチルちゃん軍にお任せください!  作者: 雷雨
第1章 死神公爵と我が栄光のチルちゃん軍

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街に住む画家 5

馬車で十日の距離を、馬車で二日の距離に修正しました。

公爵様の馬車で二日ほどかけ、生まれ育った海辺の街に帰り着いた俺は、そのまま馴染みの料理屋の前に馬車を停てもらい、転がるように飛び降りた。


昼飯時。家具職人の親方が、今、まさに、料理屋の入り口の扉を開け、中に入ろうとしていた。


確か、彼女が描いてくたあの紙に、二発。殴る。と書いてあったはず。

この街から逃げる前に、俺が泥だらけの靴で、親方の作った配送中のテーブルを蹴飛ばしたんだ。


俺は親方の前に駆け寄り、膝をついて頼み込んだ。


「俺を殴ってくれ!」


「はあ?なんだ、おまえ?オリヴィエ?オリヴィエか!おまえ、どの面下げて帰って来やがった!」


怒鳴った親方は、俺の後ろの馬車を見た。


「おまえ、この馬車で来たのか?」

「そうだ!俺を殴ってくれ!」

「そういえば、公爵様のとこから来たって奴が、おまえの借金、返して回ってたな。おまえ、今、公爵様に飼われてんのか?」

「飼われてる!俺を殴ってくれ!」


親方は、馬車の横に立ってこちらを見ているヒョロリと背の高いロイに目を止め、ロイが腰に下げた剣に目を落とした。


「あんた、公爵様の護衛か?公爵様がきてるのか?」


ロイは肩をすくめた。

「俺は公爵様の護衛だが、公爵様は来ていない。その男をここまで連れて来ただけだ。その男を殴っても、公爵様がおまえに何かしてくる事はないから安心して殴れ。ただ、公爵様はその男に絵の依頼をしている。絵が描けないほど痛めつけるのはやめてくれ」


「・・・じゃあ、殴ってもいいんだな」

「ほどほどにな」

「ふうん」


俺に向き直った親方に、俺はまた頼み込んだ。

「俺を殴ってくれ!」

「よし。分かった。おまえは絶対殴ってやろうと思ってたんだ。ほら立てよ」


親方はその太い腕で、俺の胸ぐらを掴み立たせると、いきなり重い一発を腹に入れてきた。

うっ、とその場に沈み込む。


「ふん。俺の作ったテーブルを台無しにしやがって。この前、公爵様の代理だって人が来て、おまえの代わりに金を払ってくれた。でも許されたと思うなよ。さあ、もう、あっちに行け。おまえの顔なんか二度と見たくない」


親方はそのまま店に入ろうとする。

でも駄目だ。

俺は親方の足にしがみついた。


「待ってくれ!二発だ!」

「二発?何言ってんだよ、おまえ」

「もう一発殴ってくれ!」


親方は俺を振り払おうとするけれど、俺は離れない。

だって、家具職人の親方は二発だと、あの紙に書いてあるのだ。


あれ?書いてあったよな。確か、二発だったと思ったんだけど。どうだったっけ?何しろ、あの紙には表と裏に、ぎっしり書かれているので、全部は覚えていないのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、確認するから」

「確認?」


俺は親方から両手を離し、慌ててポケットからあの紙を取り出した。

ええと、家具職人の親方、家具職人、家具職人、あった。これだ。うん。二発って書いてある。やっぱりそうだ。


確認を終えた俺が顔を上げ、「もう一発殴ってくれ!」と再度願うと、親方は俺の持っていたあの紙を、するっと取り上げた。


「おまえ、何見てんだ?なんだこれ?」

「返してくれ!」

「ああ、うるさい、おまえは黙っとけ。なんか書いてあるな。くそ。俺は字が読めねえ。おおい!誰か字が読める奴!これ読んでくれ!」


親方が店の中に顔を入れて呼びかけると、なんだなんだと客が出てきた。


「誰か、字が読めるやついるか?」

「こいつなら読めるぞ。ほら、行け」

「お、押さないでくださいよ。もう、なんですか」

「ああ、レヴィン商会の。頼む。これ、読んでくれ」


いかにも商人らしい、眼鏡の男が押し出された。


「これを読めばいいんですか。ええと、土産物屋。十発。殴る。漁師。一発。殴る 但し代表者一名のみ。露天商。平手打ちを三発。全員で」

眼鏡の男は黙り込み、紙の表と裏にざっと目を通すと、眉間に皺を寄せて「・・・・なんですか?この物騒なのは?」と言った。


家具職人の親方が、また俺の胸ぐらを掴んだ。

「オリヴィエ。これは、おまえの犯行計画か?」


「ち、違う!それは俺がされる事だ!親方に二発殴られるって書いてあるだろ!」

「・・・書いてあるのか?」


ドスの効いた声で聞かれた眼鏡の男は、慌てて書かれている字を読み返した。

「家具職人の親方。二発。殴る。書いてありますが、これですか?」


「それだ!だからもう一発殴ってくれ!」


必死に頼み込む俺を、親方はポイっと放し、ロイに言った。

「おい。これは。公爵様の新しい遊びか?」

聞かれたロイはまた肩をすくめた。

「そいつに聞いてくれ」


「・・・じゃあ言えよ」と親方に言われて、俺は言った。


描けなくなった絵。街を出てからの事。突然やってきた彼女。絵の依頼。断っても依頼。彼女の依頼する海の絵の物語。突然描きたくなったその海。でもこの街に帰らなければ俺にはその海の絵は描けない。街に帰ればどんなめに合うのか、俺の想像する限りを書いたその紙。


「それに書いてある事をやれば、街に帰れるって、彼女が言ったんだ」

「・・・・公爵夫人が?」

「そうだよ。俺はこの街に帰って、海の絵を描く。それを全部やれば帰れる。だから、俺をもう一発殴ってくれ」


親方はしばらく黙り込んだ後、

「なあ、公爵様は、こんな面倒臭いことに俺たちを巻き込む気なのか?」とロイに言った。

ロイはまた肩をすくめた。

「公爵夫妻はオリヴィエの海の絵をご所望だ」


親方は舌打ちした。

「ああ、いいよ。じゃあ、付き合ってやるよ。もう一発殴ればいいんだな!」

「後で絵が描ける程度にな」

「面倒くさい事ばっかり言いやがって!」


親方はまた俺の胸ぐらを掴むと、右頬を一発殴った。

かなり手加減されていたが、俺はくらりとよろめいた。


親方がまた胸ぐらを掴む。

「こいつの事は大嫌いだが、確かにこいつは、いい絵を描くよ。よし。公爵様。協力してやるよ。次は誰が殴ればいいんだ!おい!店にいる奴の名前があるか!?」


聞かれて眼鏡の男が、慌ててまた紙に指を滑らせていく。

「ええと、ええと。あ、イザベラの名前がある」

「私ね。いいわよ。ちょっと退いて」


皆の後ろから、人を掻き分け、エプロンを付けたイザベラがやって来た。

俺の幼馴染で、この料理屋の娘だ。

昔・・・付き合ってた事もある。


「イザベラは、二発、平手打ち、って書いてある」

「三発よ。いいわね、オリヴィエ」

イザベラは腕まくりをして、強気の笑顔で俺に言った。

「あ、ああ。いいよ」


イザベラは、赤毛をなびかせ、右手を大きく振りかぶった。


「つけを払わないで出て行って馬鹿!」

鋭い平手が右頬に来た。痛い。


「何も言わないで出て行って馬鹿!」

左に来た。痛い。


「手紙の一つもよこさないで馬鹿!」

右だ。痛い。でもこれで三発。終わり。


「散々心配させて馬鹿!」

え?四発!?


「よしよし。イザベラ。そのぐらいにしといてやれ。次だ!」


「俺の名前は書いてあるか?」

「ええと、これかな?土産物屋の親父。十発。・・・十発!?」

「よし!十発だな。いい覚悟だ。いくぞオリヴィエ!」

痩せた土産物屋の親父にビタビタと叩かれた。


「次は誰だ!ここにいる奴で!」

家具職人の親方が叫ぶ。

「ええと。あ、あそこに、大家がいる。一発。殴る。だ。大家の子にも、馬鹿って言われるらしい。猫にも引っ掻かれる?なんだこれ?」

「おーい!ちょっと来てくれ!あんたオリヴィエのとこの大家か?」



 ☆



俺は料理屋の前の道路に仰向けになり、ぼんやり空を見上げていた。


あの紙に書かれた名前の半分ほどに殴られたり、罵られたりした。

力の強そうな奴らには殴られなかった。面倒臭そうな顔をされた後、額をピシャリと叩かれた。

「公爵様んところの護衛の前じゃあ、思いっきり殴るなんて出来ねえだろう。これで我慢しとけ」と言われた。


我慢ってなんだろう?

「これで満足か?」とも言われた。

満足ってなんだろう?

俺は謝罪の為に、殴られたんじゃないんだろうか。

殴られれば、この街でまた暮らす事を見逃してもらえるんじゃないんだろうか。


ぼんやりと考えていると、ロイが俺の隣にしゃがみ込んだ。


「どうだ。気が済んだか?」

「気が、済む?」

「ああ。おまえの気は済んだのか?」

「俺の気が?」


「ああ。おまえの気だ。奥様が言ってた。これだけ殴られないと、おまえは街に帰って来れないと思ってんだろ。みんなに酷い事したもんな。それで?どうだ?おまえの気は済んだのか?それとも、まだ、おまえの気が済むまで、明日残りの奴らに付き合ってもらうのか?」


「・・・みんな、俺に付き合ってくれてたのか?」


ロイは、ふん、と鼻を鳴らした。


「そうだよ。おまえを殴ったって、許さない奴はおまえを許さないさ。そんなの、そいつの気持ち次第だろ。でも殴られたら、おまえの気が済むんだ。気が済まなけりゃ、おまえ、ここに戻れないんだろ。海の絵も描けないんだろ。だから、みんなおまえに協力したんだ。おまえは嫌な奴だけど、おまえの絵は凄いって、みんな言ってたもんな。おまえは絵を描いた方がいいって、みんな思ってんだろ。それにな」

ロイは、くくくと笑って続けた。


「おまえの後ろには、海の絵を欲しがってる公爵様がついてるんだぞ。そりゃ、おまえに絵を描かせる為に、みんな協力するさ。お貴族様だぞ。逆らったら怖いだろ」


ロイはしばらく笑い続けた。

何がそんなに面白いのか、俺には分からなかった。


「さあ、それで、どうするんだ?明日も、誰かに殴ってもらうのか?」


「・・・いや。もういい」

「ふん。そりゃ、みんな、面倒臭い事から解放されて、ほっとしただろうな」


ロイは、俺の手を引き、起き上がらせた。


「どうだ?もう、ここに住めるか?絵は描けるか?よく分からないが、絵を描くには気持ちも必要なんだろ?だから、奥様も、この街の奴らも付き合ったんだ。やれるか?」


「・・・そっか。みんな俺に付き合ってくれてたのか」


俺は辺りを見渡した。

粗末なレンガを積んだ壁。軒先に置かれた古びた樽。足元にある、風で運ばれて来た白い砂。嗅ぎ慣れた潮の香り。

俺はまたここに帰ってきた。


「描ける。行こう」


俺は歩き始めた。


 ☆


あれから、何日経ったんだろう。

ロイは「また来る」と言って帰っていった。

俺は毎日、海の絵を描いている。


通りを歩いていると、何人かに、ふん、と横を向かれる。

相変わらずアトリエの前で遊んでいる大家の子供は、俺の顔を見る度、鼻に皺を寄せ「ばーか」と言う。

猫には、ふーっ!と威嚇される。

そして、俺は絵を描くのだ。


イザベラは、毎日食事を持って来てくれる。

「タダじゃないわ。もちろん、つけよ。その絵が売れたら払ってもらうわ」

「分かってるよ。ありがとう」

「何よ、気持ち悪い」


顔を顰めながら、イザベラは俺の後ろから、俺の描いている絵を眺める。

「まだ完成してないの?」

「ああ。でも、もうすぐだよ」

「ふうん。あんた、絵だけは上手いわね、昔から」


それで、ふと思い出し、手を止める。

「なあ。俺たちって、昔、一緒に海を眺めたっけ?」


頭をビシッと叩かれる。

「何言ってんの?昔は毎日一緒にいたでしょ。海だって毎日一緒に見てたわよ」


そして、大家の子供みたいに「ばーか」と言って出ていった。


「そっか」


俺はまた絵を描き始める。

もうすぐ海の絵が完成する。

はい。これでサイドストーリーは終わり。

長々とお付き合いいただきまして、ありがとう。

なんか、こういうのも書きたかったのよ。

次からは、第二章、国王陛下と我が栄光のチルちゃん軍が始まります。

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