第5話 私の光
国王陛下のお考えらしい。
領主が逃げた領地を、誰かが治めなくてはいけない。
でも誰が?
そこで国王陛下に命じられたのが、この領地の隣に広大な領地を所有するテスラー公爵だった。
国王陛下は更に残された領主の娘である私との結婚も命じたらしい。
「私は公爵閣下の後妻になるのね?」
隣の公爵家について教わっていたはずだけれど、あまり覚えていなかった。
でも逃げた領主の娘を押し付けられるなら、きっと公爵様は妻に先立たれた引退間際のおじいちゃんじゃないかしら?
小さいとはいえ最近豊かになってきたこの領地をただ譲り受ければ、他の貴族からの反発もあるはず。
でも逃げた領主の娘を娶るだなんて厄介事を条件づければ、貴族達の反発も少なくなり、一応形は整えられるのかもしれない。
私は余生を送るおじいちゃん公爵様の、身の回りの世話でもやれと言う事かしら?
でも、執事は首を傾げた。
「後妻?いえ、テスラー公爵閣下はまだ独身です。確かお年は二十六かと」
「二十六?婚約者はいらっしゃらるんでしょ?」
「・・・いいえ」
「二十六なのに?」
「はい・・・」
「公爵様なのに?」
「はい・・・」
高位貴族様って、小さい頃から婚約者が決まっていて、早く結婚するものじゃないの?
「あちらにも色々と事情があるのですよ」
執事は言葉を濁し、目を逸らした。
「事情はあってもお若い公爵様でしょ。詐欺師の娘と結婚させてもいいの?」
「お嬢様・・・・。ご自分の事をそんなふうに言ってはいけません」
執事は額に手をやり首をふった。
「私は現実を見ているだけよ。この話は、色々とおかしいわ。公爵様は国王陛下に嫌われているの?」
執事は困ったような顔をして、
「ですから、あちらにも事情があるのですよ」
「どんな?」
さあ、それを早く!
執事は散々渋った後、恐ろしげに辺りを見回すと、声をひそめて言ったのだ。
「テスラー公爵閣下は呪われているそうです」
「まあ。呪い?」
私は目を輝かせる。
闇は毎日見ているけど、呪いはまだ見たことがなかった。
呪いって、どんなものかしら。
チルちゃん軍に倒せる?
部屋の隅で私を待ちながら暇そうに転がっているチルちゃん軍を見つめていると、呼ばれていると思ったのか皆一斉に走ってきた。
私を見上げる丸々としたチルちゃん軍。
可愛い。
私はそっと指を差し出した。
素早く一列に並ぶチルちゃん軍。
とりあえず結婚までに、チルちゃん軍をもっと太らせて、もっと大きくしてみましょう。
そうすればもっと強くなるかもしれない。
呪いは強いかもしれないものね。
魔力を吸われながらチルちゃん軍強化について私が考え込んでいると、
「何をしているのですか?」
と私と同じように指を差し出し不思議そうな顔をした執事に聞かれた。
「結婚について考えていたのよ。いつすればいいの?公爵様のところへ行くのかしら?」
「・・・前向きですね。ご令嬢方は皆、公爵閣下の呪いを恐れているそうですが」
「公爵様の呪いは、そんなに恐ろしいものなの?」
「詳しい事は分かりませんが、以前婚約者にきまりかけたご令嬢が自殺未遂をしてからは、誰も婚約者になろうとする者がいなくなったそうです」
「婚約が嫌で自殺しようとしたの?それとも自殺をする呪いだったの?」
「詳しい事は、何も・・・」
正直なところ、ここまで聞かされると、公爵様の呪いはどんな呪いなのか興味もある。
だから、少し見に行って、手に負えなそうならすぐ逃げようと思ったのだ。
どうせ十六になったら逃げるつもりだったのだし。
私は今回の結婚を、とても軽く考えていた。
「・・・お嬢様は、呪いが怖くないのですか?」
執事が不安そうに聞くけれど、
「呪いが?まだ呪いを見たことがないから、怖いのかどうか分からないわ」
私が真面目に答えると、執事は少し笑って
「マリーが言いそうな答えです」と言ったのだ。
そうかしら?
結婚が決まったとマリーに言うと、マリーは大喜びしてくれた。
「まあ!隣の領地の公爵様?絶対に遊びに行くわ!結婚式は王都で?絶対に見に行くわ!」
言うと思った!
でも無理なのだ。
この街でマリーの一番上の子が結婚式をあげる二日後に、私は王都で結婚式をあげるのだ。
二日では移動できない距離なのだ。
「あら、大丈夫よ。地図はあったかしら。どう行けばいいか考えてみるわ。乗り合い馬車の時間を調べてこなくっちゃ。大丈夫。どうにかなるわよ。ああ、楽しみねえ」
すぐに飛び出しそうなマリーを止めるのが大変だった。
落ち着いたら招待するからと宥めたら、「約束よ!」と言っていた。
そして結婚祝いにと、いつも身につけている指輪をくれた。
マリーの無口な亭主は美味しいパンを、マリーの子供達は大事にしていた押し花をくれたのだ。
私はサマンサ先生に教わり縫った刺繍入りのリボンをみんなにあげた。
結婚する子には一番豪華なリボンを、マリーの亭主には一番可愛いリボンをあげた。
☆
王都へは執事が馬車を用意してくれ、サマンサ先生が一緒に行ってくれる事になった。
サマンサ先生とはよく領内を旅していた。
でもこれが最後の旅だ。
「なんだか寂しいですね」
サマンサ先生はポツリと言ったけど、実は私は全然寂しさを感じていなかった。
サマンサ先生はこの馬車の中は二人しかいないと思っているけれど、実はチルちゃん軍総勢十名がビッシリといるのだ。
特に大人気の私の膝の上を巡って、戦いが繰り広げられている。五月蝿い。
サマンサ先生の膝の上にだって、チル友ちゃんが一人いるのだ。
膝の上で寝転がり、時々サマンサ先生の顔を見上げている。
私の周りは騒々しいのに、サマンサ先生の周りだけは、とても平和でゆったりとしていた。
サマンサ先生は最後だからと、いろんな事を話してくれた。
若くして亡くなったサマンサ先生の夫の話も。
背が高くて少し猫背の優しい人だったそうだ。
求婚の言葉を聞き出そうとしたけれど、サマンサ先生は恥ずかしがって、なかなか教えてくれなかった。
でも王都までは遠いのだ。
マリー仕込みの話術を持つ私から逃げ切れると思って?
「あなたは私の光です、よ」
サマンサ先生が頬を赤く染め、両手で顔を隠しながら言ったのは、王都に着く前日だった。
「あの人が言ったんじゃないの。私が言ったのよ。私があの人に求婚したの!」
おおー!
サマンサ先生は私一人にしか聞かれてないと思っていたのだろうけれど、チルちゃん軍を含め、総勢十一名で聞いていたのだ。
チルちゃん軍は色めきたち、私は頬に両手をやった。
いい!いいわ!
恥ずかしそうに指の間からこちらを見たサマンサ先生に、私は激しく頷き続けた。
でも、そんな楽しい旅も終わってしまった。
公爵様の屋敷に着くと、サマンサ先生は馬車を降りる事を許されなかった。
私だけで来いと言う事らしい。
逃げた領主に関係する者を、屋敷内に入れたくないのかもしれない。
サマンサ先生は最後に私をギュッと抱きしめると、
「元気で・・・幸せになって」と言った。
「大丈夫よ。安心して」
私がサマンサ先生を抱きしめ返すと、サマンサ先生はふふふと笑った。
「あなたは最初に会った時から、自信たっぷりだったわね。
自信でぱんぱんに膨らんで弾けそうなくらい」
私も少し笑った。
「あの頃は、あなたを打ったりしてごめんなさい・・・」
サマンサ先生は、何度もした謝罪をまた繰り返す。
「私は一度も打たれてないわ。先生がよく尻餅をついてたのよ」
サマンサ先生はグスグスと啜り上げながらも笑った。
私が馬車を降りると、すぐに馬車は行ってしまった。
サマンサ先生の膝の上が好きなチル友ちゃんが、馬車を追うようにタタタと走り、立ち止まり、馬車が見えなくなるまでずっと見ていた。
「もういいでしょうか?」
不機嫌な声がする。
「そろそろ屋敷に入っていただきたいのですが」
振り返ると、不機嫌そうな人達がずらりと並んでいた。
歓迎はされてない。
でも私は他人の機嫌をあまり気にせず生きて来たのだ。
何も問題はなかった。
「ええもういいわ。案内してもらえるかしら」
私はにこやかに言ったのだ。