表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神公爵に「おまえを愛することはない」と言われましたが、我が栄光のチルちゃん軍にお任せください!  作者: 雷雨
第1章 死神公爵と我が栄光のチルちゃん軍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/91

街に住む画家 2

「お手なみを拝見?」

彼女は首を傾げたが、魔王は何も答えず彼女を眺めただけだった。


結局、彼女は首を傾げたまま俺の方へ向き直った。


「いいわ。まずは、あなたよ。オリヴィエさん、ドーナッツはお好き?チョコレートのパイはどうかしら。まだお食事をしてないのでしょ?サンドイッチもあるわ」

「いや、俺は」

「沢山あるのよ。遠慮しないで。好きなものを選んでちょうだい」


エルビスが無表情に俺の前に皿を置き、俺の耳元に囁いた。

「選べ」


なんなんだ!


怯える俺に、彼女はテーブルの上にあるものを次々に勧めながら、白いナプキンに包むようにしてドーナッツを取り上げ、「旦那様も、どうぞ」と皿の上に乗せ、後ろの魔王に差し出した。


「アレクシスだ」


魔王は優しく言った。

なんなんだ。


「アレクシスも、どうぞ」

嬉しそうに言う彼女。

なんなんだ。


「私は紅茶だけで十分だ。おまえが食べるといい」

魔王は優しく言うと、紅茶を飲んだ。

なんなんだ。この貴族達は。俺の家に、何を見せにきたんだ。


魔王に断られた彼女は、少しがっかりした顔をして、辺りを見回すと、あの軽薄な顔の男に目を止めた。


「それじゃあ、ルイス」

「なんで俺っ、いいえ!俺もいりません!」


ルイスと呼ばれた男は、彼女から目を逸らし、正面の壁を見つめながら叫ぶように言った。


「食べて」

「護衛中です!そのようなものを食べていては護衛が出来なくなります!」


彼女はがっかりとした顔をしたが、エルビスと呼ばれた男が、当然だと言った顔で頷いた。それをルイスが横目で素早く見ていた。

なんなんだ、おまえ達は。俺の家で何をやってるんだ。


戸惑い怯える俺に、彼女が目を向けた。


「では、オリヴィエさん。どうぞ」


にこやかに差し出された皿は、エルビスが受け取り、テーブルの上を通り、俺の前にあった皿と取り替えられた。

「いや、俺も」と断ろうとしたが、無表情なエルビスの顔から、おまえは受け取れ、という圧を感じた。

なんなんだよ・・。


「あ、ありがとうございます」


エルビスが発する、今すぐ食べろ、という圧を感じながらドーナッツを食べた。


「・・・旨い」


空きっ腹のせいもあったのだろうが、驚くほどに旨かった。

露天で売られているドーナッツのような、古い油のギトギトとした胸が悪くなりそうなあの感じがない。噛むとなんとも言えない弾力があり、やがてホロリと崩れていく。生地の美味さと質の良い砂糖や油の味がする。

あっという間に食べ終わった。


「美味しいでしょ。うちの料理長が作ったのよ。もう一つどうぞ」


彼女が嬉しそうに言うと、エルビスが無言で俺の皿を取り上げ、彼女にうやうやしく差し出した。

ドーナッツを皿に乗せる時、彼女は残ったドーナッツの数を、ふんふんふんふん、と目で数えている気がした。


エルビスが、俺にドーナッツの皿を手渡しながら耳元に顔を寄せ、言った。

「これで最後だ。わきまえろ」

抑えた低い声で、脅すように言われた。


俺は訳が分からず、俯き、自分のドーナッツの皿を見つめた。

なんなんだ。どういう意味だ?

ドーナッツがこれで最後って事か?わきまえろ?調子に乗るなって事か?これ以上ドーナッツを食べるなって事なのか?

テーブルの上には、まだ大量のドーナッツの乗った皿があるし、彼女はまだ「もっと食べて」と勧めているのになんでなんだ?分からない。


「ふふふ。美味しいわよね。このドーナッツ」

彼女が嬉しそうに俺に話しかけていたが、俺は理由が分からない脅しをされた恐怖と焦りから、俯いたまま、もそもそと半分ほどドーナッツを食べた。


そして顔を上げると、テーブルの上に積み上げられていた大量のドーナッツが消えていた。


え?


と、俺は彼女を見た。

彼女は嬉しそうに、最後の一つらしいドーナッツを齧り始めたところだった。


俺は周りを見渡した。

他には誰もドーナッツを食べていなかった。


俺は再び彼女を見た。

彼女は優雅に、ドーナッツの最後のひとかけらを口の中に収めたところだった。


え!?もうドーナッツを一つ食べたのか!?

俺は驚愕した。


あの一瞬で?まさか!でも。・・・・もしかしてテーブルの上にあった大量のドーナッツも彼女が一人で食べたのか?


答えを求めて、隣に立つエルビスを見上げたが、確かに目が合ったはずなのに、素早く目を逸らされた。


ルイスを見ると、驚くほどの速度で目を逸らされた。

ミシェルも眼鏡ごとスッと目を逸らした。

俺を見張っていたはずの他の護衛達も皆、次々に視線を逸らしていった。

唖然として魔王を見ると、魔王は興味深げに彼女と俺を見比べていた。


そうしている間にテーブルの上のチョコレートパイが消えていた。


「オリヴィエさんのお食事用に持ってきたのだけれど、オリヴィエさんが食べないのなら、私がいただこうかしら」と、彼女が言い終える前にサンドイッチも消えていた。


クッキーは瞬きしている間に消えていた。果物はいつ消えたのかも分からない。


俺の目の前で何が起こったんだ?

彼女が全てを優雅に食べる姿を見た気もする。けれど、全て幻だ。あれだけの量を、あの速さで食べ切れるわけがないじゃないか。だから、俺が見たものは、きっと幻だ。何かの間違いに違いない。でも全て消えている。何故だ?


混乱する俺の前で、彼女は紅茶に角砂糖を五つ落とした。そして実に美しく飲み終えた。

彼女が紅茶のカップを置き、エルビスに目をやると、静かに素早くテーブルの上が片付けられていった。


テーブルの上に乗っているのは、俺が半分だけ食べたドーナッツの皿と、俺がまだ全く手をつけていない紅茶のカップ。それだけだった。


全ては幻だったのだろうか。


俺はたぶん、魂が抜けたような顔をしていたと思う。

それに確かにその時、魂なのか何なのかは分からないが、自分から何かが抜け出てしまったような気がしていた。

それで俺は妙に心許ない気落ちになってしまい、ゆったりと微笑む彼女をすがるように見つめていたのだ。


彼女はそんな俺を満足げに見た後、辺りを見渡し言った。


「これでもう大丈夫ね。すごく綺麗になったわ。さすが我がチルちゃん軍。そしてローズ、それにみんなも。ありがとう」


何を言っているのか分からなかった。

初めて会った瞬間から、彼女は訳が分からなかった。


彼女が俺を真っ直ぐした目で見て、「オリヴィエさん、準備が整ったわ。今から交渉を始めてもいいかしら?」と言った時、俺は腑抜けた声で「はい」と答えていた。


  ☆


「先ほども言ったけれど、あなたに絵を描いて欲しいの。海の絵よ」


やっぱりそうか。いや、聞く前から分かっていた。貴族が俺に求めるのはいつだって海の絵だった。


「・・・悪いけど、俺はもう絵を描くのをやめたんだ」

俺はぼんやり返事をした。


「どうして?」

「飽きた」

「飽きた?」

彼女が首を傾げた。


「ああ。飽きた。もう飽きた。どうしようもなく飽きた。うんざりするほど飽きた。毎日毎日、馬鹿みたいに海を見て、馬鹿みたいに海の絵ばっかり描いて、もう飽きた。急に飽きた。突然飽きた。きっぱり飽きた。もう海なんか見たくないし、海の絵なんか描きたくないし、どんな絵だって描きたくないんだ!だからほっといてくれ!」


最後には段々腹が立ってきて、彼女に向かって怒鳴りつけると、俺の左肩にデカく分厚い手が乗った。左肩が沈んだ。

見上げると、エルビスが俺を憤怒の表情で見下ろしていた。エルビスの後ろには、銀色の眼鏡の奥から俺を静かに見つめるミシェルが見えた。ルイスは腰に下げた剣に手をかけていた。慌てて彼女の後ろを見ると、魔王からドス黒いものが湧き上がっているような気がした。


「すいませんでした」と震えながら謝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ