第46話 望みを叶えよう
一週間後から十一日後に変更した箇所があります。
「私の、望み?」
「ええ。旦那様の望みです」
旦那様は戸惑ったように泉に目をやった。
「私は、これまで望みなど持たないようにしていたのだ。呪いを持つ私が望みなど持ったところで、仕方がない。やるべき事をやる。それだけを考えて生きてきた。望み?望みとはなんだ?何を望めばいいのだ?」
聞いているうちに、あの塔の狭い階段を一人で登り続ける旦那様の姿が、思い浮かんだ。
胸がギュッとなる。
「呪いはもうありません。だから考えてください。まず一番目の望みから言ってください」
「一番目?いくつも言わなくてはいけないのか?」
困惑したように眉を顰める旦那様。
「当然です。さあ、頭に思い浮かんだものから順番に言ってみてください。難しくは考えないで。行きたいところは?見てみたいものは?食べたいものはないですか?公爵家を盛り立てる事をお望みですか?それとも誰かに復讐を望みますか?どんな望みでもかまいません。呪いは消え、もう何でも出来るのです。さあ、望みを言ってください」
どんな望みも叶えてあげたかった。
できる限りの事をするつもりだった。
でも、旦那様はしばらく泉を見つめた後、ふいに私の方を向くと、
「エルサ。おまえとピクニックがしたい」と言ったのだ。
そんなのでいいの!?
「すぐ出来ますよ。そんな望みでいいのですか?」
旦那様は、少し照れたように笑ったのだ。
「もちろんだ。憧れていたのだ。塔の上から、おまえのピクニックを眺めていた。おまえはいつも楽しそうだった。私も行ってみたいと思っていた。もちろん、呪われた私にそんな事は出来るわけもなかったが」
寂しげに口を閉じた旦那様の手を強く引いた。
「今すぐ屋敷に帰りましょう!料理長に行ってバスケットを用意してもらいましょう!すぐ望みを叶えましょう!ドーナッツはお好きですか?アップルパイは?さあ!帰りましょう、旦那様!」
すぐ屋敷に帰ろうとしたけれど、旦那様に引き止められた。
「いや、明日でいい」
「どうして!?
「二番目の望みを思いついたのだ」
「もう二番目を!?い、いえ。良い傾向です。自分の望みが分かってきたのですね。さあ、望みを言ってください」
勢い込んでそう言った。
「では、エルサ。二番目の望みを言おう」
引き寄せた私の指にキスを落とし、旦那様は言ったのだ。
「私の名前を呼んで欲しい」
「旦那様の名前を?」
「そうだ。私の名前を知っているか?」
「もちろんです」
知ってはいるけれど、口にした事のない名前を呼んで欲しいと望まれた。
どんな望みでも叶えてあげるのに、そんなささやかな望みでいいのだろうか。
私を見つめる旦那様の黒い瞳から、微妙に視線を逸らしつつ、旦那様の名前をよんだのだ。
「アレクシス」
呼ぶと、旦那様は目を見開き、輝くような笑顔を見せた!
目を逸らしていたはずなのに、思わず、見てしまった。
見惚れるような笑顔だった。
「本当だ」と旦那様が言った。
「何がですか?」
「名前を呼ばれると、こんなにも嬉しいのだな。おまえも私に名前を呼ばれた時、こんなに嬉しかったのか?エルサ」
胸の奥から、何か温かい感情が溢れてきて、思わず旦那様に抱きついてしまった。
この人を幸せにしてあげたいと強く思った。
「私も一緒です。いつだって旦那様に名前を呼ばれると嬉しいのです」
大きな体が私をそっと包み込んだ。
「一緒か。一緒というのは嬉しいものだな」
この可愛い人が、私の旦那様なのだ。
幸せに浸っていると、足元で「チルチルチル!」と激しく語り合う声が聞こえた。
ああ、そういえば、噂話は陰でコソコソやりなさいと言うのを忘れていた。
しかも、しきりに微妙な移動を繰り返しているらしく、「チルチルチル!」が動いている。
きっと一番良い位置で私達を眺めようとしているのだ。
どうしてこんなに物見高く育ってしまったのだろうか。
私のせいなのか。
それとも光の妖精というのは、そんな性質なのだろうか。きっとそれだ。
考えていると、旦那様が「三番目の望みを思いついた」と言い出した。
「何ですか?さあ、何でも言ってください。全部望みを叶えましょう」
「ああ、これもおまえにしか叶えられない望みだ」
「ふふふ。では叶えます。さあ、言ってください」自信たっぷりに言ったのだ。
一番目がピクニック、二番目は名前を呼ぶ事。
さあ、三番目は何!?
「私の三番目の望みは、おまえがまた私の目を真っ直ぐ見つめてくれることだ」
突然、そんな事を言い始めた旦那様は、抱きしめていた腕を解くと、私の顎に手をやり、上を向かせた。
すぐ近くに旦那様の顔がある。
輝く黒い宝石が、私を見ている。
息遣いがすぐ近くで聞こえる。
急に顔が熱くなり、心臓が早く打ち始める。
一気に難易度が上がる!
この綺麗な瞳を見つめるの?
や、やれるわ。
見つめればいいだけなんでしょ。
やれる。
やれるわ。
やれるわよ!
でも、その時、旦那様の瞳が、愛しげに細められたのだ。
心臓が更に速くなる。
私は逃げるように目を閉じた。
「旦那様!いきなりは無理です!時間をください。大丈夫です。見慣れないだけです。必ず旦那様の望みを叶えてみせますから、もう少し時間を!」
旦那様は楽しげに笑い声を上げた。
「約束だ。エルサ」
「約束します。必ず旦那様の望みを叶えてみせます」
「アレクシスと呼んでほしい」
「ア、アレクシスの望みを叶えて見せます!」
「では、楽しみに待つことにしよう」
旦那様はくすくす笑いながら、私の瞼にキスをした。
「さあ、次はエルサの番だ」
「私の番?」と目を開けた。視線を微妙に逸らしながら。
「ああ。おまえの番だ。私の望みは三つとも叶ったも同然なのだろう?」
一番目のピクニックは明日叶える。
二番目の名前を呼ぶのは、もう叶えた。
三番目の真っ直ぐ目を見るのは・・・。
「は、はい。全て叶ったも同然です」
「だから、エルサ。次は、私がおまえの望みを叶えよう。その為に、おまえをここへ連れてきたのだ」
私の望み?
「私の望みとは、何でしょう」
「オーフィリアに言ったのだろう?三つの望みを」
「はい。言いました。言いましたが」
戸惑う私の頬を、旦那様が、するりと撫でた。
「一番目は私の呪いを消すことか。この望みは、エルサ、おまえが自分で叶えたのだな」
「チルちゃん軍もです。それにエルビスやルイスや料理長も皆手伝ってくれたのです」
「ありがとう。皆にも必ず感謝を告げよう」
旦那様に感謝なんてされちゃったら、皆、泣いて喜びそうだ。
またエルビスが変形してしまう。
「二番目はおまえの光の戦士に好きなだけ闇を消させる事だったか」
「はい」
「では、私も光の戦士達に協力する事を誓おう」
「チルチルチル!」足元で歓声が上がった。
「光の戦士達も喜んでいます」
「今も、いるのだな」
「はい」
「では光の戦士達の前で、おまえの三番目の望みを叶えよう」
「私の三番目の望み?」
でも、三番目の望みは・・・・。
「望みを叶えるのは、もう無理ではないですか?」
「無理?何故だ?」
「私の三番目の望みは求婚の言葉を集める事です。でも、あの時、欲しかったオーフィリアの求婚の言葉はもう手に入りません。オーフィリアは消えてしまいましたから・・・」
あの時の事を思い出しても、もう絶望は感じない。
絶望は、時間が経てば、怒りや悲しみに変わるらしい。
あの時の事を思い出せば、私の心は悲しみでいっぱいになった。
旦那様が私の額に慰めるようなキスをした。
「おまえが集めたいのは、オーフィリアの求婚の言葉だけではないのだろう?」
「もちろんです」
「おまえがまだ手に入れていない求婚の言葉があったはずだ」
私が手にしていない求婚の言葉?
誰の言葉かしら。
求婚の言葉を集め出してから、出会った人たちの求婚の言葉は、もうほとんど集めているはず。
「まだ会っていない、これから会う方達の求婚の言葉の事ですか?」
私の趣味である求婚の言葉集めに協力してくれるという事だろうか?
しかし、旦那様は穏やかに言ったのだ。
「いや。既にもう出会っている、エルサが良く知る男の求婚の言葉だ」
男?
公爵家に来てから出会った男達の顔を思い浮かべる。
旦那様の部下や屋敷で働く使用人、そして出入りの商人達。
全部集めていた。
まだ求婚した事のない人には、言ってみたい求婚の言葉を聞いてある。
やっぱり全部集めている。
「どなたの事を言っているのですか?」
本当にわからなかった。
旦那様は楽しげな笑い声を上げた。
「分からないか?私がおまえに送る求婚の言葉だ」
旦那様の求婚の言葉!?
確かにまだ集めていないけれど、でも。
「旦那様はもう私と結婚しています」
「そうだ。しかしおまえは夫である私に、求婚の言葉をくれたのだろう」
あなたは私の光です。
確かに、言った!
旦那様は、驚いている私から離れ、片膝をつくと、辺りを見渡し言ったのだ。
「光の戦士達よ、私の求婚に立ち会って欲しい」
「チルチルチル!」
チルちゃん軍は大喜びで走り出す。
激しく議論しながら、私達の周りをぐるぐるまわり、見物するのに一番良い場所を見つけると、「チルチルチル!」と、手を叩いて促してきた。
唖然としてそれを眺めていた私に、旦那様が「エルサ」と言ったのだ。
騎士がするように、片手が胸に当てられ、真摯な顔がこちらを向いている。
私は軽く息を呑んだ。
「おまえが知らなかった絶望は、私にとっての日常だった。もはや絶望を感じなくなるほど、私は絶望に慣れきっていた。呪いから逃れる事は随分昔に諦めていた。いずれ父や母のように呪いに飲み込まれ死ぬのだと思っていた。私を慕ってくれる部下や領民、そして私を気にかけてくれている国王陛下の為に、やるべき事をやる。そして死ぬ。それだけを考え生きていた」
絶望が、日常?
つい最近、絶望を知ったばかりの私は、愕然とする。
あれが、日常?
旦那様は、そんな私を落ち着かせるように、微笑んだ。
「エルサ。そんな哀しげな顔をしなくてもいい。もはや絶望はないのだ。おまえが来てから、全ては変わっていった。おまえは不思議だ。まるで私に呪いなどないかのように恐れげもなく、呪いの中へと進んできた。私を真っ直ぐ見つめてくれた。名前を呼べば、微笑んでくれた。そして命懸けで私の呪いを消し去ってくれた」
私が気軽に始めた事が、旦那様にとっては、それほどの事となっていたのだ。
じっとしていられず、旦那様に手を伸ばすと、旦那様も手を伸ばし握ってくれた。
「私達はもうすでに結婚しているが、私はまだおまえに求婚していない。だから今、言わせてくれ。エルサ。私と共に生きてほしい。どうか、私と結婚して欲しい」
そして旦那様は黒い瞳を強く光らせ、私に言った。
「おまえは私の光だ」
いつの間にか、旦那様の瞳を見つめていた。
吸い込まれそうなほど綺麗な黒い瞳だ。
おまえは私の光だ。
私が言った求婚の言葉と同じだ。
私の好きな求婚の言葉だ。
それを、旦那様にもらえたのだ。
自分が求婚の言葉をもらえるなんて考えてもいなかった。
どうしよう。
幸せでこのまま死んでしまいそうだ。
「旦那様とはもう結婚していますけれど、旦那様と結婚します」
混乱して、わけの分からない返事を返してしまった。
旦那様は、微笑んだ。
「アレクシスと」
そうだ。名前を呼ばなくては!
「アレクシスと結婚します」
旦那様が私に近づいた。
すぐ側に旦那様の顔がある。
大きな手が私の顔を包み込み、いつの間にか流れていた涙を拭ってくれた。
旦那様は微笑みながら「エルサ、おまえは私の三番目の望みも叶えてくれたのだな」と言った。
「三番目の望み?」
「ああ。私の目を真っ直ぐ見つめてくれている」
本当だ!
チルちゃん軍の歓声が聞こえる。
「チルチルチル!」と叫びながら、ムチムチとしたいくつもの小さな体が抱きついてくる。
旦那様が優しいキスをくれた。
こんな日が来るなんて思っていなかった。
私はとても幸せだった。
この幸せな十一日後、一通の手紙が旦那様に届くのだ。
差出人は国王陛下。
そして、なんと、この物語は第二章へと続くのだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
最初は、わけの分からない話を、書いたことのない恋愛小説という分野で、短編の前後編にして、完成させる楽しみをあじわう為に、とエルサの結婚並に気軽に初めたこの小説。
書き始めてから、あれ?話が終わらない。やっぱり全5話ぐらい?と思い、気がつけば46話。そして第二章へ続くのです。
びっくりです。
王様がなぜエルサとアレクシスを結婚させたかったのか、王様にどこかで語ってもらおうと思い、試しにと、エルサを王宮に置いて考えてみると、するするっと王宮編が途中まで出来てしまったので、書くことにしました。
とりあえず、王様に「帰ってくれ」と懇願されるところまでは出来ています。
私の頭の中にですが。
書きかけの小説や、書きたい小説の構想もあるので、途中でこの話をお休みさせてもらうかもしれませんが、完結までは書くつもりなので、よかったらまた読みにきてください。
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では、また!




