第34話 宣言
今夜も月が出ている。
月明かりが照らす細い道を、私達は足早に進んでいく。
チルちゃん軍が先頭、その次は私だ。
途中で、エルビスが「やはり私が先に」と言い張ったけれど、
「あなたには呪いが見えないし、倒せないのでしょ」と、下がらせた。
不満そうな顔をしていたエルビスは、道の先に白いものを見つけ、
「奥様、後ろへ」と躍り出てこようとしたけれど、
「大丈夫よ」と、また、下がらせた。
だって、あの白いものは、猫のパイだ。
猫のパイが道の真ん中に立ち、私たちが近づいても避けようともせず、私たちを見ている。
敵なのか。味方なのか。暇なのか。相変わらず、よく分からない猫なのだ。
前を進んでいたチルちゃん軍は、猫のパイに、わらわらと近づいていき、親しげに「チルチル」と何ごとか話しかけ、また先へと進んでいく。
わりと仲良しなのかもしれない。
猫のパイは、ブルンと尻尾を一振り、チルちゃん軍を見送っていた。
でも、私と猫のパイは、そんなに甘い仲じゃない。
「どいて。パイ」
道の真ん中にいる猫のパイに、私は厳しく言った。
私は一つしかバスケットを持っていないけれど、それがとても重いのだ。猫のパイを避ける為の、無駄な体力を使いたくないのだ。
でも、この猫は、どかない。
私は少し息が切れかけているから、声を出すのも少し辛い。
声の代わりに目力で理論整然と語りかける。
私が道の真ん中を進むから、あなたは横にどきなさい。私がローズ派の一番で、あなたは所詮二番なのだし、どちらが避けるべきか、自明の事よね、もちろん、あなたがどくべきだわ、さあ、早く、どきなさい、どきなさい、どきなさい。
語りかけながら足を止めず進んでいくと、猫のパイが迷惑そうに端にどいた。
良い心掛けだわ。常にそう生きなさい。
目力で猫のパイを褒めておいた。
でも、猫のパイの横をすり抜け際には、息を切らしながらも、直接言わなくてはいけない事があった。
「戦いたければ、来てもいいわよ。戦いたくなければ、邪魔しないで」
「猫に何言ってんだよ」と、ルイスは言うけれど、猫のパイは真面目な顔をしてついてきた。
ね。
暇なのよ。この猫は。
これで少し戦力が増えた。
☆
「奥様。一旦ここで休憩しましょう」と、エルビスが言った。
旦那様の訓練場に着いたのだ。
今夜もまた、しん、としていて、月の光に照らされ、幻想的だった。
「そう、ね。そうしましょう」
息を切らせた私は、立ち止まり、バスケットをそっと地面に置いた。
手が痺れていた。肩も辛い。
私はただの奥様で、力仕事には向いていないのだ。
エルビスとルイスもバスケットを置き、手をまわしたり伸ばしたりしているけれど、二人とも息は切れていない。
二人とも、旦那様と共に鍛えているのだ。
私はまだ息が整わない。
「奥様。私がそのバスケットも持ちましょう」
見かねたエルビスが、そう声をかけてくれたけれど、私は「いいえ。大丈夫よ」と断った。
「しかし」と言いつのるエルビスに、月明かりの下、説明した。
「エルビスには、そのバスケットを二つ持ってもらわなくてはいけないもの。無理やり私のバスケットまで持ったら、途中でバスケットを落としてしまうかもしれないわ。落とさなくても、中の夜食がぐちゃぐちゃになってしまうかもしれないでしょ。そんな事、絶対に駄目よ。私だって、一つくらい持っていけるから大丈夫よ。私は私の夜食を守ってみせるわ」
それに、料理長自らが私に持ってきたこのバスケットの中には、きっと新作ドーナッツが入っている。
私は、絶対に落としたりはしない。
絶対に。
エルビスは混乱したような顔をして、
「奥様、我々はこれから、あの恐ろしい泉の呪いと戦いに行くのですよね」と言った。
「そうよ。私たちは戦いに行くのよ」
何を分かりきった事を言っているのかしら。
エルビスは、チラリとルイスを見た後、自信無さげな声で、
「夜のピクニックに行っているのではありませんよね」と言った。
「もちろんよ。ピクニックに行っているのではないわ。私達は呪いを倒しに行っているのよ」
私は自信たっぷりに頷いた。
「そ、そうですか。分かりました」
まだ分かっていないような顔で、エルビスは頷いた。
もちろん夜のピクニックはするけれど、呪いを倒す為に夜のピクニックが必要なだけで、それが目的ではないのだ。
だから、私は間違った事を言ってはいない。
「なあ、奥様」
月明かりの下、今度はルイスが言った。
眉間に皺を寄せ、腕組みをし、私を見下ろしている。
「なあに?」
「今から呪いを倒しに行くのは分かった。それで、呪いを倒す奥様と一緒に泉に向かってる俺たちの事を、奥様はどう思ってんだ?奥様を守る護衛だと思ってんのか?もしかして、ちょうどいい荷物持ちだと思ってんじゃないのか?」
「ルイス!奥様に失礼な事は言うな!」と、エルビスは叱りつけたが、ルイスは引こうとしない。
「いや、俺ははっきりさせておきたい。奥様、どっちなんだ?」
「ふふふ。何をおかしな事を言っているのかしら、ルイス」
私は、私のバスケットを持ち上げた。
「さ、もう休憩は終わりよ。行くわよ。二人とも」
「行く前に、どっちなのか言ってくれよ、奥様。俺たちは護衛か?荷物持ちか?このバスケット持ってるとさ、両手塞がるから、護衛するのに邪魔なんだけど」
「ルイス。奥様にあまり失礼な事は言うな」
「さ、二人ともバスケットを持って。急ぐわよ」
「俺、屋敷出る前から、ずっと思ってたんだよ。なあ、奥様。俺たち、どっちなんだよ」
「さ、ルイス、置いていくわよ」
「どっちなんだよ」
荷物持ちだ。
☆
疑問と不満を抱えたルイスと、戸惑いを抱えたエルビスと共に、我々は進んでいく。
泉までの道のりは、先日よりも長く思えた。
あの時は、こんなに大きなバスケットを持っていなかったし、肩にずっしりと重さを感じる飴の袋が入った鞄も持っていなかったのだ。
私もエルビスやルイスと同じ、荷物持ちだと、ふと気がついた。
「ルイス」息を切らして語りかける。
「なんだよ」
「私も同じよ」
「何がだよ」
泉に続く道の闇は、少しづつ濃くなっていくけれど、先日ほどの濃さはなかった。
あの日、チルちゃん軍と共に、頑張ったおかげだろうか。
けれど、エルビスとルイスにとっては、少し堪えるほどの闇深さになっているらしい。
二人の足が遅くなっていく。
先を進む、チルちゃん軍が心配げに振り返った。
「後少しよ」と私は二人を励ました。
「まずは先へ進むのよ」と、チルちゃん軍にも言い聞かせた。
これらの闇を全て消しながら進んでいけば、夜が開けてしまうだろうし、いくらなんでも夜食が足らなくなりそうなのだ。
泉の側で、安心出来るピクニック会場を作るつもりだった。
だから、そこまでもう少し耐えて欲しいのだ。
「ここに、来たのは、久しぶり、です」
エルビスが苦しげな息の下で話し出した。
「以前の、公爵様の、塔より、も、息が、苦しい」
振り返り見ると、エルビスとルイスの顔が歪んでいる。
そうだ。闇は多すぎると人を殺すのだった。
私はまだ平気だけれど、これ以上、濃い闇の中を進むのは、エルビス達には無理かもしれない。
どうする?ここから闇を消しながら進む?それともエルビス達を一旦訓練場まで戻らせて・・・・。
考えているところに、「チルチルチル!」と、前を進むチルちゃん軍の声が上がった。
前方を指差し、何かを私に教えようとしている。
目を凝らすと、クリームのように濃い闇が盛り上がっているのが見えた。
きっと、あそこに泉がある。
私達は着いたのだ。
「では、ここを、ピクニック会場にするわ!」
私は高らかに宣言した。




