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死神公爵に「おまえを愛することはない」と言われましたが、我が栄光のチルちゃん軍にお任せください!  作者: 雷雨
第1章 死神公爵と我が栄光のチルちゃん軍

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第29話 問題はありません

「奥様!まだ聞いて欲しいことがありますのよ!」


黒くて小さな丸い目が、キッと私を見上げている。

可愛い。


「もちろん聞くわ。言ってちょうだい」

「奥様!シルビア!」


エルビスは何か叫んでいるけど、小鳥ちゃんは止まらないのだ。

私は聞く。

はい、どうぞ。


「紅茶店でこの男と再会しました折、泣いてしまった私に、この男は、なんと言ったと思いますか?

『ああ、ごめんよ。あの頃、君の想いに気づけなくて。まさか、こんなに私の事を思ってくれていたんんて』

などと、とんだ勘違い発言をいたしましたのよ!」


「エルビスが悪いわ」


当然よね。

はい、次、どうぞ。


「その後も怒りが収まらず、涙が止まらなかった私に、この男は何と言ったと思いますか!?

『分かった。そんなに私と離れ難いのか。また日を改めて会おう。だからもう泣くのはおやめ』と言ったのですよ!

おまけに、そんな浮かれた言葉を、他の客達にも聞こえるほどの大声で言ったのです!私は恥ずかしくて死にそうになりましたわ!」


「エルビスが悪いわ」


当たり前じゃない、そんなの。

はい、次。


「その紅茶店で、私は果物と花びら入りの紅茶を買い求めようと思っておりましたのよ。とても甘くて、可愛らしい紅茶なのです。当時、大好きだった紅茶でした。

でもこの男が大騒ぎをして、私を見つめておりますし、果物と花びら入りの紅茶なんて、少し子供っぽく思えてしまって。

仕方なく極々普通の紅茶を頼んでしまいましたの。甘くも可愛くもない普通の紅茶ですわ!私が欲しくもなかった普通の紅茶を買ってしまったのは、どう考えても、この男が悪いのです!」


・・・うーん。


「それはいくらなんでも、エルビスは悪くないんじゃないかしら。エルビスに頼まれたわけではないのだし。そこまでエルビスのせいにしてしまうと、いくらなんでもエルビスが可哀想なのでは・・・

え?

何?小鳥ちゃん。どうしてクチバシを、いえ、唇を尖らせてるの?

何、それ、可愛い。小鳥ちゃんって、不満が最大限に溜まってくると、唇を尖らせる癖があるの?

可愛い。その顔、とっても可愛い。クチバシが可愛い。膨らんだほっぺも可愛い。可愛い。可愛い。可愛い」


ぶつぶつと呟き続ける私に、クチバシを尖らせた小鳥ちゃんが、

「奥様!私とこの男、どちらが悪いと思いますか!?」

と、激しい口調で聞いてきた。


「可愛い。え?小鳥ちゃんとエルビス、どっちが悪いか?それは、もう。エルビスが悪いわ。ええ。悪いわ。だって小鳥ちゃんは、こんなに可愛いのよ。だから、エルビスが悪いわ。すっごく悪いわ。断然悪いわ。どう考えても悪いわ」


加速する私の肩に、すとん、と何かが置かれた。


「何?」


振り返ると、少し離れた位置で立っていたはずの護衛のルイスが、いつの間にか背後にいた。そして私の肩に手を置いている。


「ちょっと落ち着こうか。奥様」


上から見下ろし、威圧的に言うルイス。


「何言ってるの?落ち着く?落ち着いているわ、私」

「いいから。落ち着こうか」

「だから落ち着いてるって言ってるでしょ」


訝しく思っていると、私達の横で静かに紅茶を飲んでいたエルビスの娘ロザリーが、カップを置き徐に立ち上がった。


「奥様。視察にいらっしゃったのですよね。遅くなってしまい申し訳ありません。今から私が母に代わり家の中をご案内いたしましょう。さ、こちらへどうぞ」


背の高いロザリーまで私の背後に回ると、威圧的に言ってくる。

チルちゃん軍も、部屋のあちこちからわらわらと集まってきた。


「奥様。行こうか」

「だから、何なの?ルイス」

「さ、こちらですわ、奥様」

「ロザリー?」


ロザリーに手を取られ、ルイスに背中を押されながら連れて行かれる私の後ろでは、

「しかし、シルビア」

「あなたが悪いのですわ!」

と、エルビスとシルビアがまだ騒いでいた。


楽しそうに見えた。


 ☆


「母の魔力量は少ないのですが、その魔力は『魅了』を僅かに帯びているのです」


連れて行かれた二階の部屋で、ロザリーが窓を大きく開けながら言った。


「まあ!あんなに可愛い上に、更に『魅了』まで持っているの?すごいわ。さすがね。小鳥ちゃん」


「だから、さっきから何だよ、小鳥ちゃんって。シルビアさんの事を言ってるのか?」


ルイスが呆れたように言うけれど、なんて愚問なのかしら。小鳥ちゃん以外に小鳥ちゃんがいるわけがないじゃない。聞くまでもない事を聞くなんて。ふん。呆れたものね、ルイス。


「何で、奥様が俺を呆れた顔で見てくるんだよ」


ふん。


「えー。何だよ、その顔。まだ『魅了』にやられてんのか?」


ふん。


「ロザリーさん。これ、どうにかならないか?このまま公爵家に連れ帰ったら、俺、公爵様に殺されそうなんだけど」


ルイスの情けない声に、ロザリーが微笑み、部屋の隅に置かれた水差しからコップに水を注いだ。


「母の『魅了』は極々弱いものですが、奥様には深く効いてしまったのかもしれません。さ、これをお飲みください」

「これは何?」

私はコップを覗き込んだ。

「ただの冷たい水ですわ。少し、落ち着きますよ」

「よし。飲め。奥様。そして落ち着け」


「ちょっとルイスは護衛として不遜すぎるのではないかしら」

私はルイスを睨んだけれど「いいから飲め、奥様。いっぱい飲め」と子供にでも言い聞かせるように言われたのだ。


不満いっぱいで水を飲む。

冷たい。美味しい。

開け放たれた窓からも、冷たい風が入ってきた。

窓の外に目を落とすと、咲き誇る花々が炎のように揺れていた。


空になったコップに、更にロザリーが水を注ぐ。


「まだ飲まないといけないの?」

少し体が冷えてきたのだ。

ロザリーは落ち着いた笑みを浮かべた。


「『魅了』は熱です。掛かったものは、熱を帯びるのですよ。母の『魅了』は弱いものですから、掛かってしまっても体を冷やせば、きっと正気に戻りますわ。

もちろん、王宮魔法師として取り立てられるほど強い『魅了』の使い手が仕掛けてくるものならば、冷たい水程度では抜け出せないのでしょうけれど」


「ああ。弱い『魅了』なら、それぐらいでどうにかなるはずだ」


ルイスが私の顔を覗き込みながら、頷いた。


「俺、前に、弱い『魅了』持ちの女の子と付き合ったことがあるんだ。勝手に滲み出る程度の弱い『魅了』でさ、俺にはほとんどきかなかったけど、たまに、めっちゃ効く相手がいて、そん時には皆んなで冷やしたよ。そいつを」


「魔力の相性がいい相手ですと、効きやすいらしいですね。私には母の『魅了』は、全く効かないのですが、父にはとてもよく効くらしいですから」


「ああ。たぶん、奥様とシルビアさんの魔力は相性がいいんだな。気をつけろよ。マジで。さっきは目がヤバかったぞ。マジで」


「私と小鳥ちゃんの相性が、良い?」

ロザリーとルイスが何か言っていたけれど、私の頭に残ったのは、その言葉だけ。


小鳥ちゃんと相性がいい。

ふふふ。ふふふ。ふふふ。ふふふ。


「なんか笑ってるし!ダメだ。またヤバい目つきになってきてるぞ。もっと冷やそう。ロザリーさん!水をもっと!風も、もっと!」


ふふふ。ふふふ。ふふふ。ふふふ。


何杯も冷たい水を飲まされて、シーツで散々煽がれた。

寒い。


お手洗いに案内してもらい、その後、やっと頭がスッキリした。


「何度も言いますが、母の『魅了』は極々弱いものです。それなのに、これほど深く『魅了』に掛かるということは、奥様はもしかすると元々『魅了』に掛かりやすいのかもしれません。お気を付けください。これまで、同じような事はありましたか?」


ロザリーに心配そうに尋ねられた。


「分からないわ。『魅了』なんて、お芝居や本の中の物語でしか知らなかったもの」


「そうか?強い『魅了』持ちは、それこそ王宮魔法師ぐらいしか知らないけど、弱い『魅了』持ちなんて、その辺に結構いるぞ」ルイスが首を傾げる。


「そう言われてもねえ」

私も首を傾げる。


ロザリーさんも思案げに首を傾げる。

「先ほどは、母の事をしきりに『小鳥ちゃん』と言っていましたね。もしかすると、奥様は小鳥に関するものに、元々強く惹かれる傾向があったのかもしれません。『魅了』とは、そう言った強く惹かれるものに対して結びつくと、効きやすくなったはずですが」


「小鳥?可愛いけれど、そこまで深く惹かれた事はないわ」


「じゃあ『可愛い』は?」ルイスがふと思いついたように言った。

「奥様ってよく『可愛い』って言ってるよな」


言ってる。


私は足元で心配そうに私を見上げているチルちゃん軍に目を落とした。

丸々としたほっぺが心配げに私を見上げている。

可愛い。


「これまで『可愛い』誰かに対して、今日のような事はありましたか?」

ロザリーが心配げに尋ねてくる。

「『可愛い』が全て。『可愛い』から後の事はどうでもいい。『可愛い』から構わない、と思った事は?」


ある。

チルちゃん軍を眺める。

可愛い。


「もしもあるのならば、その方は『魅了』の魔力を奥様に対して使っているのかもしれません。お気をつけください」

ロザリーが真剣な顔をする。


チルちゃん軍を眺める。


「どうなんだよ、奥様」と、ルイスが言う。


チルちゃん軍を眺める。

そっと指を差し出す。

素早く一列に並ぶチルちゃん軍。


可愛い。


『魅了』になんか掛からなくても、きっとこの可愛さの虜になった。

それなら『魅了』があるかないかなんて、問題かしら?

いいえ。


「何の問題もないわ」


私は晴れやかに宣言した。

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