第28話 話が違う
シルビアの髪色を銀色に、歳を三十代へ修正しました。他にも細部を修正しました。
エルビスが四年ぶりに帰る家は、住宅街の終わりにある、赤い屋根の家だった。
「まあ。すごいわね」
エルビスに手を差し出され、馬車を降りた後、辺りを見渡し、思わず呟く。
まるで花嵐に埋もれた家のようだった。
家をぐるりと取り囲む広い庭に、ぎっしりと植えられた草花は、皆、勢いよく背を伸ばし、鮮やかな色の花々を咲かせている。
私の後ろから走り降りたチルちゃん達も、口をぽかんと開けて花の嵐を見渡している。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
花の向こうから声がした。
見ると、小柄でふっくらとした三十代くらいの女性と、何処となくエルビスに似た背の高い若い女性が、花の隙間に立っていた。
「素晴らしいお庭ね。こんなにお花が溢れている庭を見るのは初めてだわ。あなた達はシルビアとロザリー、でいいのかしら」
「はい。左様でございます。私がシルビア、こちらは娘のロザリーでございます。ようこそ我が家へお越しくださいました」
歓迎の言葉をくれたけれど、二人は俯き、決して顔を上げようとしなかった。
エルビスを横目で見ると、エルビスも固い表情で目を伏せている。
まあね。四年ぶりなのだ。
私は花に埋もれるようにある石畳の小道を通り、シルビアとロザリーの前に立った。
「こんなに沢山のお花が咲いているのに、雑然としていないのね。まるで画家が描いた楽園の絵画のようだわ。ねえ、お願いがあるの。私、この素晴らしいお花が見える場所で、お茶をいただきたいわ。きっと、夢の中にいるような気持ちになれるでしょうね。それにこのお庭を作ったお二人ともお話がしたいわ」
その時、初めてシルビアが顔を上げた。柔らかそうな銀色の髪が、ふわりと揺れる。小さな黒い目が一瞬、嬉しそうな色を帯びた。
可愛い。
小さくてふっくらとしたシルビアは、冬の小鳥のようだった。
シルビアは、口元を少しだけ綻ばせると、
「はい。すぐにお茶のご用意を」と目を伏せた。
「楽しみだわ。では、案内をお願いね。エルビス、ルイス。行きましょう」
私の言葉に、シルビアとロザリーは勢いよく顔をあげた。
寄宿舎にいるはずの息子が、弟が、帰ってきたのかと驚いたのだと思う。
しかし、私の後ろに立つルイスが別のルイスだと理解した後、そのルイスの更に後ろに立った、ひどく憔悴した顔のエルビスも見てしまったらしく、複雑な顔をして目を逸らした。
さて、頑張らねば。
今からマリー仕込みの話術の出番なのだ。
「お花の名前も教えて欲しいわ」
私は、まず、軽い話題から始めていった。
☆
「聞いてくださいませ、奥様。この男は私に初めて会った時、確かに言いましたのよ。
『ああ、なんて可愛らしい方だ』と。
私を見つめながら言いましたのよ。まるで求婚の言葉のように言いましたのよ。
それも私の両親と、この男の婚約者だったお姉様の前で!
もちろん、この男が帰ってから、あれはどう言う事だと大騒ぎになりましたわよ。お姉さまには泣かれましたし、お母様には、姉の婚約者に色目を使うなどなんとふしだらなと怒鳴られました。お父様には謹慎を命ぜられました。私は何もしていないのに!
どうお思いになりまして?奥様!
私と、この男、どちらが悪いと思いまして!?」
大きな掃き出し窓のある居間で出された紅茶は、公爵家で飲んでいる紅茶と同じ味がした。
料理長が持たせてくれた、蜜を絡めたドーナッツとよく合う味だ。
窓から見える草花は素晴らしく、家の中にもいくつも置かれた花瓶に花が飾られ、花に囲まれて紅茶やドーナッツをいただいていると、とても穏やかで幸せな気持ちになった。
おまけに私の隣には、ふっくらとした頬を興奮で桃色に染めあげ、小さな黒い瞳で、キッと私を見上げてくるエルビスの妻、シルビアの姿がある。
可愛い。
正直なところ、初対面のシルビアに、「ああ、なんて可愛らしい方だ」と言ってしまったエルビスの気持ちは分かる。
私も、今、そう呟いてしまいたい。
でも、私はこの小鳥ちゃんに嫌われたくはない。だから呟かない。
そして小鳥ちゃんに「どちらが悪いと思いまして!?」と聞かれた私の返事は一択なのだ。
「エルビスが悪いわ」
「そうでございましょう!そうでございましょう!この男が悪いのですよ!いつだって!いつだってね!」
血気盛んに吠えまくる小鳥ちゃん。
可愛い。
小鳥ちゃんの向こう側に座るエルビスが「ちょっと待ってくれ!」と訴えてくる。
「あの時のシルビアはまだ十歳だったのですよ!今よりも、もっと小さくて、ふっくらしていて、髪もふわふわしていて・・・本当に可愛らしかった。思わず可愛いと言ってしまっても、仕方ないでしょう!私が悪いのですか?」
今よりも、もっと小さくて、ふっくらしていて、ふわふわで、十歳・・・。
言うわ。当然言うわ。可愛いと。
でもごめんなさい、エルビス。
私は小鳥ちゃんに嫌われたくないの。
「エルビスが悪いわ」
「そんな!」
エルビスは裏切られたような顔をして私を見るけれど、仕方ないのだ。小鳥ちゃんが可愛いのだから。
「この男はね、もっと気を使うべきだったのですよ!婚約者の前で妹を熱心に褒めるなど、本当に愚かな男なのです!」
「ちょっと、待ってくれシルビア!君は十歳だったし、君の姉だってあの時まだ十二歳だぞ。婚約者と言ってもまだ子供じゃないか」
十六歳になった私には分かる。
十二歳の女の子なんて、大人になりかけている複雑で厄介な時期なのだ。
そんな女の子の前で、妹を熱心に褒めるなんて。
「エルビスが悪いわ」
「そんな!奥様!」
嘆くエルビスを、小鳥ちゃんが、ぐいっと後ろに押しのける。
「奥様!まだ聞いて欲しい事がありますのよ!」
キッと私を見つめてくる。
可愛い。
「もちろん聞くわ」
「待ってください奥様!シルビアも!待ってくれ!」
「嫌です!待ちませんわ!」
小鳥ちゃんは吠えあげる。
「この男の不用意な言葉のせいで、私は家族から邪険に扱われるようになり、使用人達にまで軽んじられるようになり、食事は自分の部屋で冷たいスープとパンだけの日もありましたのよ!この男のせいで!この男のせいで!」
「エルビスが悪いわ」
小鳥ちゃんのご両親も使用人もどうかとは思うけれど、とりあえずエルビスが悪いのだ。
「そうでございましょう!そうでございましょう!この男が賭博などに手を出しまして、家を追い出されたと聞いた時、私は『それみたことか』と笑いましたのよ。そんな馬鹿げた事で身を落とすような男だと私は思っておりましたからね!」
「そ、そんな!シルビア!」
「全てあなたが悪いのではないですか!」
「エルビスが悪いわ」
私はキッパリと断言する。
「そんな!」
嘆くエルビス。
しかし、小鳥ちゃんはまだまだ吠え立てるのだ。可愛い。
「奥様はよく分かってらっしゃいますわ!しかしですね、聞いてくださいませ、奥様。この男がいなくなったとて、私に冷たくなった家族の態度が変わるわけでもなく、私は相変わらず、軽んじられておりましたのよ。お姉様はすぐに新しい婚約者も見つかったのに、私には見つからないまま。このまま辛い思いで暮らすよりも、どこかのお屋敷で家庭教師としてでも雇ってもらい、家を出ようとまで思い詰めましたのよ!そんな時に、紅茶を買い求めにまいりましたお店で、この男と再会しましたの」
「そ、そうです、奥様。私達は運命的な再会をしたのです」
胸に両手を当て、嬉しそうにそう言ったエルビスを、小鳥ちゃんは鼻で笑った。
「ふん!運命だなどと、馬鹿馬鹿しい!」
「そんな、シルビア、君は私と再会して泣いていたじゃないか!」
「ええ、泣きましたとも。あなたの顔を見た途端に、辛かった色々な思い出が滝の様に溢れ出しましたからね!本当に、酷い思い出ばかり。もう、この男の顔を見ると、泣けてきて、泣けてきて」
「そんな!」
そんな、と言いたいのは私の方だ。
部屋のあちこちにいるチルちゃん軍に目を走らせると、唖然とした顔で、私と目を合わせてきた。
後ろに立っている見習い隊員のルイスだって、戸惑った様に私を見てくる。
みんなの目が語っているのは「え?なんかエルビスから聞いた話と全然違うよね」という事だった。
「エルビスが悪いわ」と言う私に、チルちゃん軍と見習い隊員は、力強く頷いてくれた。
一話書き上げる度に、後三話ぐらいで終わるなあと、思うのだけれど全然終わらないのは何故なのか。
あれ?二十話で終わります、と、去年言ってた気がするけれど、もうすぐ三十話?マジで?




