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第18話 奥様劇場

「奥様?元気がありませんわね。どうかされたのですか?」

自室でお茶を飲んでいた私の顔を、ローズが心配そうに覗き込んだ。


「なんでもないわ。大丈夫よ」と、少し悲しげに微笑んでみせる。


「でも、お部屋にいらっしゃる事が少ない奥様が、お部屋でじっとしているなんて」


「心配しないで。私にだって、そんな気分の時はあるのよ」


「でも、奥様がお茶の時間にお菓子を食べないなんて」


「今はそんなにお腹が空いていないの」


チルちゃん軍が戦ってないから、魔力が減ることもなく、お腹も空かないだけなのだ。

でも、そんな事をローズは知らない。

ローズの足元でローズにスリスリしている猫のパイは、胡散臭そうに私を見上げているけれど。


ローズは、悲痛な顔をして、

「でも、奥様がお腹を空かしていないなんて!」と叫ぶ。

そこまで悲痛な事だったかしら。


「そんな時だってあるのよ」と、私はしんみりとした笑みを浮かべてみせる。


「奥様。私には本当の事をおっしゃってください。お菓子も食べず、そんな寂しそうな顔をして。何かあったのですか?先程は警備の者達と戻ってこられたようですが」


「・・・そう、ね。大丈夫よ、ローズ。本当になんでもないの」と、私は、そっと目を伏せた。


もちろん、全部演技だ。

部屋の隅に立つ護衛のルイスに見せる為の、傷心の奥様劇場なのだ。


先程からルイスは、真面目な護衛の顔をしながらも、気遣わしげにチラチラと私の方を見ている。

マジマジうるさいルイスも、根は素直で気の良い十九歳の男の子なのだ。

きっと、旦那様に監視をつけられ警備の者達に囲まれて屋敷に戻された私が、傷つき落ち込んでいると思っているに違いない。


そして夜になり、護衛の仕事を終えたルイスは、誰かに今日の事を報告に行くだろう。

その相手は、おそらく上司のエルビスか旦那様だ。

私の様子を報告されたその相手は、きっと私は今夜は部屋で大人しくしていると思うはず。

今夜の警備をいつもより厳しくしようなどとは思わないはず。


いつもと同じ警備体制。

それが私の目的だ。

その為なら、皆の素直さや心根の優しさにつけ込ませてもらう。


そして今夜、私は屋敷を抜け出し、あの場所へ行くのだ。




この屋敷の警備体制は、既に把握していた。

この屋敷に来た当初は、呪いが手に負えなかったり、旦那様が酷い方なら、すぐに逃げ出すつもりだったのだ。

逃げ出す方法も既に考えてあった。


私はそういった事を考えるのが得意なのだ。

お父様に、十六歳になったら見知らぬ金持ちの後妻に行かせると言われてから、時が来たら逃げるつもりで、常に逃げ方を考えていた。


私にはチルちゃん達がいるのだ。

闇を倒したがるチルちゃん達に、自由に闇を倒させてあげる為にも、私にはある程度の自由が必要だった。

だから、逃げ出す準備が必要だった。


お父様の領地の人たちは、皆、私の事を大切にしてくれたけれど、お父様に逆らえるとも思えなかった。

マリーは・・・「まあ!結婚するのねおめでとう!」と言い出しそうで、あまり頼りにはしていなかった。

だから、私は自分で逃げ方を考えなくてはいけなかった。


逃げ出す上で、一番重要なのは情報収集。

私が最も得意とするところだ。


 ☆


深夜。


私はベッドから抜け出した。

同じベッドに、びっちりと横になっていたチルちゃん軍も緊張した面持ちで、ベッドから降りる。


猫のパイはいない。

私の寝室で眠った事がない。

眠くなれば、ローズの部屋のドアの前で「にゃあん」と鳴いて、「あらあら帰ってきたのね。こんなに冷たい体をして。さあ、一緒に寝ましょうね」とローズのベッドに入れてもらってるらしい。

猫のパイは、ローズ派の中では二番手なので、ローズのベッドで眠るのは別に構わない。

一番手は私だと、時々思い知らせてやるけれど。


ともかく、今夜、猫のパイはいないのだ。

私達だけで、あの場所の闇と戦うのだ。


私は比較的動きやすいドレスに着替えると、上から黒いマントを羽織った。

そしておやつを食べない私を心配して料理長が持ってきてくれていた、小さいバスケットを手に取った。


料理長はあの時、心配げに私を見つめながら言ったのだ。

「必ず夜中にお腹が空きますから、これを持っていてください。中には奥様のお好きなドーナッツ、真ん中にクリームが入っているやつですよ、それと冷たいリンゴのパイと、チョコレートクッキーとシナモンのクッキーがたっぷり、それから編み込みパンが入っています。あと棒付きの大きな渦巻き飴も入ってます。これだけじゃ足らないかもしれませんが、ないよりはマシです。いや本当に、こんな量じゃ全然足らないと思いますが、ないよりは、ほんの少しだけマシでしょう」


ありがとう。料理長。

私はバスケットをしっかり持つと、そっと寝室のドアを開けたのだ。


廊下は、しん、としていた。


足元を見下ろすと、チルちゃん達が恐々とドアの隙間から外を覗いていた。


「様子を見てきてちょうだい」

小声で囁くと、チルちゃん達は思い詰めた顔で頷き、数人ずつお互いの手を握り合い、恐々と廊下に出ていった。


私にしか見えないチルちゃん達は、様子を見に行くのが得意だった。

行った事のない場所にチルちゃん達だけで様子を見に行くのは断固として拒否してきたけれど、馴染みの場所なら、チルちゃん達だけで行ってくれるのだ。


ほっぺたを赤くしながら急いで戻ってきたチルちゃん達が、身振りで伝える情報をまとめた。


「分かったわ。ありがとう。それじゃあ行くわよ」


小声で言うと、私はチルちゃん達と共に廊下に出た。

そして身を低くして、滑るように廊下を進んだのだ。


誰もいない場所を選んで進む。

順調に進んで行けた。


階段を降りる時だけが厄介だった。

階段横に、警備の部屋があり、ドアは一晩中開けられている。

中には二人、警備の者が詰めていた。


今夜の警備当番は、きっとステファンとサミーだ。

順番から考えると、あの二人だ。


それぞれの求婚の言葉は「毎年この日に花を送るよ」と「あんな男より僕を選んで!僕と結婚して!」だ。


そして、あの二人なら、きっと今、ぼんやりとしているはず。


ステファンは新婚で、もうすぐ初めての子供が生まれるのだ。奥さんを夜中に一人にしたくないけれど、奥さんに「夜の警備の方が給料がいいじゃない。私の側にいるより稼いできなさいよ」と言われたのだそうだ。

「でも心配なんですよ」と二日前に本人から相談された。


サミーは夜の警備に出ると、奥さんが上機嫌で見送ってくれるので、奥さんの浮気を疑っているのだそうだ。夜勤を終えて家に帰ると、仮眠もろくにせずに、浮気の証拠を探してまわる。

「眠れないんですよ。もう僕、どうしたらいいですかね」と昨日、本人から相談されたのだ。


どちらも休みを取るべきだ。


チルちゃん達に合図すると、チルちゃん達は警備室の前に行き、そっと中を覗き込んだ。

そしてまたほっぺたを赤くして、急いで戻って、身振り手振りだ。


ふんふん。一人は居眠りしていて、一人はぼんやりと窓の外を眺めているのね。

公爵家の警備体制としてはダメだけれど、私に取っては都合が良い。


音を立てないように気をつけながら、こそこそと階段を降りた。


そして適当な部屋に入り込み、その部屋の窓から外に出る。


月が出ていた。

でも三日月だ。

それほど明るくなはない。


警備の者は、この時間なら、少し離れた場所にいるはずだ。

多分ハリーとディミトリとケインのはず。


ちなみに、それぞれ求婚の言葉は「君の作るパンが毎日食べたいな」と「お願いです。結婚してください」と「母さんは、ああ言ってるけど関係ないよ。結婚しよう」だ。


私は茂みに隠れながら旦那様の塔の裏を目指した。


そして旦那様の塔の横をすり抜けようとした時、目の前に現れたのだ。


白い猫が。


猫のパイが・・・・。


あれ?これ20話じゃ終わらないわ。

クリスマスまでには書き上げようと思っていたのに、年末?

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