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第14話 光の戦士

「おはようございます、旦那様。エルサです」


旦那様が私を塔に入れてくれるようになってから、何日か経った。


もう私は以前のように両手でガンガンと扉を叩いたりしない。

コンコン、と上品に扉を叩き、声をかけ、後は大人しく待っていれば、旦那様が扉を開けてくれる。

素敵だ。


扉を開けてくれる旦那様は、もう闇に埋もれていない。

旦那様の後ろには、がらんとした部屋が広がっているだけだ。

毎日私とチルちゃん軍が塔に入り、闇を消し去っているのだ。

塔のほとんどの場所の闇は消した。


でも旦那様の顔の闇は相変わらず消えないし、そこから闇がこぼれ落ちている。

だから闇は無くならないのだけれど。


「おはようございます。旦那様」

「・・・おはよう。エルサ」


旦那様は毎日挨拶をしてくれるし、私の名前も呼んでくれる。

素敵だ。


「毎日名前を呼んでいるのに、まだそうやって笑うのだな」

旦那様が呟く。


「ふふふ。旦那様に名前を呼んでもらえると、いつでも嬉しいのです」


旦那様は理解できないのか呆れているのか、軽く頭を振って、私を中に入れてくれる。

チルちゃん達も素早く入る。

護衛のルイスも一緒だ。


ルイスはもう、塔に入る前に緊張しなくなった。

気軽に入って、私の後ろについている。

気分が悪くなる事もないし、目眩がする事もない。

ルイスにとって、塔に入る事は緊張する事ではなくなっている。


もちろんこれは、私とチルちゃん軍のおかげなのだ。

ルイスの周りの闇は念入りに消している。

少しでもルイスの気分が悪くなれば、塔から出なくてはいけない決まりなのだ。

私達は、護衛のルイスをお姫様のように大切に守っていた。


「今日は何をするつもりだ」

旦那様が尋ねてくる。


「図書室に入らせてください。旦那様はお仕事ですか?」

「ああ。後でエルビス達が来る。私は執務室でいる」


エルビスというのは、求婚の言葉が「君は私の光だ」の旦那様の部下だ。


「後でお茶を持って行きます」

「そんな気遣いは無用だ」

「私が持って行きたいのです。持っていかせてください」


駄目だと言われても持っていくつもりだった。

もちろんお茶を持って入り込んだ隙に、執務室の闇を消すのだ。

なかなか入れない場所は、少しでも機会があれば逃さず入る。

それが私達のやり方なのだ。

ね、チルちゃん達。


足元のチルちゃん軍に目を走らせると、皆、コクコク頷いていた。


 ☆


旦那様の塔の図書室は狭かった。

入り口の扉と、小さな窓以外の壁には、天井まである本棚が取り付けられており、ぎっしりと本が詰まっていた。


図書室では、闇を消しがてら本を読むという片手間方式でやっていた。

ここは割と入りやすいので、すでにほとんどの闇は消したのだ。

今では、闇を消すより、本を読む方が目的になっている。


さて、今日はどれがいいの?

チルちゃん達は「チルチルチル」と話し合い、本を指差してくる。

なるほど、今日はこれね。


本を読むのは、私ではなくチルちゃん達なのだ。

窓の前に置かれた机の上で本を開き、椅子に座ると、チルちゃんたちが机や椅子をよじ登り、ぐるりと本を取り囲んで覗き込む。

可愛い。


「奥様の本の趣味って変わってるよな」

気軽な護衛ルイスが、私の後ろから本を覗き込んでくる。

ルイスがいつの間にか髪先に着けていた小さな闇を、チルちゃん軍の弓部隊がビシっと打ち消しまた本に戻っていく。


「なんで奥様、槍の使い方なんかに興味があるんだ?昨日は兵法の本読んでたよな。面白いのか?」


そう。私とチルちゃん軍が連日熱心に読んでいたのは、戦い方に関する本だった。

屋敷の図書室にはなかった本が、ここにはぎっしりとあった。


旦那様は塔で一人、何を思いながらこれらを読んでいたのだろう。

何と戦うつもりだったのか。


私とチルちゃん軍は、もちろん強くなる為に読んでいる。

読んでいる、とは言っても、私はほとんど読めないのだけれど。


チルちゃん軍総勢十名が、開かれた本をぐるりと囲むので、本はチルちゃん達の頭でほぼ隠れてしまうのだ。

私はチルちゃん達の頭や、うなじを、可愛いな、と思いながら眺めているだけなのだ。


そして時々、誰かが私をチラリと見上げてくるので、あーはいはい、ページをめくって欲しいのね、とページをめくる。

チルちゃん達は、めくられるページに合わせて、さざ波のようにうごめくと、また定位置に戻り熱心に読み続けるのだ。


可愛い。

しかし、やはり思うのは、チルちゃん達ってなんだろう。

いつの間にか、こんな本まで読めるようになっていた。

それで戦い方まで研究している。

小さな子供のような姿をしているし、「チルチル」としか言わないけれど、知性はある。

そして闇を消す事に熱心だった。


チルちゃん達って、なんだろう。


疑問に思いながらも、手前にいるチル友ちゃんに、さあ少し魔力を吸っておきなさいと指を差し出す。


図書室に入るまでに、旦那様からこぼれ落ちた闇をいくらか消したのだ。

それほど魔力は減っていないだろうけれど、後で執務室の闇も消すのだし、今のうちに魔力の補充を、順番にね。


知性のあるチル友ちゃんは、すぐに私の意図を察し、私の指から魔力を吸い始める。

けれど、目は本から離れない。

ほっぺたが膨らんでいる。

可愛い。


今のうちに私も飴を。


飴の袋を取り出すと、まずルイスに差し出した。


「えー、俺はいらないよ」

「いいから食べなさい」


「だから、いらないって。護衛中だし、公爵様に見つかったら怒られるし。なんで最近、俺に無理やり、おやつを食べさせようとするんだよ」


丸々と太らせる為だ。


「旦那様に見つかる前に食べてしまえばいいでしょ。この飴、料理長が作ってくれる特別製なの。色違いは味が違うのよ。一つだけあげる。一つだけ取って。一つだけしか取っちゃだめよ。さあ早く」


「えー、じゃあ一つだけ」


このようにルイスはチョロい。


ルイスは散々悩んだ末、赤い一粒を選び、口に入れた。

一瞬目が大きく開く。

美味しかったのだ。そうでしょう、そうでしょう。それはルイスの好きなリンゴの味がする。

ただあれは、舐め終わると口が真っ赤になるやつだ。

絶対に旦那様にバレるやつだ。


でも私の目的はルイスが怒られない事じゃない。

ルイスを太らせる事だ。


片方の頬を飴で膨らませながら本を覗き込むルイスを見て、よし、と頷き、私は緑色の飴を口に入れた。

ライムの味がした。美味しい。


 ☆


カタン、とルイスが動く音がした。


「公爵様」


図書室の入り口に向かってルイスが言う。


扉を開け放してある入り口に、旦那様が立っていた。

私は立ち上がり、旦那様に微笑みかけた。


口の中の飴はもうなかったけれど、

「何を食べている」

と、訝しげに旦那様に言われ、ルイスはビクッと飛び上がった。


「飴を食べておりました」

正直に言う私。


旦那様はしばらく黙り込んだ後、

「赤い飴と緑の飴をそれぞれ食べたのだな」と言った。


しまった。私の飴も色が付くやつだった!


でも仕方ない。

「そうです」

と、開き直った。


また沈黙があり、旦那様がこちらへ歩き出す。


どうしたんだろう?

こんなふうに旦那様から私に近寄ってくるなんて、初めてだ。

少しは私に興味を持ってもらえたのだろうか。


少しドキドキしながら近づいてくる旦那様を見つめていると、弓部隊が旦那様に向かって矢を飛ばした。

戦い方を研究中のチルちゃん軍は、今とても好戦的なのだ。

矢は綺麗に旦那様の顔の闇へと刺さっていく。

「チルチルチル!」と歓声が聞こえる。


「戦いが好きなのか?」

旦那様の顔が開いたままの本に向かっている。


一瞬、チルちゃん軍の事を聞かれているのかと思ったけれど、旦那様にはチルちゃんが見えていない事を思い出す。


「戦い方を調べるのが好きなのです」

チルちゃん達が。


旦那様は開かれた本のページをめくる。

「チルチルチル!」と、まだ読んでないページをめくられたチルちゃん達の抗議の声は、旦那様には届かない。


「ここには、おまえが好きそうな本はないと思っていた」


あ、なるほど。

私が読みそうな本がないはずなのに、毎日何を読んでいるのか疑問に思ってここへ来たのか。


「どの本も面白いです」

チルちゃん達には。


旦那様は軽く首を傾げると、本棚に近づき、一冊の本を取り出した。


薄っすらと闇がこびりついた本だった。

何の本かも分からない。


「子供の頃、私が読んでいた本だ」


は、は、早く、やっておしまいなさい!今すぐ!


チルちゃん軍の総攻撃のおかげで、闇が消え現れたのは、古い絵本?

題名は、


「光の戦士・・・」


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