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第1話 死神公爵との婚姻と、チルちゃんとの出会い

思いついたので、急いで書き上げます。

「これで義務は果たした」


今日が初対面の旦那様は、銀糸の美しい刺繍で縁取られた黒い礼服を着て挙式を終えると、控え室に入るなり吐き捨てるように言った。


「陛下の御命令でおまえとの婚姻を了承したが、夫婦らしい生活など期待しないでくれ。屋敷で暮らす事は許そう。しかしおまえが使っていいのは北棟だけだ。使用人はつけよう。必要なものは用意しよう。しかし過度な贅沢は期待するな」


「承知いたしました」


私の返事の後、しばらくの沈黙があった。

どうしたのだろうと首を傾げて旦那様を見ると、旦那様は軽く咳払いをし、低く重々しい声で宣言した。

「覚えておけ。私がおまえを愛する事はない」


「はい。お任せください」

私は力強く頷いてみせた。

「おま?お任せ?」

「ええ。ご安心ください!」

「ご安心?」


はい!安心して私に、いえ、我々にお任せください。

我が栄光のチルちゃん軍に!




 ☆ ☆ ☆



まず、チルちゃんについて説明しようと思う。

全てマリーが悪いのだ。


私のお母様は、私を産んですぐ亡くなってしまったのだけれど、政略結婚でお母様と結ばれていたお父様は、お母様の死にも、幼い私にも、さほど関心がなかったらしく、私に乳母をつけてさっさと田舎の領地に追いやる事にした。


乳母の人選は適当だった。

健康で母乳が出る若い女性、それだけが私の乳母の条件で、それがマリーだった。


マリーは十八歳で健康で母乳がたっぷりと出る、陽気で迂闊(うかつ)な女性だった。


それまで働いていた侍女としての賃金よりも、乳母の賃金が高いと分かると、すぐに乳母へ転職した。


田舎の領地に私を連れて行けば、もっと賃金が高くなると聞けば、自分の幼い子供と、自分よりも年若い亭主を連れて、すぐに田舎の領地に引っ越しした。


領地の屋敷の生活が窮屈だと感じれば、母乳の出を良くする為にと皆を言いくるめ、街中に小さな家を用意してもらい、私と自分の幼い子供と年若い亭主の四人で暮らし始めた。


領地の邸の使用人達は、誰もマリーを止めなかった。

お父様の私に対する関心のなさが、皆にも伝わっていたのだと思う。

私もマリーも野放しにされていたのだ。


新しい家に住み始めるとすぐ、マリーの年若い亭主は街で仕事を見つけ働き始めた。

マリーはすっかり街に馴染み、自分の子を背中に背負い、まだ小さい私を腕に抱いて、楽しげにぺちゃくちゃ喋りながら、そこら中を歩き回った。


おかげで私もマリーの子も、日に焼けて、いつも砂ボコリをかぶっていた。

マリーは私を自分の子と同じように、とても雑に可愛がってくれていた。


街の人たちは、私が領主の娘だなんて思いもしなかった。

二人の幼子を抱えた元気で陽気なマリーは、すっかり街になじみ、何処へ行っても歓迎された。


 ☆


マリーは物見高かった。

街外れで市が立つと聞けば飛んで行き、祭りがあると聞けばすぐに行った。

少しくらい遠くても、乗り合い馬車に乗って出掛けて行った。


そしてもちろん、行っては行けないと言われている光の泉にも行ったのだ。


「時々泉が光るんですって。光る泉なんて私見たことがないわ。村の人は、あそこは妖精が集まる力の強い場所だから、あまり行っては行けないって言ってたけど、日の高いうちにちょっと見るくらいなら大丈夫よね」


マリーは乗り合い馬車に乗って村へ行き、人の良い村人に頼み込んで荷馬車に乗せてもらい、森の入り口ある目的地まで行ったのだ。

もちろん背中には一歳になるマリーの子を括り付け、腕には一歳にもならないバブバブ言っている私を抱いた、いつもの姿で。


荷馬車に乗せてくれた親切な村人は、自分が村へ帰る時にここで待っていれば、また荷馬車に乗せて村に連れて帰ってくれると約束してくれた。


「あんまり時間がないのよ。あの人、親戚の家に荷物を運んだら、すぐに帰ってくるんですって。だから、急いで泉を見ましょうね。森を入ってすぐって言ってたわ。あ、あれかしら。でも光ってないし、それっぽくもないわ」


泉はただのちっぽけな泉だったそうだ。

その時の、私はまだ幼い乳飲子で、何も覚えていないけれど、マリーが後から何度何度も話してくれたものだから、見てきたように知っているのだ。


マリーはあまり近づいてはいけないと言われた泉に近づいて、手を入れてはいけないと言われた泉に手を入れて、ぐるぐると掻き回してみたそうだ。


「光らないわね。がっかりだわ」


その時、マリーに抱かれていた私が、泉に手を差し出したのだそうだ。


「あら、あなたもぐるぐるしてみたいの?じゃあやってみましょうか。はい、ぐるぐるぐるー」


幼い私の手を泉に入れてぐるぐるやらせたマリーは、

「あなたでも光らないわね。小さい子がやったら光るかと思ったけど、やっぱり光る泉なんて嘘ばっかりね。もういいわ。帰りましょう。荷馬車を見逃したら、大変だもの」


そしてマリーは私達を連れて荷馬車に乗って村に帰り、村でまた騒々しくお喋りをしながらお土産の果物を買い、短時間ですっかり親しくなった村のみんなに手を振られながら乗り合い馬車に乗ると、日が暮れる前に街へと帰ったのだ。


それで光る泉の話は終わりなのだけれど・・・・。


 ☆


その日から、私は時々眉間に皺を寄せて自分の手をじっと見るようになったのだそうだ。

顔を顰めて、汚れか何かを振り払うように、手をぶんぶんと振る事も度々あったらしい。


迂闊なマリーは「まあ、随分難しい顔をしてるのね。きっとこの子は気難しい子なんだわ。でもキュッと皺を寄せてるのが、とっても可愛いわ」と思いながら私を眺めていたらしい。


でも違うのだ。

私の手には、チルちゃんがついていたのだ。


私以外には見えないチルちゃんは、光の泉から私の手にしがみついていたらしい。

全然覚えてはないけれど、最初は豆粒よりも小さな光の玉だったはずだ。


それが私に迷惑そうに見つめられ、振り払われようとされながらも、私の手にしがみつき続け、勝手に私の魔力をチューチュー吸い続け成長していったのだ。

私が五歳になる頃には、五歳の手のひらに収まるくらいの光の玉になっていた。


そしてその日、五歳の私が眉間に深い皺を寄せ、この邪魔な光の玉をどうすれば退けられるのか、考えていた時、光の玉は花が開くようにふわりと開き、手のひらの上に乗るくらいの小さな男の子の姿になったのだ。


その子は私の顔を見上げ「チルチルチル」と鳴いたのだ。


チルちゃんは、この日から私を離れて、地面の上を歩き出した。

やっぱり私以外には見えなかったけれど、私を見上げたり、嬉しそうにしたり、人間の小さな男の子のような仕草をした。

私が話しかけると、言葉を返してはくれなかったけれど、頷いたり、首を振ったりして答えるようにもなってきた。

そして何処までも私についてきて、時々、私の魔力をちゅーちゅー吸った。


指先を差し出すと、嬉しそうに近寄ってきて、そこに口をつけ魔力を吸うのだ。

チルちゃんは小さいので、吸われる魔力もちょっぴりで、それほど私に影響はなかった。

チルちゃんが大きくなるごとに、吸われる魔力も多くなっていったけれど、私の魔力も増えているようで、やっぱりそれほど影響はなかった。


魔力を吸った後のチルちゃんは、まるまるとして艶やかになっている気がした。

「たまには他の人の魔力も吸えば?」と聞けば、プルプルと激しく首を横に振った。

「他の人の魔力は吸わないの?」

こくこくと頷くチルちゃん。

「どうして?」

首を傾げるチルちゃん。

「私の魔力が一番美味しいの?」

こく!こく!と激しく頷くチルちゃん。


グルメなチルちゃんが、泉の妖精なのか、他の何かの妖精なのか、それとも別の何かなのか、分からなかった。


これはなんですか?と聞く相手がいなかったし、どうせ私以外には見えなかった。


なんだか分からないものに魔力を与え続ける事は、怖くはなかった。

あの迂闊(うかつ)なマリーに育てられた私なのだ。


それに指を差し出しチルちゃんに魔力を飲ませていると、マリーが赤ちゃんに母乳を飲ませている姿を思い出してしまい、私はふふふとなってしまう。


ちょうどその頃、マリーがまた赤ちゃんを産んだのだ。

マリーは毎日、大事そうに赤ちゃんを抱え、母乳を飲ませている。

目をぱっちり開けて熱心に赤ちゃんを眺めながら、母乳を飲ませているのだ。


その熱心な姿が、なんだか私は好きだった。

私はマリーが好きだった。


マリーは問題の多い人だし、私がチルちゃん付きになったのは、迂闊なマリーのせいだけど、そんなマリーに育てられた私にとって、全ては気にするほどの事でもなかったのだ。

異世界恋愛分野の話なんです。信じてください。

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