元騎士は困惑する。
困った。非常に困った。
私は今、非常に困惑していた。
「お初にお目にかかります。セザールの春の君」
おっとりと微笑むその笑顔に心臓が高鳴りすぎて破裂するのではないかと錯覚していた。
彼女の名前はエミリア・ル・レアン公爵令嬢。前世の名はエミリア・フィ・オルフェ。前世の私が今際の際で恋した聖女だった。
私の名前はロラン・アーネスト・エバル・セザール。
アリナス皇国の東の大領地を治めるセザール大公の嫡男に産まれた元騎士だ。
祖父が先先代の皇帝の弟で、本来なら現皇帝が即位した時点で公爵に降爵するのだが、現皇帝に兄弟がおられないため引き継ぎ大公家と名乗っている。そんなやんごとなき身分に生まれたが、前世の記憶のせいでいまいち家に馴染めずにいた。
私の前世は騎士だった。名前はロラン・フル・サナル。北の辺境にある片田舎の辺境伯の五男に産まれた私は兄達とは違う道を模索して騎士となった。見習い騎士から正騎士となりゆくゆくは皇国近衛騎士になりたいと思っていたが、まさか転生後、逆に護られる立場になることになるとは…思わず大公である父や、祖父と会うたび騎士の礼をしそうになってしまうのはもはや癖だ。
あの年の事はよく覚えている。はじめて恋を悟り、それを告げられぬまま亡くなった最後の一年。それが転生した後に今なお鮮明に覚えている。
『公爵令嬢が、聖マグノリア修道院に?』
『はい、諸事情で…どうされます旦那様』
『静観するしかないだろう。だが、元とは言え公爵令嬢が身を寄せる以上、修道院の警備は今まで以上に手厚くせねばなるまい。若い修道女など野盗共にすれば美味しいご馳走だろうし、貴族の令嬢をなんたるかも知らん盛りがついた村や街の若造共に手をだされても困る。うちの息子に警備隊を編成させて巡回させるか。』
最初はそんなきっかけだった。四人の兄とで巡回で修道院に行くことになったのだが、薄倖の公爵令嬢は思ったより美しかったが、窶れていた。
肉付きが良い女人を好む兄たちは早々に興味をなくしたが、私は出会った時に雷鳴が落ちたような錯覚に陥った。
烟る様な金の髪に、長いまつ毛、儚げな瞳…昔、吟遊詩人が歌っていた姫君のようだった。公爵家の姫君だから姫には間違いないが、とにかく、一目惚れだった。
「還俗できない姫君に恋してどうする。はやくさっさと結婚しろ」
「肉付きが良い女にしろよ?お前みたいなガタイがいい奴は、ああいう細っこい女をポッキリ折かねん」
兄達にはそう散々揶揄された。
わかっている。だから、私は遠くから見つめるだけだった。徐々に元気になっていく姿に安堵しながら、彼女がシスター達と買い物にいくときはうしろからついて行って、フラフラ寄ってきたナンパ男やスリも撃退し、無事に修道院に帰るのを見届けた。
叶わぬ恋だとわかっていた。だけど、激しい恋でもなかった。
緩やかな、緩やかな恋だったと思う。
断じて執愛者ではない。気分は姫君を守る騎士のつもりだった。
だ、だって仕方ないじゃないか。私はガタイがいいし、顔も怖いし、怖がらせると思ったんだ。実際、村の女の子は私の顔を見て怯えていたし。
因みにきちんと、修道院にも護衛の話を通しているからな!
脱線した。とにかく、私は彼女を守ることがライフワークになりつつあった。
そんなおり、隣国から兵が堰を切ったように押し寄せてきた。あまりに突然の領地侵犯。宣誓布告もないあまりに一方的な戦争は混乱を来したが、黙っているサナル家ではない。私も当然、兄達と参戦したが、皇太子殿下の護衛に、次兄に預けた兵がいなかった事が痛手となり、戦場は泥沼化し俺は大怪我を負った。
私は聖マグノリア修道院に担ぎ込まれた。恥ずかしいことに、エミリア様が俺の手当てをしてくださっていた。医者に、もう無理だと匙を投げられた私の体を清め、包帯を変えてくれる。
ああ、神様。彼女は貴方が遣わした天使様なのでしょうか。
「ロラン様、ロラン様しっかり」
「………っ」
もう、声も出ない。
彼女に挨拶をするのが楽しみだった。
彼女に名前を呼んでもらうたびに胸が疼いた。
彼女の瞳を見るたびに、目を逸らす自分が不甲斐なかった。
愛と言うには不確かで、恋と言うには不器用すぎた。
ああ、なんと情けない。
彼女に伝えたいのに、伝えきれないまま私は死ぬのか。
「………え、み…りあ」
「はい、ロラン様…エミリアはここにいますよ」
涙が溢れた。ああ、やっと、名前を呼べた。不甲斐ないことに、あと3文字は…言える体力はもうとうになかった。
愛してます、エミリア様。
この不出来な恋は、伝えることが叶わぬまま逝きます。どうか、泣かないでください。私は貴方の人生でちょっぴり話しただけの男ですから、悲しまないでください。
どうか、神様。エミリア様をお護りください。
願わくば、幸せになってほしい。
その思考を最後に、私は静かな闇に身を落とした。
それから、何年経ったのかわからないが、目が覚めたら、赤子になっていた。
「あぅ?(ここはどこだ?現状は?敵兵は?)」
「あらま、若君さまが立ったわ」
「早くない〜?」
乳母と姉やがドン引きするぐらい早く立ち上がったらしい。掴まり立ちすらぜずに、周りを見渡す私がまるで敵兵を探す騎士みたいで、乳母は思わず二度見したという。
鏡をみたが、顔は大公妃殿下似でやたらつくりが繊細な美形で、前世の影もない。だが、背丈はニョキニョキ伸びて、前世の習慣で剣も鍛えていたら顔は麗しい女顔、首から下はムキムキと言う気持ち悪い容姿になってしまった。
大公嫡子と言うことで様々な令嬢が声をかけてくれたが、正直、前世も含めて女慣れしていない童貞には荷が重く、パーティでもそそくさと逃げていた。
祖父と父には笑われ、母には呆れられた。
一度、祖父に歓楽街に連れてかれ娼館に投げ込まれたが、娼婦の女性に本気で謝って窓から逃走し、徒歩で屋敷に帰ったこともある。
いつしか私には女嫌いのレッテルがひかれ、不落の貴公子とか変なあだ名がついた。勘弁してほしい。
その後、私はエミリア様の足跡を調べた。正直、前世の恋を諦めるためでもある。未練がましいと思ったが、彼女のその後が気になったのだ。結果、エミリア様は私が死んですぐに死んでいた。献身的な介護が無理が祟ってと…なんでですか神様。私は悪いことをしたのでしょうか?
あんまりです。何故、あんなに優しい人があんな最後を遂げたのでしょうか。納得がいきません。
幸せになって欲しかった。今まで苦労した分、死んでほしくなかった。
彼女の遺骸が奇跡を起こしていると聞いて、その姿を見に行ったのだが、本当にあの頃のまま穏やかな顔で眠るような姿に、私は長年の恋が終わってしまったのだと自覚した。
どうか、安らかに。天国で心穏やかにされていますように。と、亡骸を前に跪き、騎士の時の作法にのっとり、深く頭を下げて冥福を祈った。
それから屋敷に帰ってから三日間泣いた。
いいだろ、失恋したんだ。少しだけ感傷に浸らせてくれ。
そんなおり、皇太子殿下の婚姻披露宴の皇城の大広間で衝撃的な出会いをする。
「はじめてお目にかかります。セザールの春の君」
セザールの春の君とはセザール大公嫡子の意味で、名前を直接言わない淑女の完璧な礼だった。
エミリア・ル・レアン
皇太子妃の妹君としてレビュタントを迎えたばかりのレアン公爵の掌中の珠だった。
いやいや、彼女は前世で恋した姫ではないか!会った瞬間、総毛立ち動悸が加速したのがわかる。容姿は確かに違うが、間違いなく聖マグノリア修道院でで会ったエミリア様だ!
ああ、神様。感謝致します!
大聖堂で終わった恋が、大広間でまた始まった瞬間だった。
「………レアンの百合の君…ダンスをお願いしても?」
くっそ!なんでこんな時にスマートに誘えないんだ私!不器用かっ!
「はい、喜んで」
あ、私…死んでもいい。可愛い。本当に可愛い。
神様、ありがとうございます、前世の夢がひとつ叶いました。
とにかく、ダンスに集中だ。今世もガタイが大きいからエミリア様の足を踏むわけにはいかない!
それから、えーっと、婚約者がいるかどうか調べて、早くきっかけを作りたいし、仲良くなりたい!あわよくば、私の嫁になってほしい!
彼女の笑顔がみたい。
今度こそ、幸せそうなそんな笑顔がみたい。
私はきっと彼女を幸せにするために生まれてきたのだと信じたかった。いや、それは言い訳だ。
これは、好きだと伝えられなかった私への都合のいい言い訳だ。
ありがとうございます、神様。
今度こそ、フラれても良いから想いを伝えます。
例え、黒歴史となっても、この告白は後悔はしないだろう。
愛しています、エミリア様。
………どうか、この恋が叶いますように。
神様「お前が幸せにするんだよぉおお!」
・ ロラン
結論→森のクマさん。ストーカーではないが、エミリアが好きすぎて、言えなかったシャイボーイ。
本編では、エミリアが包帯をかえていた騎士がロランです。そんで、エミリアが死んだときに手に持っていた包帯がロランがしていた包帯でした。
死んだサナル辺境伯の息子のひとり、生涯を清い身体のまま亡くなりました。渡せなかったラブレターが見つかって、サナル辺境伯の資料館に保管されていると言う彼も黒歴史持ち笑
これからお兄様(大司教)とお姉様(皇太子妃)による、ジャッジが始まるとは知らず、幸せなダンスタイムをすごします。天国と地獄は一緒に来るもんやで
次回で最後です。




