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2.行方

「よし、これで資格取得まであと50ポイントだな!」


 シオンが腕組みをして満足そうに言うと、隣にいたレイがあきれ顔でため息をついた。


「いいえ、シオン。先ほど無償の施しをしましたので、減点10ポイントですから、あと60ポイントです」

「うわっ! そうだったっ」


 頭を抱えたシオンに、レイがため息をつく。


「最終試験まで、あと三ヶ月。それまでに60ポイント達成しなければ、資格取得どころか最終試験の受験資格すらもらえませんよ」

「うるせぇ。言われなくても分かってるっつうの!」


 二人のやり取りを聞きながら、悪魔も資格試験とかあるんだなぁなどと、穂乃花は微笑ましく思ったりする。


「何にやにやしてんだよ、女」

「いや、何の資格受けるのかなって」

「何って悪魔になる資格に決まってんだろ」

「え?」


 一瞬理解できず目が点になった穂乃花に対し、

「シオンはまだ正式な悪魔ではございません。人間界で言う見習い期間とでも言いましょうか」

 とレイが説明を加えた。


「見習い?」

「ええ。まぁ、この五芒星で呼び出すには、見習いが限界ですね。そもそも血じゃなくて、絵具混ぜているでしょう、これ」

「あ、バレちゃいました? あまりに痛くて、へへ」

「見習いが釣れただけ御の字ですよ。このような子供だましで呼び出されるのは、下級妖魔かシオンくらいなものでしょう」


 ひそひそと話す二人の横で、ダンっとシオンが足を鳴らした。


「てめえら、うるせぇんだよっ。見習いって言うな! 実力じゃ、そこいらの悪魔よりよっぽど俺様の方が上だ!」


 憤慨したように言って、横を向く。


「ちょっとした手違えで、まだ正式認定されていないだけで」


 一段階小さくなった声で付け加えた言葉に、レイはちらっと彼の横顔を見て、不思議な表情をした。

 呆れているような、それでいて労わるような、まるでいたずらをして泣いている子供をやれやれと言いながらも優しく見守る親のようなその顔に、穂乃花は一瞬目を奪われた。


「手違えって?」


 思わず聞くと、シオンは面倒くさそうに顔をしかめて、「お前には関係ないことだ」と答えた。


「感じ悪っ」

「うるせぇ、そんなことより、さっさと済ませるぞ」


 突然、腕を引かれて驚く穂乃花を、シオンが引き寄せる。


「え、何?」

「報酬だよ、報酬。さっさとよこせ」


 その意味に気付き、穂乃花の顔が真っ赤に染まった。


「い、今?」

「ああ」

「こ、ここで?」

「ああ」


 契約したはいいが、実際のところ覚悟なんてできていない。そんな穂乃花の気持ちなど意にも介さず、シオンは顔を傾け唇を寄せた。同時にその長い指先が太ももをそっとなぞり上げ、スカートの中へと入っていく。先ほどの化け物の無遠慮なミミズとは違い、繊細なタッチにピクンと体が反応した。


「ま、待って」


 キスどころか、異性と付き合ったことさえない穂乃花は、動揺と共にかすれた声をあげた。


「何だよ」

「レ、レイさんが見てますけど」


 すぐそばで、銀縁の眼鏡の奥から楽し気に静観している男を指さすと、

「あ、私のことは気になさらず、どうぞ」

 とレイは笑顔を返す。


「いや、気になさらずって」

「私はかまいませんよ?」

「俺もかまわないけど?」


 二人がこともなげに言うので、

「私はかまうの!」

 と思わず穂乃花はシオンの体を突き飛ばした。


「おい、てめぇ」


 すぅと瞳を細めたシオンが、腕を組み穂乃花を見下ろす。穂乃花は慌てて、

「だって見習いでしょ?!」

 と叫んだ。


「は?」

「見習いなんて話聞いてない。それって詐欺じゃない? 見習いの医者に手術を頼む? 無資格の弁護士に弁護を依頼する? 資格もないのに、それを隠したまま契約して報酬を受け取ろうなんて、詐欺師同然よ」

「詐欺師だと?」


 低くつぶやいた声があまりに冷たくて、部屋の温度が下がった気がした。


「誰に、ものを、言っている?」


 怒りを押し殺した声。後ずさりした穂乃花に、

「なぁ、俺を誰だと思ってる?」

 とシオンが囁く。


「うんっと、あなたの能力を疑っているわけじゃないんだけどね。きっと、すっごぉい能力をお持ちの悪魔だと思うけどね。でも、もしもってこともあるから。だから、後払いってことで、どう?」

「後払いだと?」

「そう、成功報酬ってことで」


 言った途端、あからさまにシオンが眉を不機嫌そうに顰めた。


「悪魔と交渉しようとは、いい度胸だな」

「でも」

「ならこの契約はなしだ。他の悪魔を当たればいい。俺のように優しい悪魔でもなければ、こんな五芒星で現れてはくれないだろうけど」


 さっさと踵を返したシオンだったが、

「ダメですよ、シオン」

 とたしなめる様にレイが言った。


「一度締結した契約は、大魔王様にだって破棄することはできません」

「はぁ?」

「契約は絶対です」


 有無を言わさぬレイの言葉に、「知るか」と言ってそのまま歩みを進めたシオンだったが、突然、がはっと息を吐き出すような声を出して、その場に膝をついた。


「な、にをした」


 苦しげな顔でレイを睨みつける。


「私は何もしておりません。契約の縛りですよ。言霊の力です」

「くそっ」


 冷汗を流しながら床を叩いたシオンは、苛立った瞳で穂乃花を睨みつけた。


「お前、覚えてろよ」

「ひっ」


 そのあまりの眼力に思わず後ずさった穂乃花だったが、兄の顔を思い出してかろうじて逃げ出したい気持ちをこらえた。


「ひ、人探しなんて、あなたの手にかかれば一瞬なんでしょ?」

「当たり前だ」

「なら、支払いが後でも先でも大して変わらないよね。それとも、自信がない?」


 穂乃花の最後の言葉にピクリと頬をひきつらせたシオンは、黙ったまま立ち上がって穂乃花を見下ろした。


「一瞬で終わらせてやる。よくその目で見ていろ」


 単純すぎる。

 穂乃花は心の中でつぶやいた。

 シオンだけなのか分からないが、悪魔はめっちゃプライドが高くて、すこぶる単純であることが証明された。

 シオンの後ろで、レイがさも愉快そうに「お見事」と口パクで伝えてきた。


「おい、お前の兄貴の身に着けていたものを寄越せ。できるだけ普段からよくつけていたものだ」

「あ、はい」


 やる気になったシオンの気が変わらないうちにと、穂乃花は急いで兄の机の引き出しを開けて、万年筆を取り出した。


「これで、大丈夫かな?」

「ああ」


 万年筆を受け取ったシオンは、それを右手のひらに置き、ふっと息を吹きかけた。途端、真っ赤な炎に包まれる。


「わっ」


 思わず大きな声をあげてしまい、シオンにジロリと睨まれたが、本当なら悲鳴をあげたいくらいだ。

 万年筆じゃなくて別のものにすればよかったと後悔する。

 兄が愛用していた万年筆。かなり高価なものだったはずだ。


 そんな穂乃花の気も知らず、シオンは、

「子炎。持ち主の場所を教えろ」

 と炎に向かって、つぶやいた。天井まで燃え広がった炎は、ゆらゆらと揺れながら何かを形作っていく。その様子をじっと見つめたまま、

「生きてはいるようだな」

 とシオンは言った。彼の言葉に穂乃花は心底ホッとして大きく息をついた。


 すでに兄がこの世に存在しないのではないかと、本当はずっと不安に思っていた。けれど、その可能性を考え始めたら心がつぶれてしまいそうで、絶対に違うと自分に言い聞かせてきた。

 だから、シオンの言葉はそれだけで穂乃花の涙腺を緩ませた。

 もういいと思う。兄が見つかるなら、初めてだろうが何だろうが差し出してやろうじゃないか。


 しかし――

「どうした? 子炎」

 シオンがいぶかし気に眉をひそめ、炎の揺らぎに問いかける。


「その男はどこにいる」


 再び問うも炎はその勢いをひそめ、徐々に小さくなっていった。


「おい、どうした」


 シオンが少しだけ動揺した様子で声をかけたが、そのまま炎は小さくなって消えてしまった。シオンの手のひらには、灰になった万年筆と小さな煙だけが残った。


「ねぇ、どうしたの?」


 我慢できずシオンに話しかけると、彼はきまり悪そうに横を向いた。


「まさか、分からなかったの?」

「分からなかったわけじゃない。遮断されたんだ」

「遮断?」

「あぁ、魂の道筋を辿ったが、途中で消えた」

「何それ! 結局、分からなかったってことじゃないっ」


 動揺と失望と疑問と不安といろんな感情が入り交じり、声が荒くなった。


「今日は子炎の調子が悪かっただけだ」

「何が、今日は調子が悪いよ。やっぱり、へなちょこ見習いじゃん!」

「はぁ、何だと?!」

「あぁ、後払いにしてよかった。万年筆も、ちゃんと弁償してよね!」


 兄の行方がようやく分かると言う期待が膨らんでしまっただけに、怒りの矛先がシオンに向いてしまう。


「てめぇ、今言った言葉取り消せ!」


 険悪な空気が張り詰める中、

「はい、はい、はい。二人とも落ち着いて」

 と間にレイが入った。


「穂乃花さん、居場所が分からなかったとはいえ、お兄様の生存が確認できたのですから、ひとまずよかったじゃないですか」

「そうだぞ、クソ女」

「シオンも。契約締結した以上、解決しなければ、試験に大きく影響しますよ。期限も近いのですから、二人で協力していかないと」


 レイに諫められ、二人は苦みつぶした顔をしながらも、口を閉じる。


「はい。じゃぁ、握手でもして、仲直りしましょうか」


 レイが二人の手を握らせようとすると、互いにその手を払い、

「よろしくな、クソ女」

「よろしくね、見習い悪魔」

 そう言って、そっぽを向いた。


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