奇跡の歌声
浄化の為に準備を完了させ、朝からヴィジナードへ向かう。
転移陣のある神殿に着いた。
リリアーナ王女の皮を被った状態の私のお願いで、他国間ではあるけれど、神殿の転移陣の使用許可は出たのである。
この神殿には救いを求めて避難民や怪我人が沢山来ていた。
「伝令! 国境付近でゲースリ軍の侵攻を確認!
国境防衛に配備していた兵士とゴーレム軍が衝突! 応戦中です!
先行していたロルフ殿下も現地へ向かいました!」
まだ何もしてないうちから襲撃が来てしまった!
「くそ! もう来たのか! 竜騎士も援護に向かう!」
「私も行きます!」
え!? 貴族の令嬢であるティア様が戦場へ!?
「セレスティアナ! 危険だ」
ほら、ギル様も心配してますよ!
「ゲースリから狙われるなら目障りな私もでしょう!? 側に置いた方が守りやすいと思いますよ」
「く、仕方ないな!」
あ、ギル様、言いくるめられてる。
「リリアーナはここで騎士に守られつつ炊き出しをして下さい。
インベントリに用意していた雑炊があります。
本当はお肉とかも食べさせてあげたいのですが、もし食べ物無くて絶食状態の方が多いなら急に重い物はキツいので。
出汁が入ってるから具が無くてもわりと美味しく食べられると思います」
炊き出し!
あ、準備ってそういう事もされていたのですか!
「わ、分かりました、ティア様」
「器もある程度用意して有りますが、足りないようなら何か自分で持って来るように言って下さい」
「はい!」
ティア様はテーブル、寸胴、器、スプーン、オタマなどの炊き出しセットをインベントリから取り出して急いでセットして行かれた。
なんかティア様は空飛ぶ猫、ラナン様は空飛ぶ船に乗って行った!
メルヘン!
ギル様はワイバーン、竜だった! これも凄い!
空模様は既に妖しく、暗雲が立ち込めていた。
怖い。
私は被災者に炊き出しをしながらも、たまに戦場の報告を受けた。
報告では毒を吐くカエルとかアンデッドまで出たらしい。
怖い……心配だわ。
グランジェルドの皆様、大丈夫かしら。
*
「ヴィジナード国境戦! ゲースリは敗北した! グランジェルドの勝利だ!」
「使徒様と殿下達がお戻りになったぞ!」
勝った!!
待ち侘びた報告が聞こえたので、私はダッシュで駆けつけた!
「ティア様! ギルバート様! ご無事で良かった!」
「リリアーナ姫……」
あ、このお方は、確か、リリアーナ姫に恋をしていた第二王子のロルフ様!
今は伯爵令嬢との結婚も決まっているとか。
脳内検索が情報をくれた。
「あ! ロルフ殿下も、よくご無事でお戻りを。
この度はヴィジナードの為にありがとうございました!!」
中身が私でごめんなさい!
「リリアーナ王女、被災した民への奉仕は順調か?」
ロルフ様は優しげな声でリリアーナの姿をした私に話しかけた。
「はい、ティア様が全てご用意して下さったので」
「そうか、良かった」
「あ、伯爵令嬢とのご結婚も決まっておられるとか、おめでとうございます。
幸せになって下さい」
「ありがとう……」
*
「今夜はこの神殿で泊まる事になる。神殿内とはいえ、レディもいる。警備は怠るな」
「はい!!」
ギル様の命令に騎士達が応えた。
ティア様達は魔力と気力充電の為、ヴィジナードの神殿に泊まる事になった。
あ、私も一緒に泊まります。下僕なので。
*
我々はヴィジナードの神殿で朝を迎えた。
警備の問題で私はティア様や女性護衛騎士のお二人とも同室の部屋だった。
ティア様と一緒! 推しと同室! 光栄の至りでございました!
一晩寝たらティア様の魔力は回復したみたい。
回復が早い!
神殿から果物だけの軽い食事を部屋に用意された。
それは私とティア様だけの特別メニューのようで、騎士達は普通にパンとスープのようだった。
同室の女性護衛騎士のラナン様とリーゼ様もパンと野菜スープだった。
私達が果物のみだけなのは、これから浄化の祈りの儀式をやるからだそうです。
巫女さんが部屋まで来て、私とティア様は神殿内にある、水浴び用のプールのような場所に案内され、薄く白い衣装を着たまま水に浸かった。
清めの場?
あ、待って!? す、透けてる! 肌に布が張り付いて濡れ透け状態!
私もティア様も!
ティア様のあられもない姿を見てしまった!
水もしたたる超絶美少女!!
あ──、これって全裸よりえちえちでは!?
いけない!
神聖な場で妙な事を考えてしまった!
天罰だけはご勘弁を!
既に通り魔に刺されて異世界まで来て苦労しておりますので!
これ以上は!
──心頭滅却すれば、たわわもただの脂肪の塊……!!
う〜〜ん、絶妙な位置に有ればやはり至宝では!?
ギル様は私が男じゃなかった事を感謝して欲しい。
でないとうっかり惚れてしまう。
既にファンだけど!
──てか、寒い!! これ水! お湯をくれ!
「ティア様、これ、水ですよね、お湯じゃないです。さ、寒くないですか?」
「禊ぎってそういうものなのでしょう」
「どうぞ、お上がり下さい」
巫女がもう水から出ていいと言ったので、プールのような場所から出た。
私は水の冷たさにガタガタと震えるしかない。
「こちらが着替えでございます」
巫女にタオル代わりの布を渡されて、体を拭かれた。
けれどまだ、震えが治らない。
お湯をください!
私、こう見えて、お湯の出るシャワーや温かいお風呂のある日本から来たのですよ!
文明人でしたのよ!
「私は太陽神の光の加護があるので、熱を分けてあげますね」
「え?」
ティア様が私の手を握って、温かい光のオーラで包んでくれた。
これは……魔力!!
これが、神様の寵愛を受けた使徒と呼ばれる方の力!
「だ、大丈夫ですか? 貴重な魔力が」
「この程度なら大丈夫よ」
巫女が眩しいものを見るように目を細めた。
あなたもめっちゃ尊いティア様が眩しかったか、私もだ。
* *
禊を終わらせ、浄化の地へ向かう事になった。
「とりあえず皆の食料確保の為にも畑からね」
「はい、ティア様、ありがとうございます」
畑の側には魔物の襲撃で疲れ果て、虚ろな目で地面に座り込んでいる農夫もいた。
騎士様達が労って水を飲ませてあげているみたい。
「楽師も魔物襲撃の被害に遭っていたようなので、クリスタルの演奏録音を使う事にしたわ」
「録音?」
「これはスマホみたいに録画や録音機能の有る魔導具のクリスタルなの」
ティア様が私にだけ聞こえるよう、耳の側でこそっと説明してくれた。
クリスタルの側にはぬいぐるみのリナルド氏と空飛ぶかわいい猫ちゃんのアスランちゃんとめちゃかわいい兎ちゃんがいる。
今すぐ抱きしめたい、もふもふパラダイスがすぐ側にあるけれど、仕事がある。
──これから私はシナリオ通りのセリフを言うのだ。
王女としてのお仕事だ!
「これより、偉大なるグランジェルド国の温情により、女神の使徒たるセレスティアナ様のお力を借り、この地の浄化の儀式を行います」
私は精一杯声を張って周囲に宣言した。
周囲の民はぼんやりした顔でこちらを見ている人がほとんどだった。
その後、伴奏の曲が流れて、光りの旋律に乗せ、ティア様が祈りの歌を神と大地に捧げる。
ティア様の美しい声が周囲に響く。
風スキル持ちの私達が、歌を遠くまで届くように風を吹かせた。
今回は歌の邪魔をしないよう、脳内で精霊に指示を出した。
大事なのは、イメージする力!
穢された大地に光が降り注ぎ、歌声と共に、キラキラと光る風が舞い踊る。
収穫前に台無しにされた畑が蘇る……奇跡!!
サワサワと風に揺れながら成長する麦の穂。
緑なす小麦畑がやがて美しい金色に変わる。
「おお……」
「なんと、畑が蘇った!!」
「奇跡じゃ……」
「ありがたや……」
奇跡を目の当たりにして、虚ろな目で絶望していた農夫達の目に光が戻った!
歌が終わると見物人や農夫達は地面に平伏し、感謝をしていた。
私も許されるなら五体投地したい。
けど、借り物の白い衣装を着てる今、それは出来ない。
「次の場所に移動します」
「はい、本日の予定は三箇所です」
他の畑に移動して同じ事を繰り返して、浄化作業をして行く。
「……」
──あれ?
私、皆を守る為とはいえ、グランジェルドに下った売国奴だけど、民衆から全く罵倒の声が飛んで来ないな。
売国奴だと罵る人は出るだろうと、ある程度覚悟はしていたけども。
過去に魔物に襲われた時、ロルフ殿下に助けて貰った平民もそれなりにいて、いい噂も広がったせい?
噂を広げる仕込みのサクラも混じっていたけど、真実ではあるので問題ないのか。
グランジェルドは浄化作業という、偉業のおかげもあって、人気取りに成功したようだった。
精霊様の言う通り、グランジェルドを頼って良かった……。
これでゲースリに侵略され、奴隷だの生贄だのという悲惨なルートからは逃げ出せたはず!
こちらもユリナ視点で過去作と同じシーンをなぞっております。
でも別に過去のは読まなくても大丈夫です。