世界崩壊
罵声と怒号。
鳴り止まない銃声と爆音。
立ち上る硝煙に瓦礫の山。
むせ返るような血の匂いと折り重なる死体の山。
戦場で一人の小さな少女の目から涙が溢れた。
涙でぼやけた視界一杯に広がる景色に何故誰も争うのを止めようとしないのだろうと嘆く。
嘆く声も悲痛な叫びも全て爆音に掻き消されて。
さっきまで見えていた景色が煙の中へと消えていく。
嗚咽混じりに泣きじゃくる小さな少女の姿も煙に呑まれ、次に視界が開けた時には地面に横たわりピクリとも動かない。
瓦礫の山に腰掛け、呆れた顔の女性が一人眼下を眺めて溜め息を吐いた。争いの場に不相応な黒のワンピースに砂埃が付かないかを気にしながら小さくぼやいた。
「本当、人って愚かよね」
何百年経とうとも歴史から何も学ぼうとしない。
歴史は繰り返すというが、こうも短絡的に繰り返されては歴史の闇に葬られた犠牲者達も浮かばれないだろう。
「彼らはこの世界の果てでどんな結末を選ぶのかしら?」
自嘲気味に笑い、迫り来る爆煙を眺めて彼女は小さく呪文を唱える。
次の瞬間、彼女は跡形もなく姿を消した。
そして嬉しそうに嗤う。
さぁ、ゲームを始めましょう。
一話 序章
ガヤガヤと賑わう店内で、目の前の男が嬉々として囁いてきた。
「なぁ、あの噂もう聞いたか?」
「…噂?」
目の前の男、勇雄は録でも無い話をすることが多いので耳半分で話を聞く。多分、いや十中八九録でも無い。
「最近神隠しが頻発してるだろう?その神隠しにあった人達、皆変なメールが届いてそれに返信したら突然消えたんだって。怖くない!?俺怖くて通知音鳴るたんびに震えるんだけど!」
「すみませーん、アイスティ追加で」
「完全スルー!?酷くない!?」
「今お前に使った時間即金で返せ。アイスティ代で許してやる」
「単に奢らせたいだけじゃね!?」
真面目にいってんのにとぼやきながら机に置かれた料理を口に運ぶ。
俺、神楽雪夜は勇雄の様子を流し見しながらカウンター付近に置かれているテレビ画面に視線を向けた。
最近、神隠しや行方不明者が続出するニュースを良く耳にする。しかも、行方不明者は数日程で遺体となって発見されるケースが後を絶たない。
警察も賢明に捜査してるらしいが、ここ数ヶ月何の進展も見られないようだ。
情報提供を呼び掛けるも有益な手掛かりも無し。終いには今勇雄が言ったようなオカルト話がまことしやかに流れる始末だ。
(…つうか、メールが届いてそれが原因で失踪するにしたって全員が全員失踪するのはおかしいだろ)
だが、失踪者の共通点を上げるとしたらそれくらいだ。他に共通点らしいものは見当たらない。強いて言うなら若者が殆どで高齢の失踪者は今のところ聞かない。
(集団ヒステリー?いや、でも数日以内に遺体で発見されるケースが多いんだ。年代も性別もバラバラだし無理がある。仮に拉致しても脅迫の一つもなく殺害して何の意味がある?)
全くもって謎な事件である。
明確な答えは出ないまま、勇雄の話を聞き流しながら頼んでいたアイスティを飲み干してその日は帰路に着いた。
勿論、アイスティ代はきっちり払わせた。
雪夜は家の前で一度立ち止まった。
神楽道場という古めかしくも趣のある立て札を眺めてから一度深呼吸をする。意を決したように扉に手を掛けた。
「只今ー」
「あら、お帰り雪菜」
「母さん、今は雪夜なんだからそっちの名前で呼ばないでよ」
「別に家の中なんだから良いじゃない。それに、わざわざ男装なんかしなくったって良いってお爺様も仰ってるのに」
「…それは分かってるよ」
でもどれだけ気にするなと言われても気になってしまうものだってある。
壁に掛けられた掛軸を横目に自室へと向かう。
掛軸の端に書かれた「神楽天馬」という名にどうしても目が行ってしまう。
神楽天馬は神楽家の初代当主の名だ。当時、敗け無し最強と謳われた伝説の侍との事。
元々は寺の住職の家系らしかったのだが、盗賊山賊が蔓延る中腕っぷしの強さで人助けをしていた豪傑だったそうだ。
そのままあちこち行脚してその名が知れ渡った。だから漢字が人偏に寺で侍と書き、さすらいという枕詞がいつしかなまって侍になったのだとか。
文献に残ってる訳でも無いので何処まで本当かは定かではないが。
話の流れから分かるように神楽家は代々続いてきた侍の家系であり、基本は男子が家業を継ぐ。
だが、今代は女の子しか生まれていない。
いとこに男が生まれてたならその子が家業を継ぐのだが、生憎そちらも女の子な上生まれつき身体が弱く普通に学校に通うことさえままならない。
必然的に自分が後継ぎになったのだが、神楽流の剣技は男の筋肉があるからこそ扱える代物だった。
型は全て叩きこまれているが、悲しい事に使いこなせていないのが現状だ。
襖を開けて部屋の中に入ると、畳敷の和室が広がっている。
適当に荷物を置くと、端の方に敷かれたままの布団に寝転がる。木目の天井を見つめ、一息ついた。
別に家が嫌いな訳じゃない。
家族間の仲が悪いとかそんなこともない。
けれど、何処か息が詰まるような窮屈さを感じてしまう。努力でどうにかなるなら良いが、此ればかりはどうにもなら無い。
ピロリロリン、と軽快な音が鳴り響く。
携帯の着信音だ。
手だけで携帯を探し、画面を開く。
「は?何これ?」
差出人不明のメール画面。
というか、差出人空白でメールなんて届くのか?
「叶えたい願いを入力して送信して下さい?」
これはあれだ。
多分何かの詐欺メールだ。
「こんなの引っ掛かる奴居るのかよ」
阿保らしくなって携帯を放り投げて目を閉じた。
しかし雪夜は後に思い知る事になる。
この差出人不明のメールが全ての始まりになる事を。