(8)悪役令嬢、第一王子と決着をつける【ざまぁ・ロボ戦】
社交会の二日後に、決闘は行われる運びとなった。
コロシアムの形状となってる演習用の会場には、多く貴族達が訪れ、どちらが勝つかという談議が絶えず為されている。
聞いた話では、シルヴァーン殿下が大々的に宣伝したという。
殿下が二度婚約破棄した上で、ローサと再度、強引に婚約しようとしている、という醜聞を、称号騎士としての実力を見せつけることで払拭するのが狙いらしかった。
ローサは辺境から持って来たプリザーブドと共に、会場の中心に立っていた。
客席を見上げると、陛下の閲覧席があり、そこにクロム様も招かれて、ゴルドー国王陛下と並んで座っていた。
向かいには、殿下と共に、白銀の力強くも美しい魔装巨兵が立っている。
王家が代々受け継いで来た、全ての魔装巨兵の元となった先史文明の古代兵器『原典の七騎』。
その一体であり、現在はシルヴァーン殿下の専用機となっている機体だ。
名を『ミストルデイン』という。
原典の七騎が特殊な点の一つは、高度な自立行動機能を有していることだ。
殿下はあからさまに親指と人差し指で、パチンと音を鳴らすと、ミストルデインは片手を地面に下ろして殿下を乗せ、ゆっくりと持ち上げた。
殿下はミストルデインの手の平から、拡声魔法で高らかに宣言する。
「皆、よくぞこの場に集まってくれた」
昨日の醜態などまるでなかったかのように、人受けの良い笑顔を振り撒く。
「もう知っていると思うが、今回行われるのは、称号騎士『白銀の剣聖』である私、シルヴァーン・ロングストと、魔獣王ケイオスドラゴンを倒してみせた称号騎士『氷華の剣姫』ローサの決闘だ!」
殿下は後ろのミストルデインを紹介するように手を振りながら、
「互いに専用の魔装巨兵、原典の七騎・ミストルデインと、新型機プリザーブドを用いて、仮想空間内で戦う!
仮想空間は魔法によって形作られるもので、空間内での出来事はあくまで幻だ。
その為、どちらの機体が破壊されても搭乗者は死なず、こちらの空間へ強制転送されるようになっている。
これは機体も同じだ! 傷一つなくこの場に戻ってくる。
よって、観客の皆は気兼ねなく、存分に楽しんで観てくれたまえ!」
真剣な決闘と言っても、命の奪い合いではなく、あくまで仮想演習というわけだ。
「さて、それでは最後に、決闘の勝者が得る報酬の確認といこうか。氷華の剣姫ローサ! 私が勝った暁には再度、私と婚約して貰う! そうだね?」
ローサは頷いてみせる。
「ええ。その代わり、私が勝った場合には、殿下には潔く婚約を諦めて頂きますわ」
殿下は笑顔を絶やさず、しかし通信魔法を併用しながら呼びかけてくる。
『まあ、勝てるわけがないがな。原典の七騎、ミストルデインの力、思い知るがいい』
「それではローサ、正々堂々、婚約を懸けた決闘を始めるとしよう!」
互いに機体のコクピットへ乗り込む。
仮想空間魔法が会場の中心で発動し、シャボン玉のような透明な膜が広がり、会場を覆って行く。
仮想空間内は幻である為、会場よりも遥かに広い平野であった。周囲に岩山のある、障害物の少ない場所だ。
殿下は隠れる気など、微塵もないらしい。
空間内にはシャボン玉のような球体が、無数に浮かんでいた。
観客は目を瞑ることで、あれを通し、好きな場所から戦いを見れるようになっている。
ミストルデインが腰の鞘から両手剣を引き抜き、構える。
『ローサ。貴様はすっかり忘れているようだから、思い出させてやろう』
殿下は嘲り笑いながら、告げた。
『魔法学園時代、私は学年主席で、貴様は万年次席だったということをな!』
ミストルデインの紫紺の結晶双眼が、ヴンと輝いた。
原典の七騎、ミストルデイン。
古代兵器でありながら最新型と遜色ない、洗練されたデザインの機体である。
先史文明においても騎士に該当する存在はいたようで、騎士のマントを思わせる重力魔法発生装置が背中にあった。
それが起動し、ミストルデインは空中に浮き上がる。
そう、プリザーブドはローサの人並み外れた魔力を用いて飛行を実現したが、ミストルデインは通常の魔装巨兵を動かす程度の魔力量で、飛行可能なのだ。
未だ解明し切れていない高度な技術によって作られた魔力回路が、それを可能としていた。
プリザーブドは空中で双剣を構え、ミストルデインと対峙する。
『ほう、そのプリザーブドという新型機、本当に飛べるのだな。だが、所詮はオールドセブンの真似事に過ぎん!』
ミストルデインが一瞬で超加速。
プリザーブドに肉薄し、剣戟が始まる。
『見せてやろうローサ! 私の剣技がミストルデインに乗ると、どうなるか!』
原典の七騎が有する特殊能力は、飛行機能だけではない。
『スキル「叡知」発動!』
次の瞬間、明らかに殿下の剣技が変化する。
剣撃の一つ一つが鋭く、重くなり、隙が消え去る。
『そらそらそらぁ! 限界を超えた私の剣技、とくと味わえ!』
二刀流の弱点として、手数の多さと引き換えに一撃が軽くなる、ということが挙げられる。
ローサは両手剣の重い一撃を捌き切れず、ところどころで回避を余儀なくされる。
(これがミストルデインの叡知……!)
カマキリ型の魔獣程度ならば、この剣技で一蹴できるであろう。
性格こそ最悪であるが、殿下の剣才は確かなものと言わざるを得なかった。
未解明の古代技術であるスキル『叡知』は、搭乗者に勝利に必要な知識を授けるものだと聞いた。
分かりやすく言うと、搭乗者の潜在能力が引き出されるのだ。
本来ならば使えない魔法も、叡知によって『どうやったらその魔法を使えるか』という具体的な知識が与えられることで、使用できるようになるという。
殿下が今見せている隙のない絶剣も、与えられた知識で剣才を最大限引き出された結果なのだろう。
「殿下、ならば私も、今の自分が持てる全力の剣技をもってお相手しますわ」
ローサはその絶剣を超える為に、反撃を開始する。
「ソードペタル!」
プリザーブドの翼から八本の剣を射出する。
『その兵器を一斉発射したところで、全て打ち落とすだけだ!』
殿下が見下したように鼻で笑う。
「この武装は、ただ相手に飛ばすだけのものではありませんわ」
ソードペタルを機体周囲に待機状態にする。
そのまま、ローサはミストルデインへと真正面から突っ込んだ。
『馬鹿め、貴様の二刀流はもう見切った! その一撃の軽さが弱点だ!』
速く重い斬撃がプリザーブドの双剣を払い、凄まじい威力で両方とも弾き飛ばされる。
『はははッ、剣がなくなったなぁ! 貴様の負けだぁぁぁ──ッ!』
ミストルデインが間合いを詰め、剣を振り下ろす。
(間合いがギリギリまで詰まる、この瞬間を待ってましたわ!)
だが、ローサはそのまま滞空していたソードペタルを新たな双剣とし、ミストルデインの一撃を左手の得物で受け流す。
そのまま懐に飛び込んだ。
『なんだと!?』
「ソードペタルはこう使うのですわ!」
右手のソードペタルでミストルデインに斬撃を繰り出す。
咄嗟に張られた防御障壁魔法で威力を殺されるが、装甲に大きな傷を付けるだけのダメージを与えてみせた。
「まだでしてよ!」
弾き飛ばされた剣にも、ソードペタルと同じ誘導兵器としての機能がある。
それも合わせれば、ローサには十本の剣があるのだ。
一撃で止まらず、ローサの意思に応じて、空中の剣が横から背後から飛び回り、斬撃を浴びせる。
十本の剣を駆使して、攻撃の手を止めず、繋ぎ続ける。
その速度をどんどん増して行く。
確かに、一撃一撃は両手剣に比べれば軽い。
だが、その数が一、十、百とも連なれば、両手剣で受け止めきれぬ嵐となる。
ミストルデインも凄まじい剣捌きで、対応してみせるが──
『う、叡知を使っているのに捌き切れないだと!?』
「これが辺境で磨いた、私の剣技。魔獣の大軍と戦う為に複数の剣を重力魔法で操る、十刀流ですわ!」
プリザーブドのソードペタルは、ローサが本来、量産機オルドウルでやっていた十刀流を、クロム様が機体設計に取り入れてくれた結果なのだ。
斬撃の嵐に堪えきれず、今度はミストルデインが剣を弾かれる番だった。
『馬鹿な!?』
遠くに落ち、地面へ突き刺さる剣。
ミストルデインの首元へ、双剣を交差させて突き付けた。
「殿下。一つ、お伝えしなければならないことがございますわ」
『な、何を……』
「魔法学園でのことですが、私、殿下にわざと主席をお譲りしてましたの」
『は!?』
「父上……いえ、グレイシア公爵から、未来の妃として殿下を立てるように言われておりましたので」
要するに、殿下より目立つような真似はするな、と釘を刺されていたのだった。
当時は政略結婚する貴族とはそういうものだと受け入れていたので、次席の立場を不満に思ったことはなかったが……今は違う。
「ですが、今回はもう、お譲りしませんわ。私の勝ちです。降参して下さいませ」
ローサには、クロム様から与えられた称号騎士としての誇りがある。
『ふ……』
殿下は一瞬、諦めて笑ったかのように思われた。
しかし、違った。
『ふざけるなぁぁぁあああ──ッ!!!』
怒りの叫びと共に、ミストルデインから光り輝く粒のようなものが無数に飛び散る。
とても綺麗で、神秘的な光景であったが──
『っ……!?』
ローサはその一粒一粒に、ゾッとするような高濃度の魔力を感じ、反射的に飛び退く。
粒が一斉に弾け、直径数百メートル規模の巨大なクレーターを作り上げる大爆発が巻き起こったのは、その瞬間だった。
プリザーブドは、ローサが反応して退避し、防御障壁魔法を展開したことで無事だった。
けれど、ソードペタルの半数以上──5本が爆発に巻き込まれて大破してしまった。
それ程の威力。
(ミストルデインが自爆を……? いえ、これは……!)
気付けば、周囲を光の粒に取り囲まれていた。 仮想空間内に逃げ場なく、まるで夜空に浮かぶ星のように、一面に散りばめられていた。
『はは! ははは! 剣を一度弾き飛ばして勝ち? そんなわけあるかぁッ!』
クレーターの中心の煙が晴れて行く。
そこには爆心地にも関わらず、損傷の見られないミストルデインの姿があった。
殿下が昨日のように、怒りが振り切れた様子で喋り立てる。
『ローサぁ! 俺がかつて、どうやって魔獣のスタンピードを止めたと思っている! 今みたいになぁ、この戦略級魔法で全部吹き飛ばしてやったんだよッ!!!』
そう、シルヴァーン殿下もまた、ローサと同じ戦略級魔法を使える11人の内の一人。
スタンピードの際、スキル『叡知』によって覚醒し、使えるようになったという。
だからこそ、称号騎士としての位を与えられたのだ。
『射程範囲内を全て光の爆発で埋め尽くす「破滅の綺羅星」! それがこの戦略級魔法の名前だ! そして、この仮想空間内は全て射程内!』
光の粒は、一つ一つが全て魔力の凝縮された爆弾というわけだ。
しかも、ミストルデインが無傷だったところを見るに、『氷華の庭園』と同じで攻撃対象を指定出来る魔法なのだろう。
『貴様も戦略級魔法を使えるらしいが、設置を既に終えた今、発動はこちらの方が早い! 終わりだ、ローサッ!!!』
殿下は高らかに叫ぶ。
『吹き飛べッ!!! 破滅の綺羅星ッ!!!』
光の粒がひときわ強く輝き、膨れ上がる。
そうして弾ける──
『俺の勝ちだぁぁぁあああ──ッ!!!
はははッ! はははははは──は?』
──ことはなかった。
光の粒は綺麗に輝いたまま、変化を止めていた。
『な、なんで爆発しない? 俺は間違いなく魔法を発動した! 不発などあり得ない!』
「そう、不発ではありませんわ。私が魔法で止めたのです」
ローサが静かに口を開く。
「──爆発する直前に、戦略級魔法の時間を凍結して」
『はぁッ!? う、嘘を吐くな! そんなこと、できるわけがない! 時間を止めるなど!』
「嘘ではありませんわ」
ローサは光の粒に手を伸ばすと、機体の手に持って見せた。
それからゆっくり力を込めると、パリンと割れて粒の破片が地面に落ちる。
『そ、そんな馬鹿な……!』
「魔獣王と戦った時、私は最後にミスをして、危うく大切な方々を失うところでした。その時に強く思ったのです」
──時間を止めることができたら。
そう言うと、ミストルデインが後退さる。
『こ、氷魔法で時間に干渉する? そ、そんなのは魔法を極めた先の──』
「さすがは魔法学園の主席でいらっしゃいますわね。その通りですわ、殿下」
ローサは使った魔法の正体を明かす。
「これが戦略級魔法を超えた先にある極み──『極点魔法』ですわ」
魔の森での最終決戦、魔獣王は咲き誇れ氷華を避けようとしていた。
それが見えていながら、ローサにはどうすることもできなかった。
ローサの中にあった『時間を止めることができたら』という強い想いが収束されて、魔法という形になったのはその時である。
その氷魔法は、ローサの中に残っていた魔力のほぼ全てと引き換えに、魔獣王の時間を止めてみせた。
それが、ローサが辿り着いた『時間凍結』の極点氷魔法──
「氷華咲く我が愛しき辺境領」
射程距離は、ローサが感知出来る領域全て。
対象はミストルデイン。
距離を取ろうとしていた殿下は、その場で足が止まった。
『ど、どうしたミストルデイン! 動け! 動けぇ!』
「ミストルデインの時間を凍結しました。私が解除しない限り、もう動くことはできませんわ」
プリザーブドが無防備な構えで停止しているミストルデインの前に降り立つ。
殿下が慌てた声で喚き散らす。
『ろ、ローサ! 卑怯だぞ! 今すぐに魔法を解除しろ! 正々堂々戦え!』
「戦略級魔法を先に使用したのは殿下でしてよ」
双剣を構え、近付いて行く。
『ま、待て! 来るな、よせ! 俺は第一王子だぞ!? 国を守る称号騎士が、王族を辱しめるなど、許されることではない!』
「この決闘を持ち出したのは──」
ローサは、いい加減溜まりに溜まった怒りを全て魔力に変換し、
「殿下の方ですわッ!!!」
ミストルデインを十字に両断する。
『こ、こんなはずではぁぁぁあああギャアァァァアアア──ッ!!?』
白銀の機体が盛大に爆散し、仮想空間が解除される。
観客席のゴルドー陛下が立ち上がり、拡声魔法で宣言した。
「勝者、氷華の剣姫ローサ!!!」
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