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(7)悪役令嬢、第一王子から復縁を迫られる

 ◆クロム視点


 元公爵令嬢であるローサは全く問題なく令嬢達と交流を続けていたので、クロムはクロムで顔見知りの貴族達に挨拶回りを続けていた。

 やがて、パーティー会場に音楽が響き始める。


 いつの間にか、ダンスの時間がやって来たらしい。

 パートナーとしてローサのところへ向かうと、彼女に話し掛けている男性貴族達の姿があった。


「ローサ様、私と踊って頂けませんでしょうか?」


「どうか、私とも一曲」


「私ともお願い致します」


 最初は戸惑っていた男性達も、ローサとお近付きになりたいようだった。


 ローサは毅然とした態度で言う。


「申し訳ありません、皆様。今日は私、騎士としてこの場にきておりますので、大変失礼ながら辞退させて頂きますわ」


 その言葉に、クロムは足を止めた。


(うっ……しまった……! 冷静に考えたら、私もローサと踊る約束なんかしてないじゃないか!)


 ローサと踊るのが楽しみで、彼女がどういう立ち位置でこの場にきているか失念していた。


 クロムが言えばおそらく、辺境伯の頼みなら仕方ないと彼女は受け入れてくれるだろう。

 しかしながら、それはあまり気が進まなかった。


(格好が付かないし、それに……)


 クロムはただ、彼女と純粋に、楽しく踊りたかった。

 強制したいわけじゃないのだ。


「クロム様?」


 呼ばれて、はっとなる。

 顔を上げると、不思議そうな表情でローサがそこに立っていた。


「あ、ああ。ローサか。どうしたんだ?」


「いえ、ダンスの時間になりましたので、クロム様と踊りたいと思いまして」


「えっ……」


 驚き目を瞬かせていると、彼女は不安そうな顔になり、


「もしかして、ダンスはお嫌でしたか?」


「い、いや、そうじゃないんだ! ただ……先程、騎士としてこの場に来ている、と断っていただろう?」


「……ああ! なるほど、誤解させてしまったのですね」


 ローサは少し可笑しそうに、申し訳ございませんわ、と謝罪を口にしながら、


「私は最初から、クロム様のパートナーの女性騎士として、この場に来たと言いたかったのですわ。だから──」


 彼女は手を差し出して、クロムを見上げて来る。


「私と、踊っていただけませんか、クロム様」


 断る理由なんて、あるわけがない。


「もちろん、喜んで」


 彼女の手を取る。

 そんな情けない誤解をしてしまった後のダンスは、ちょっと照れ臭くも、幸福な時間だった。




 ◇ローサ視点


(ああ、もう終わってしまいましたわ……)


 ダンスの曲が止まり、今日一番楽しみにしていた時間が終わりを告げる。

 ローサは口惜しく思いながら、クロムの手を離した。


「ありがとう、ローサ。楽しい時間だった」


「いいえ、こちらこそ。クロム様と踊れて、嬉しかったですわ」


 好きな人と踊るダンスがこんなにも楽しいだなんて思わなかった。

 殿下とは何度も踊ってきたが、あくまで体裁を保つ為のもので、終わるのが惜しいだなんて、そんな気持ちになったことは、一度も無かった。


 ダンスの余韻が冷めるような、聞き慣れた声がしたのは、その時だ。


「やあ、ローサ」


 振り向くと、そこに立っていたのは──


「シルヴァーン殿下……」


 元婚約者の第一王子であった。

 ローサにはこれまで一度として向けたことのない笑顔を何故か浮かべていた。


「騎士の正装も似合っていたが、素敵な男装じゃないか。未だかつてない程に美しい」


「……お誉めに預かり、光栄ですわ。まさか、いらっしゃるとは思いませんでした」


 仮に万が一出席していたとしても、こんな笑顔で普通は話し掛けてきたりしないだろう。

 殿下はローサを婚約破棄の上、追放までしたのだから。


「どうしても君に謝りたくてね。それと、この胸に昂る気持ちを伝えずには居られなかったんだ」


「謝る……?」


 現れた殿下に周囲が戸惑い、静まり返る

 それを意に介さず、殿下は大きな声で告げた。


「今まですまなかった、ローサ! どうか私を許してくれ! そして改めて、私と婚約して欲しい!」


「は?」


 思わず、変な声が出てしまった。

 この方は、一体何を言っているのだろう。


「殿下は私がフレイア様に酷い仕打ちをしたのが許せないと仰っておりませんでしたか?」


「ああ、だがそれは、全てフレイアの悪しき謀略だったのだ!」


 半分は間違いないだろう。だが、残り半分は絶対に違う。

 殿下はフレイア・キネンシス男爵令嬢と結託して、ローサを追放したはずだ。

 でなければ、ローサの身に覚えがない嫌がらせの証言が、周囲から幾つも出てきたりはしない。


「殿下。フレイア様は、一体どうなされたのですか?」


「ああ、あの女狐とは半年前に婚約破棄をし、私を騙した罪で別の辺境に追放処分とした」


「どうしてそんなことを……!」


 フレイア様は、殿下が嘘を並べ立ててまで結ばれたいと願った相手ではなかったのか。

 殿下は事もなげに言った。


「フレイアは国母となるに相応しい女ではなかったのだ」


 ローサは一年ぶりに、心が冷えきって行くのを感じていた。


「……なら、今の私は王妃となるに相応しいと?」


「そうだとも。ローサは一年経て、見違えるように美しくなった。それだけじゃなく、私と同じ称号騎士となるだけの実力を身に付けた。私の婚約者として、今や文句の付けようもない!」


 殿下はローサに手を差し出す。


「だからどうか、美しいローサ。私のところへ戻って来て欲しい。そうすれば、陛下もお喜びになる」


 ローサの答えは決まっていた。


「お断り──」


『そんなことが、お前に許されると思っているのか?』


 答える途中で、通信魔法で遮られた。

 それは目の前で人受けの良い笑顔を維持している、殿下の声だった。

 上手く行かなければ、最初からこうするつもりだったのだろう。

 ローサも通信魔法で返す。


『どういう意味でしょうか?』


『称号騎士になって、近いうちに貴族として家名や領地も与えられるようになるだろうが、お前はどちらにせよ、第一王子の俺には逆らえないということだ』


 殿下の紫紺の瞳だけが笑っておらず、ローサを見つめている。


『王族が望む婚姻を、称号付きでもたかだか騎士風情が断れると思うなよ? お前は大人しく、俺の婚約者に戻ってくればいいんだ』


『殿下は私を、昔から気に入らなかったのでは?』


『ああ、気に入らなかったとも。面白味がない、氷のように冷たい表情の女。優秀さが鼻につき、実に鬱陶しく感じていた。だが、お前は辺境に行って、実に俺好みに育った』


 殿下の笑顔が、ローサにはとても醜悪に見えた。


『今のお前を抱くとどんな表情になるのか、凄く興味がある』


 余りの発言に、思わず身震いする。


『……殿下。一つ、正直に答えて頂けますか』


『なんだ? 言ってみろ』


『何故、フレイア様と婚約破棄をしたのですか。殿下はフレイア様と、真実の愛を見つけたのではなかったのですか?』


『あんなものは周囲を納得させる為の言葉に過ぎない。それに、お前より遥かに良い女だと思っていたが──』


 殿下は平然とした声で言い放った。


『蓋を開けてみれば、良かったのは身体だけだったな。中身が余りにつまらな過ぎて、とてもじゃないが、俺の妻に相応しくなかった』


 ──なんという下衆か。


 もはや王族に対する敬意とか、礼儀とか通り越して、そんな風に思ってしまった。

 気持ち悪くて、吐き気を催すような邪悪。

 この男の妻に戻るなど、死んでもごめんだった。


 ローサが拳を震わせて、歯噛みしていると、肩に優しく手を置かれた。

 我に返って気付くと、それはクロム様であった。


「シルヴァーン殿下、まことに申し訳ございませんが、ローサとの婚約は困ります」


「なんだと? 王族の婚姻に口出しする気か、貴様」


 殿下は、割って入って来たクロム様に、笑顔から一転、鬱陶しそうな顔を浮かべる。


「ええ。何故なら彼女は──」


 クロム様はチラリとローサと目を合わせてから、


「私と既に婚約済みだからです」


 その言葉に、ローサの心臓が跳ねた。


(えっ!? 私とクロム様が婚約を!? いつの間に!?)


 まるで記憶がないので、酷く動揺してしまう。

 と、クロム様から通信魔法が送られて来る。


『ローサ、この場を乗り切る為だ。合わせて』


『あ、ああ、そういうことですわね! もちろん私、気付いてましてよ』


 全然気付いてなかった。ドキドキしながら、頷いて見せる。


 殿下は苛立った声を上げた。


「何だと!? そんな話は聞いていないぞ!」


「ええ。先日婚約したばかりでして。陛下には結婚の日程が決まってから話そうと考えておりました」


「ふざけるな! そんなもの、私は認めないぞ! ローサは私と婚約していたのだ!」


「そうですね。ですが、間違いなく殿下は、ローサとの婚約を破棄されたはず。今は私が正式な婚約者です」


「っ……! これは王族が希望する婚姻だ! 私がローサとの結婚を望む以上、この国の貴族である貴様は、私に婚約者を譲らなければならない。これは、国の為なのだからな!」


「通常の貴族ならば、そうかもしれませんね。ですが殿下、私は国境を守る辺境伯です」


 クロム様は一歩も引かずに言う。

 ロングスト王国において、魔の森や他国から国境を守る各辺境伯は、大きな権力を有している存在である。

 辺境伯が国境防衛を止め、その戦力を王国に向ければ、中央は一気に崩壊し兼ねないからだ。


 故に、辺境伯に対しては国王ですら敬意を払う。

 王族の権力を持ち出して婚約者を奪おうなどという主張は、辺境伯を余りに舐めきった失言だ。


「辺境伯から婚約者を奪おうなどと、殿下は本気で仰られるのですか? だとしたら、魔獣王を倒した戦力がそのまま王国に敵対することになりますが、それでもよろしいか?」


 戦場に立つ際の真剣な表情で、殿下を睨むクロム様。

 殿下は言葉に詰まり、一歩後退さる。


「くっ……! そ、そうだ! ならば、決闘だ!」


 良い思いつきだと言わんばかりに、殿下はクロム様に人差し指を突き付ける。


「何を……」


「クロム・ストレージ辺境伯! これは私と貴様の、ローサを懸けた男の戦いだ! 魔装巨兵による決闘で決めようじゃないか! どちらがローサに相応しいか」


 もはや筋の通っていない、滅茶苦茶な物言いだった。

 流石にローサも黙っていられない。


「クロム様、こんな提案に乗る必要はありませんわ。会場を出ましょう」


「黙れ、ローサ! 男の戦いに水を差すな!」


 相手が第一王子でなければ、殴り飛ばしているところだ。

 ローサは怒りで表情が強張る。


「どうした、何を黙っている辺境伯! 卑怯にも決闘から逃げ出す気か? ケイオスドラゴンを倒したのは、ローサという話だしな! 貴様は後ろで見ていただけか? 情けない男だ!」


「っ……!」


 クロム様も感情を抑え込み、肩を震わせているのが分かった。

 自身が他の騎士に比べ、剣技と攻撃魔法に適性がないと、彼は自覚をしている。

 そのことを情けないと思っているから、才能がある魔装巨兵や魔法装置の設計で頑張っているのだと、いつか騎士達が教えてくれた。


 けれど騎士達は、そんなクロム様を尊敬し、馬鹿にする者は誰も居なかった。

 何故なら、それでもクロム様はいつも最前線に立ち、最も適性がある防御魔法で味方を守ろうと身体を張るからである。


 自分がやれることを、決して諦めない人なのだ。


 クロム様が殿下の罵倒に堪えているのは、この場を乗り切れば、ローサを守れるからだった。

 辺境伯としての誇りよりも、ローサを守ることを、選んでくれたのだ。


 しかしローサには、自分よりも守りたいものがあった。


「殿下。その決闘、私が受けますわ」


「はあ?」


 ローサが物申すと、殿下は馬鹿にするように鼻で笑った。


「お前は話を聞いていたのか? 私は辺境伯と決闘すると言ったんだぞ」


「分かっていますわ。ですから、クロム様の騎士として決闘を受けると言っているのです」


 ローサは退かない。

 相手が無茶苦茶を通そうとしているのだから、こちらも意見を押し通すだけだ。


 クロム様が眉根を寄せて言う。


「ローサ、でもそれは……」


「クロム様が私を守ろうとしてくれたように、私も守りたいだけですわ」


 ローサは彼の目を真っ直ぐに見返して、


「クロム様の、辺境伯としての誇りを」


 それから殿下に、不敵な笑みを浮かべて挑発する。


「殿下、どうしました? 私との決闘は避けたいですか? 白銀の剣聖と呼ばれるあなた様も、魔獣王を倒した氷華の剣姫の前では、恐れを為しましたか」


「ローサ、貴様……!」


 殿下が顔を怒りに赤く染める。

 怒らせるということならば、余りにも簡単過ぎる相手だった。


「調子に乗るなよ、ローサ……! その決闘、受けてやる! 称号騎士『白銀の剣聖』の恐ろしさ、その身に刻んでやろう!」


 果たして、称号騎士同士による決闘が始まろうとしていた。

【読んで下さった皆様へお願い】


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