(5)悪役令嬢、魔獣王との決戦【ロボ戦】
騎士団長のオルドウルがカマキリの斬撃を肩に受けながら、機体を捻ることで装甲表面だけのダメージにとどめる。
擦れ違いざまに剣で腹部を真っ二つに両断した。
「おぉぉぉッ!」
これで3体目を仕留めた……が。
間髪入れず上空から豪雨が飛来し、盾を上に構えさせられる。
そこへ正面から4体目のカマキリが突っ込んで来る。
更に──
「しまった!?」
背後の地面を突き破り、突如出現する5体目。
完全に、騎士団長を標的として捉え、排除しに来ていた。
こちらに向けられたケイオスドラゴンの魔眼が、紅く光っている。
(ここまでか……! 申し訳ございません、クロム様……! 直撃を避けられないのなら、せめてこの2体だけでも──)
その時だった。
空中から飛来した青い閃光が、正面のカマキリ、背後のカマキリへと一瞬で駆け抜ける。
敵2体はたちまち凍りつき、胴体が上下で真っ二つになって滑り落ちた。
閃光はそのまま戦場にジグザグの軌跡を描き、騎士達と交戦していたカマキリ共を一体たりとも逃さず、瞬殺。
ケイオスドラゴンの前に立ちはだかるように閃光は静止する。
両手に剣を携えた女性型の青い魔装巨兵が、背中の装甲翼を大きく広げた。
『騎士団長! 称号騎士ローサ及び魔装巨兵プリザーブド、遅ればせながら戦場に到着しましたわ!』
「来たか、ローサ! すまない、間一髪で助かった」
『いいえ、皆様……よくぞ一人も欠けずご無事で……! 誇るべき騎士様達ですわ』
ローサは涙声だった。
それを聞いて、騎士団長も口元を綻ばせる。
──そうか。皆、ちゃんと生き残ったか。
正直、全員が生き残れるとは、それぞれ思って居なかっただろう。
不屈の精神でいられたのは、きっと誰も、この少女を悲しませたくはなかったからだ。
『待ってたぜ、氷華の剣姫!』
『ヒューッ! ローサ、一瞬で全滅かよ!』
『プリザーブドすげぇ!』
元気が戻ってきたのか、騎士達が明るく軽口を飛ばす。
だが、そうも言ってられない。
ケイオスドラゴンの背後、森の奥から魔獣の大群が現れる。
先程までとは比較にならない数だ。
さらに、ケイオスドラゴンも再び豪雨の発射体勢に入る。
「全員、豪雨に備えろ! 魔獣の第三波も来たぞ!」
『騎士団長、大丈夫ですわ。豪雨はもう、皆様に向けさせません』
「ローサ!?」
氷華の剣姫は静かに、しかし怒気のこもった声で言った。
『私がケイオスドラゴンを一発、ぶん殴って来ますので』
同時に、プリザーブド背面の八枚羽に接続されていた、八本の剣が射出される。
『ソードペタル!』
『剣の花弁』という名を冠したそれは、剣型の遠隔誘導兵器だ。
重力魔法で宙に浮き、ローサの掛け声と共に弾丸のごとく魔獣の大群へと撃ち放たれる。
先程のプリザーブドのように、ジグザグの軌道で飛び回り、魔獣を蹴散らす。
凄まじい速度で飛び回る剣に、魔獣達は為す術が無い。
唯一、ケイオスドラゴンが強固な魔法障壁を展開して防いでいるが、豪雨をそのせいで発射出来ない。
しかも斬るだけで終わらず、ソードペタルは魔獣達やケイオスドラゴンを取り囲み、円を描くように地面に突き刺さる。
ローサは告げた。
『氷華の庭園』
剣の円陣によって、地面に大きな魔法陣が浮かび上がり、広がってゆく──
辺境での戦いの日々で、ローサの魔法もまた進化していた。
辿り着いたその術式は、現在世界で確認されている戦略級魔装騎士の11人目として、ローサを加えるに至った。
最大射程、直径114.7キロメートル。
魔法陣の中心で、氷属性の魔力爆発が起こると同時に、範囲内に衝撃波が広がり、ローサが発動前に探知魔法で捕捉していた敵のみを一瞬にして完全凍結させる。
爆発の衝撃波が過ぎ去った後には、魔獣の氷像だけが残されていた。
(戦略級魔法『氷華の庭園』……威力はもちろんだが、すぐに発動可能とは、これがローサとプリザーブドが合わさった力か……!)
氷華の庭園を使うこと自体は、ローサがオルドウルに乗っていても可能だ。
しかし、その際には大規模魔法とあって、発動までに数分という時間を必要とした。
プリザーブドのソードペタルには、その補助装置が組み込まれているのだろう。
まさに勇者に聖剣──ローサの専用機というに相応しかった。
ところが、ケイオスドラゴンは身体を覆う氷を割って動き出す。
「氷華の庭園でも凍結し切れないのか!?」
なんという防御障壁魔法の固さか。
『でも、これで足止めは出来ましたわ』
ケイオスドラゴンの眼前に、拳を振り被るプリザーブドの姿があった。
『はぁぁぁあああ──ッ!』
魔力の収束した拳が、ケイオスドラゴンの顔面に繰り出される。
防御障壁魔法と拳が衝突し、一瞬止めるが……甲高い音を立てて砕け散る。
そのまま顔面の側面に、思いっきりめり込ませた。
騎士団長は愕然としてしまった。
ケイオスドラゴンの60メートル越えの巨体が、切り揉み回転しながら吹っ飛ばされていた。
「グォオオオオオオッ!?」
10年前には見たこともない、仰向けに地面に落ちる魔獣王。
騎士団長はもう、笑うしかない。
「まさか本当に、ぶん殴ってみせるとは……」
起き上がったケイオスドラゴンが、これまでとは違う声音で咆哮する。
まず間違いなく、怒り狂っていた。
上空で翼を広げ、プリザーブドは魔獣王を見下ろす。
『魔獣王。もう二度と、他の皆様に豪雨を撃てるとは思わないことですわ。そんな隙を見せれば、次はその首、落としますわよ』
双剣を構えるローサ。
辺境最強の騎士と魔の森を統べる王、その最終決戦が今、幕を開けようとしていた。
◇
『魔獣の第四波出現! 今度はカマキリ型の大群です!』
ローサは騎士から上がる報告に目を向ける。
騎士団長からの通信がすぐに入った。
『ローサ、豪雨が無ければ、後は私達だけで相手出来る! お前はケイオスドラゴンを討て!』
「了解!」
先に動いたのは、ケイオスドラゴンであった。
巨体の重量を全く感じさせない、物理法則を無視した動きと速度で空高く上昇していた。
(重力魔法! プリザーブドと同じ……!)
プリザーブドと距離を取りながら、豪雨を撃ってくる。
「その速度、必ず上回ってみせますわ!」
追尾してくる熱線を避けながら、プリザーブドも空へと加速。
ソードペタル八本を再び、背中の翼から射出し、それぞれに魔法弾を撃たせる。
空中で魔法を撃ち合いながら高速接近、ケイオスドラゴンが口を開け、『竜の息吹』を放ってくる。
回避するローサ。彼方の地面に着弾すると、大爆発を起こし、魔の森に巨大なクレーターを作り上げた。
「……それを騎士様達に向けて撃ちでもしたら、絶対に許しませんわよッ!」
ローサの怒りに、魔力が増大。
プリザーブドは更に飛行速度を上げる。
距離を離そうとするケイオスドラゴンに、ついに追い付く。
双剣の連続斬りを浴びせるが、防御障壁魔法を破れても装甲のように硬い鱗に弾かれる。
(たとえダメージは通らずとも、体勢を崩すことは出来ますのよ!)
翼を斬り付け、付与していた氷魔法によって凍結させる。
重力魔法が両翼から発生しているのは確認済み。
バランスを崩したケイオスドラゴンは飛行速度が一気に落ちる。
「今ですわ!」
双剣を腰の鞘に戻し、代わりに盾の裏から剣の柄を引き抜く。
これが、クロム様がケイオスドラゴンを倒す為に作り上げた最終決戦兵器。
「ソードシード、起動!」
起動すると同時に、魔力を全開にするローサ。
戦略級魔法『氷華の庭園』発動に匹敵する魔力が一瞬にして収束、凝固し、結晶刀身として形成される。
続いて、その表面に最上級解除魔法『テラディスペル』を展開。
果たして、プリザーブドは切り札となる巨大な両手剣を手にした。
同時に、プリザーブドの機体内モニターでカウントが始まる。
その時間は、わずか20秒。
ローサはプリザーブドを加速させ、ケイオスドラゴンの顔面に向けて真っ直ぐに突っ込んで行く。
残り15秒。
──最終決戦兵器は、ケイオスドラゴンの防御障壁魔法と、鉄壁の鱗を一撃で両断する為に作られた。
障壁を解除魔法『ディスペル』によって打ち消し、鱗はローサの全開魔力を結晶化した刀身によって突破する。
ケイオスドラゴンの隻眼が紅く輝き、プリザーブドに重力魔法を放つ。
不可視の魔法はプリザーブドに凄まじい重量を掛け、機体の高度がガクンと下がる。
残り10秒。
──しかし、最終決戦兵器は一撃必殺の威力を持つ反面、大きなリスクを抱えていた。
まず、出撃中に一度しか使用できない。
ローサの全開魔力を一瞬で凝縮させる代わりに、武器内の魔力回路が焼き切れてしまうからだ。
「この程度でプリザーブドは止められませんわ!」
重力魔法を相殺し、ローサはケイオスドラゴンに肉薄する。
残り5秒。
──そして、最終決戦兵器には制限時間がある。
刀身が魔力の収束結晶体であるのに対し、その表面にはあらゆる魔法を相殺する『テラディスペル』を展開する為である。
最終調整でギリギリまで時間を伸ばしたが、この矛盾が成立する限界時間はおよそ20秒。
「これで終わりですわ!」
剣を振り被ると同時に、ケイオスドラゴンが顎を開いた。
そこには収束し、今にも爆発しそうな魔力の塊がある。
(竜の息吹を口の中で溜めていた!? けれど、この距離でも避けて、トドメは刺せますわ!)
そこで、はっとなる。
先程、重力魔法でプリザーブドの高度は落ちていた。
つまり、ケイオスドラゴンがプリザーブドを見下ろす形になっていた。
そして、プリザーブドの背後、その先には……第四波と交戦中の騎士団がいる。
未来を見る魔眼は、この位置取りになることを分かっていたのだ。
迷っている時間は残されていない。結晶刀身にヒビが入るのが分かる。
真正面から息吹を剣で受け止めることはできない。あと数秒で刀身は自壊し、息吹はそのままプリザーブドを飲み込むだろう。
突きつけられる選択は、二つ。
騎士団を犠牲にして、ケイオスドラゴンを討つか。
切り札を捨てて、騎士団を守るかだ。
ケイオスドラゴンには見えているのだろう。
ローサがどちらを取るか。
(そんなの、騎士様達を守るに決まってますわ)
パキンッとまた一つ、刀身に亀裂が走る。
たとえ切り札を失ったとしても、それで敗北が確定するわけじゃない。
だから、ローサは防御障壁魔法で騎士団を守ることを選ぶ。
……本来ならば。
ケイオスドラゴンが竜の息吹を撃ち放つ。
ローサはそれを最小限の動きで回避し、上へと飛んだ。
「!?」
ケイオスドラゴンの赤い魔眼が驚きに見開かれる。
「信じていますわ。だって──」
──あの方は、すぐに来ると仰っていましたもの。
『ローサ、そのまま振り返らずに進め──ッ!』
竜の息吹が放たれた先には、漆黒の重装甲を纏った魔装巨兵が待ち構えていた。
辺境伯、クロム・ストレージの専用機、メイアイアスである。
巨大な盾を前に構え、クロム様は叫ぶ。
『テラプロテクション!』
最上級防御障壁魔法を展開したメイアイアスは果たして、竜の息吹を真正面から受け止め、防ぎきってみせた。
ああ、やはり、とローサは思う。
(魔獣王。あなたの魔眼には、見えていないものがありましたわ)
それは、ローサがクロム様を信じた心。
(あなたは未来を見ることが出来ても、人の想いまでは見透せない)
あるいは、魔眼が完全な状態だったなら。
クロム様が駆け付ける未来を予測出来たかもしれない。
しかし、その完全さを奪ったのも、辺境を守りたいと願ったクロム様のお父上によるものだった。
10年前から引き継がれた人々の想いが、未来を見透す魔眼の力を上回ったのだ。
ローサはケイオスドラゴンの眼前に飛翔し、剣を振り下ろす。
「魔獣王、くらいなさい! これが皆の想いの結晶──」
戦術級決戦魔法。
「咲き誇れ氷華!!!」
結晶刀身はケイオスドラゴンの魔法障壁を破砕し、そのまま頭蓋から両断する。
「はぁぁぁあああ──ッ!!!」
気合い一閃、ローサは頭部から首、腹部へと剣を走らせる。
「ギャオォォォオオオ──ッ!!!」
斬り抜け、離脱したプリザーブドの背後で、魔獣王の断末魔が響き渡る。
結晶刀身が限界を迎え、砕け散ると同時に、竜の巨体は瞬間凍結。
氷華の花弁が舞い散るように、空中で爆散した。
それを地上から見届けていたクロム様が剣を掲げ、高らかに宣言する。
『氷華の剣姫が、魔獣王を討ち取ったぞ──ッ!!!』
『『『うぉぉぉおおお──ッ!!!』』』
主を失った魔獣達は魔の森へと逃げ去って行く。
騎士団は皆、大きな歓声を上げるのだった。
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