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(3)悪役令嬢、人生最良の日

 ローサは辺境の魔獣襲撃事件の後、辺境伯──クロム様から戦闘の功績を認められて、魔装騎士の位を与えられた。

 量産機のオルドウルも一機支給されて、滅茶苦茶浮かれまくったのは言うまでもない。

 魔の森に進軍しての魔獣討伐も参加を繰り返し、辺境での暮らしにも慣れて行った。


 騎士としての生活は、非常に充実していた。

 周囲からの悪意を散々浴びせられた貴族の社交界と異なり、辺境の人達はとても優しかった。

 自分自身で生活して行かなくてはならないが、常識に疎いローサに、騎士達や街の住人は親身になって生活の術を教えてくれた。




 ◇


 半年が経って辺境が冬の季節を迎えた頃、王都では見られなかったような大雪が降って驚いた。

 腰の辺りまで雪で埋まったりするのだ。


 雪搔きというものを生まれて初めてやった。

 大変だったけれど、住人皆で協力しながらやるのは非常に楽しかった。


 楽し過ぎて途中まで忘れていたが、


「私、そういえば氷魔法が得意なのでしたわ……」


 氷魔法で雪を操って、道から屋根から街の外に全部退かして見せると、


「「「気付くの遅いけど凄い!」」」


 と大笑いながら、街の人達が褒めてくれた。


 社交界でもよく「冷血姫」と笑われていたが、それとは全く違う温かな笑いであった。




 ◇


 冬の時期だけに辺境に咲く青い花『氷華プリザーブド』を初めて見た。


「なんて綺麗な花なのかしら」


 その花はなんと、地面では無く雪の上に咲く植物だという。

 根っこを雪の中に伸ばして、そこから水分と、微量に含まれる魔力を吸うことで育つのだ。


 花弁は水分を多く含み、透き通った青色をしている。

 冬の寒さから、花弁は凍結し、宝石のように美しい花となる。


 これが春を迎え、雪解けの頃になると、中に種を含んだゼリー状の甘くて美味しい花弁となる。

 それを鳥が食べることで、種を運んでくれるというわけだ。


 甘い花弁と聞き、是非食べてみたくて春になるのが楽しみ……と思っていたら、それを聞いたクロム様が執務室に呼んでご馳走してくれた。


「暖炉の火の近くとかに置いて、ゆっくり溶かせば、冬でも食べられるんだよ」


「そうなのですね!  綺麗なだけでなく甘くて美味しいなんて、素敵な花ですわ」


 暖炉近くに皿に載せて置かれた幾枚かの花弁を見つめ、ワクワクしていると、クロム様が言った。


「ローサ、最近はよく笑うようになったね」


「え?」


 顔を上げると、クロム様は優しい微笑みを浮かべていた。


 彼はシルヴァーン殿下とは異なり、特別美男子というわけではないかもしれない。

 黒髪で、凛々しい太眉が特徴的な、精悍な顔立ちの男性であった。


 けれどローサは、その親近感を湧かせる温かな笑顔がとても好きだった。

 それに、戦場に立つ際に見せる勇敢な顔も知っている。剣は不得手と聞いているが、そんなこと関係なく、本当に格好良いのだ。


 今は騎士と君主の関係なので、決して口には出せないけれど。


「そうでしょうか?」


「ああ。まるで氷華みたいだ」


「氷華……ですか?」


 花弁を見やって考えていると、勘違いしたのかクロム様が慌てて訂正する。


「ああ、いや、気に障ったらすまない。褒めているんだ。氷華みたいに綺麗だが、それだけじゃなく表情が柔らかくなってきた最近は、可愛い面も沢山見えてきて──」


「き、綺麗で可愛い……」


 思わず顔が熱を持つ。

 クロム様も顔が真っ赤になっていた。


「……すまん、とても恥ずかしいことを言った……」


「い、いえ、光栄ですわ……」


 そんなこと言われたら、ドキドキしてしまう。

 間が保たなくなったのか、クロム様は視線を逸らしながら告げる。


「そろそろ氷華も溶けてきたし、食べられそうだな」


 その後は二人でお茶会をした。

 氷華の花弁はとても、甘露であった。




 ◇


 春が過ぎ、ローサが辺境に来てまもなく一年が経とうとしていた。

 辺境伯爵の執務室の前に立ち、ドアをノックする。


「お呼びでしょうか、クロム様。魔装騎士ローサ、参りましたわ」


「ローサ、用があったんだ。中に入ってくれ」


「失礼致します」


 席から立ったクロム様の、優しいいつもの笑顔が出迎えてくれる。


「クロム様、おはようございますわ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「うん、話したいことがあってね。そこに座ってくれ」


 クロム様が来賓机の席に腰掛け、ローサは向かい側に腰掛ける。


「ローサ、まずはお礼が言いたい。君が騎士団に入ってくれたおかげで、この一年、魔の森への進軍が未だかつてない程の速度で進んだ」


「クロム様はもちろん、騎士の皆様の力あってこそですわ。安心して背中を任せられるからこそ、私は後を心配せずに戦えているのです。その……魔装巨兵をよく故障させてしまいますし」


 申し訳なく思いながら言うと、クロム様は笑った。


「はは、それは君の膨大な魔力故の、我々が抱えるべきリスクというやつだ。前から言っているが、気にしなくていい」


 ローサが全力で魔力を解放して戦うと、魔装巨兵の魔力回路が出力に耐えきれず焼き切れてしまうのだ。

 また、単純にローサが全力で機体を動かそうとすると、関節も耐えきれずに破損してしまうことが多発していた。


 オルドウルは魔装技術の天才と有名なクロム様が設計した量産機であり、ローサに合わせた改良も壊れる度にやってくれている。

 だからこそ大切に、気を使って操縦しているのだが、それでも魔獣相手に躊躇していられない場面というのは、どうしてもあるのだ。


「それでだ、君の今日までの働きから、私は君に褒賞を与えたいと思っている」


「そんな、畏れ多い……」


「君ならそう言うと思っていた。でも、他の騎士達にも相談して決めたことなんだ──」


 クロム様はそこで姿勢を正す。表情は戦場に立つ時に見せる、真剣なものに変わっていた。


「魔装騎士ローサ。辺境伯爵クロム・ストレージの名の元に、貴公を我が辺境領最強の騎士として認め、称号騎士の身分を与える」


「称号騎士……! 私が……!?」


「与える名は、私と騎士達皆で考えた」


 クロム様は告げる。


「『氷華の剣姫』。それが、称号騎士となる君の二つ名だ」


「氷華の……!」


 その単語に、ぐっと胸が詰まり、目頭が熱くなった。

 だってそれは、クロム様がローサを例えて褒めてくれた花の名前だから。


 それ以上何か言うと、泣き出してしまいそうなので唇を結んでいると、クロム様は席を立ち上がる。


「それと、もう一つ贈り物があるんだ。付いて来てくれるかい?」




 案内された場所は、魔装巨兵の格納庫だった。

 そこには同僚の騎士達が揃っていた。

 そして、その奥に大きなシートが被せられた何かが置いてある。


「騎士の皆様、これは一体……?」


「よし、そうしたら皆、シートを外してくれ」


 クロム様の言葉に、騎士達は待ってましたと言わんばかりの笑顔で頷いて、皆でシートを引っ張る。

 シートの下から現れたのは──


「これは……!?」


 見たことのない青い装甲の魔装巨兵であった。


「称号騎士になった君に贈る、専用機だ」


「私の……専用機……!」


 青い新型機には、今までにない特徴的な部分があった。

 それは、女性型の形状をしているという点だ。


 魔装巨兵は魔獣の攻撃に耐える為、男性の鎧騎士のような形状しているのがほとんどである。

 それに対し、目の前の魔装巨兵は細身な女性型。


 ローサは魔装巨兵に格好良さを感じる人間だが、その青い新型機はとても『美しい』と感じた。


「今の私が持てる技術を、全て詰め込んだ機体だ。この新型なら、ローサが全力を出しても魔力回路が焼き切れることは無い」


 クロム様は新型機から、ローサに向き直って、


「機体の名前は、氷華にちなんで『プリザーブド』。受け取って欲しい」


「ありがとうございます、クロム様……!」


 ローサは感無量になりながら頭を下げる。


 すると、周りの騎士達が口を開いた。


「それだけで終わりじゃないですよね、クロム様!」


「大事なことを仰らないと!」


「俺達がここに集まっている意味がなくなっちゃいますよ!」


 ローサは顔を上げる。

 クロム様が咳払いをしていた。


「あ、ああ、すまない。女性にこういうことを言うのは初めてなんだ。ええと、ローサ」


「はい、何でしょう?」


「本当は、氷華の花束とか渡せたらと思っていたんだ。でも、今はもう季節が過ぎてしまっただろう? どうしたらいいものかと悩んでいたら、騎士の皆が助言してくれたんだ。専用機の名前はプリザーブドでどうか、って……」


「は、はい」


「つまりだ。これは私なりに君に贈れる精一杯の誕生日プレゼントも兼ねているんだ」


「「「誕生日おめでとう、ローサ!!!」」」


 騎士達が魔法で祝砲を鳴らす。色取りどりの光の帯が祝砲から放たれ、格納庫を華やかに彩る。

 目をパチクリ見開いて驚くローサ。


「誕生日……どうして……あっ!」


 以前、各騎士達の個人情報を纏めているのだと、クロム様から書類を渡されて、記載した記憶が甦る。


「さあ、パーティーの用意を各自手早くやるぞ!」


「慌てて料理とか落とすんじゃねぇぞ! ケーキは特に、絶対にだ!」


 どこに隠していたのか、周りから騎士達がパーティー料理の乗ったテーブルを運んで来る。

 ローサの前には、皆から誕生日を祝うメッセージが寄せ書きされた色紙と、大きなホールケーキが置かれる。


 ケーキは、寄せ書きと同じようにローサの為を想い作ってくれたのが伝わる品だった。

 芸術品のように丁寧にクリームや果物が円状に装飾され、氷華の形を模した砂糖菓子が中央に置かれている。

 そこへ冷凍保存していたのだろう、氷華の花弁ゼリーが本物のように添えられていた。


 ローサが驚き呆気に取られているうちに、パーティーの準備は完了し、クロム様から飲み物を注がれたグラスを渡される。

 クロム様はグラスを掲げて言った。


「それでは改めて。ローサが称号騎士となったこと、それに誕生日を祝して! せーの!」


「「「ハッピーバースデー、ローサ!!!」」」


 そこでローサは我に返り、胸から感情が一斉に溢れ出す。

 それは涙となって、ぼろぼろと瞳から落ち、止まらなくなった。


「ローサ!?」


 クロム様が、ぎょっとした顔で慌ててグラスを置き、ハンカチを取り出す。


「すまない。こんなに取り乱すなんて思わなかったんだ。勝手に進めてしまって……迷惑だったかい?」


「いいえ……いいえ! 違うのですわ。嬉しいのです。こんなに……こんな風に、誰かに誕生日を祝って貰ったのは、母が生きていた時以来で……!」


 涙は止まらない。

 母がまだ生きていた頃。父から何も祝いの言葉がなくとも、母だけは隠れてケーキを用意し、祝ってくれた。


 母が亡くなってからは、自身の誕生日は何事もなく、ただ過ぎ去るだけのものになった。

 義妹は愛されていたので、見せつけるかのように、毎年誕生日パーティーが催され、ローサはそこに呼ばれていた。

 ローサにとって、誕生日とは他人を祝う日のことだった。

 自身が祝われることはもうないのだと、そういうものだと、思っていた。


「皆様、ありがとうございます」


 ハンカチで涙を拭きながら、ローサは思う。


 自分は今、大切な場所を見つけたのだ。


「私……このストレージ辺境領が、皆様が、本当に大好きですわ!」


 ローサにとって、今日が人生最良の日だった。

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