(2)悪役令嬢、魔装巨兵で戦う【ロボ戦】
(これは……とても人の手には負えませんわ……!)
それが、大型魔獣を初めて目にしたローサの感想だった。
身体の巨大さもそうだが、何よりも魔力の桁が人間の比ではない。
魔装巨兵が必要なわけだ。それ無しではまともに攻撃が通らないだろう。
『防御障壁魔法を簡単に切り裂く攻撃力……境界の障壁を突破して、ここまで侵入して来たのか……!』
クロム様は、メイアイアスの腰の鞘から剣を引き抜き、巨大魔獣のカマキリに向かって構える。
ローサは既に地面に降ろされていた。
『ローサ様、ここは危険です。街の外に向かって避難して下さい』
「……はい! 分かりましたわ!」
頷き、ローサは来た道を戻って走り出す。
ところが、カマキリはメイアイアスではなく、ローサに向けて魔力の刃を飛ばしてきた。
『ローサ様、危ない!』
クロム様がメイアイアスの両腕から防御魔法を展開しつつ、射線に割り込む。
魔力刃は防御障壁を貫通し、メイアイアスの装甲を切り裂く。
「クロム様!」
『っ……大丈夫です、この機体の装甲は厚いので。……魔獣はどうやら、魔力量が多いあなたを狙っているようです』
カマキリの動きは素早く、隙あらば魔装巨兵の横を抜け、ローサに攻撃しようとしているのが見て取れる。
(これでは、逃げることすら出来ませんわ……!)
物影に身を隠しつつ、どうすべきか考える。
しかし、状況は刻一刻と変化してゆく。
『くっ!?』
鎌の攻撃力と手数に耐え切れず、クロム様と共に戦っていた緑の魔装巨兵の左腕が、肩から斬り飛ばされる。
刺し違えるように、その騎士様は剣の切っ先をカマキリに向け、懐へ飛び込んだ。
『うおぉぉぉっ!』
カマキリの腹部を貫き、勢いそのままタックルをかましてカマキリを仰向けに転ばせると、剣で地面に縫い止める。
だが、カマキリが反撃で魔装巨兵を蹴り飛ばす。
魔装巨兵は住居の壁に背中をぶつけ、動かなくなった。
騎士様の魔力の気配が消えていた。おそらく中で気絶してしまっている。
ローサはすぐさま魔装巨兵に駆け寄り、操縦席の開閉装置を探して、装甲を開ける。
中に居た騎士様を重力魔法で浮かせて、外に出す。
続けて回復魔法をかけながら様子を伺う。
(怪我は大丈夫そうですわね。けれど、目を覚ますにはどうしても時間が掛かってしまう)
仰向けのカマキリを見れば、強引に起き上がろうとしており、一分と保たないだろう。
ならば、と覚悟を決めて身震いする。
(逃げられないのであれば、やるしかありませんわ)
ローサは防御障壁魔法で騎士様を保護してから、魔装巨兵に駆け寄り、コクピットに乗り込む。
(操作方法の概要は本で見たので分かっていますわ。後は……私が本当に動かせるかどうか)
深呼吸して、操縦桿を握り目を閉じる。
(お願い……動いて下さいまし!)
祈りながら魔力を全力で流した瞬間、
「あ……」
身体から未だかつてない程に、爆発的な魔力が湧き上がるのを感じた。
いや、違う。
正確には、魔装巨兵の魔力回路を通して、魔力が爆発的に増幅されている。
しかし……しかしだ。
余りにも魔装巨兵との接続が自然過ぎて、自分の身体から魔力が湧き上がっているのだと錯覚してしまった。
「まるで……私の身体がそのまま巨大化したかのようですわ」
魔装巨兵の手も足も、違和感無く動かせる。
と、地面に縫い止められていたカマキリが力任せに起き上がり、突撃して来る。
ローサの機体に今、武装はない。片手も失っている。
けれど、動揺は微塵もなかった。
「武器は持って来てくれましたもの」
カマキリが横一閃に振り抜いた鎌を、腰を落として回避する。
そのままカマキリの腹部に手を伸ばし、刺さったままの剣を掴んだ。
「フリジバースト」
氷魔法を剣からカマキリ内部に向けて放つ。
一瞬で凍結した魔獣内部から、氷のトゲが外部に向けて無数に突き出して、カマキリを穴だらけにする。
剣を引き抜くと同時に、カマキリは氷と共にバラバラに砕け散った。
ローサが冷血令嬢という蔑称で呼ばれるようになった理由の一つが、これであった。
ローサは、氷魔法を最も得意としているのである。
そして──
「あともう一つ、武器があれば」
辺境伯・クロムはカマキリ相手に苦戦を強いられていた。
「エミルがやられたのか!? くそっ、ローサ様が危ない!」
すぐに助けに行かねばならない。
だが、目の前に相手取っているカマキリが、そうはさせてくれない。
(防御障壁魔法を切り裂く鎌は、メイアイアスとは相性が最悪だ……!)
辺境伯が自身で設計した専用機・メイアイアスは防御に特化させた魔装巨兵であった。
分厚い通常装甲に加え、両手の甲には最上級防御魔法を即時発動出来る装置が付いている。
だが、その防御障壁魔法でも意味を成さない。
通常装甲で防げてるとはいえ、素早い鎌の連撃に傷だらけとなっている。
反撃したいところであるが、クロムは歯噛みする。
(情けない……! 私では、カマキリを倒す剣技も、攻撃魔法の適性もない……!)
クロムは周知の有名な事実として、その二つが不得手であった。
今は亡き父からも、幼い時分にそちらの才能はないと言われていた。
『けれどクロム、お前には魔道具作りの突出した才能がある。お前ならきっと、最強の魔装巨兵を作り出せるはずだ』
そんな父の言葉があったから、武ではなく、技術面で辺境を支えてきた。
それでも防御魔法にだけは高い適性があり、魔装巨兵に乗れるだけの魔力もあった。
だから、防御魔法を味方に展開する指揮官機として、メイアイアスを作ったのだ。
なのに今、何の役にも立てない。
両肩に攻撃手段として、大型魔力砲は付いている。
だが、街中で撃つには威力が高過ぎ、距離も近過ぎる。
だからといって、カマキリから距離を取れば、クロムなど無視してローサ様へと向かって行くだろう。
故に、今頼れるのは接近戦用の剣一つだった。
(剣の才能が無いのを今程情けなく思ったことはない)
あるいは、諦めずにもっと剣の鍛練に打ち込むべきだったのか。
そんな時だった。
一緒に戦っていた魔装騎士・エミルの魔装巨兵が倒れたはずの方向から、ローサ様の爆発的な魔力反応を感じた。
魔装巨兵の魔力感知に引っ掛かったとかではなく、直接肌に感じる程の凄まじい魔力の波動。
これほどの魔力は、今まで感じたことがない。
間もなく、エミルが相手取っていたカマキリの魔力反応が消える。
そして、目にした。
量産型の魔装巨兵・オルドウルが、両手にそれぞれ剣を携えてやって来るのを。
いや、よく見れば、左腕の形状が異なっていた。
肩から氷で左腕を作り出し、その手には倒したカマキリから頂戴したらしく鎌を持っていたのだ。
鎌を剣代わりにした二刀流だ。
「まさか、ローサ様が乗っている、のか……?」
その異様さに気を取られた隙に、クロムと戦っていたカマキリが飛び上がる。
狙いはローサ様の機体だ。
「しまった! ローサ様!」
しかし、彼女はカマキリが繰り出す高速連撃を難なく剣で受け切る。
──受け切るどころではない。
カマキリを上回る速度で双剣を振るい、その身体を斬り裂く。
カマキリが堪らず距離を取ろうと飛び退くが──
『フリジアース』
カマキリの着地した足元が氷魔法で凍結し、動けなくさせる。
刹那、一際美しく、舞うように3本の剣閃が走った。
カマキリの両腕、首が一瞬で胴体から滑り落ちた。
「なんて剣技だ……」
クロムの父は剣の腕に優れ、辺境最強の魔装騎士と謳われていた。
その父が彼女の双剣術とぶつかったとして、勝てるかどうかが想像出来ない。
それ程に絶技。
おそらく現在の辺境に、彼女に剣で勝てる魔装騎士は存在しない。
しかも、それだけではない。
彼女は杖のように、剣先を最後のカマキリに向けて構える。
『フリジレイン』
氷の上級魔法を、専用魔法装置を介さず、即時に発動させるその技量。
カマキリを取り囲むように、氷柱が無数に展開する。
確かに、カマキリの両腕は魔法を切り裂く攻撃力を持つ。攻撃速度も脅威だ。
しかし──
『一斉発射』
全方位から銃弾の速度で浴びせられる氷柱は、どう足掻いても捌き切れない。
最後の魔獣は、氷柱に滅多刺しにされ、凍結粉砕された。
オルドウルの緑の装甲が開き、コクピットからローサ様が顔を出す。
増幅された魔力を帯びて一際美しく輝く青髪が風に揺れ、顔に掛かった髪を手で払い、緊張が解けたのか息を吐く。
「なんとか倒せましたわ」などと言いながら、こちらに凛と力強い瞳を向け、手を振っている。
(彼女はただの令嬢なんかじゃない)
彼女が何故、この辺境に来たのかはまだ分からない。
でも、確かな予感があった。
辺境の未来に続く希望の光が今、目の前で輝いている。
「天才魔装騎士の誕生だ」
余りに彼女のギャップが凄すぎて、クロムは笑ってしまった。
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