表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

(1)悪役令嬢、辺境に追放される

 心はやはり、どこまでも冷え切っていた。


「ローサ、今日をもって貴様は勘当だ。この恥晒しめ! 二度とグレイシアの家名を使うな!」


 卒業パーティーの翌朝、父親のグレイシア公爵からそう言われて、ローサの身分は平民へと落ちた。

 特にショックはない。

 ただ、この人は昔からずっとそうだったな、と思っただけだ。


 ローサの母とは、政略結婚だったらしい。

 幼い時分、子供の目から見てもお母様はお父様から愛されて居なかった。


 やがて、お母様はローサが10歳の時に病気で亡くなり、お父様は第二夫人とその娘──ローサとは腹違いの義妹を溺愛するようになる。


 そんな家だったので、ローサはお父様から愛された記憶がない。

 実際、縁切りの呆気なさを見るに、愛など欠片もなかったのだろう。


 まさに、第一王子との政略結婚の道具でしかなかった。


「申し訳ございません。本日までお世話になりました」


 ローサは頭を下げる。

 最低限のお金と荷物だけ持ち出すのを許され、家から追い出された。


 これは後に聞いた話だが、縁切りは殿下の根回しによるものらしい。

 ローサが男爵令嬢に嫌がらせしていたという公爵家としての責任を、勘当による縁切りで不問とする、と言いくるめたのだとか。


 ローサを嫌っていても、公爵家との繋がりは持っていたいということなのだろう。

 何とも都合の良い婚約破棄だ。


 家の門前では、殿下が手配したという辺境行きの馬車と、監視の騎士が待ち構えており、旅立つこととなった。




 ローサの追放先であるストレージ辺境領は、ロングスト王国の国境沿い、最南端に位置する土地であった。

 『魔の森』と呼ばれる魔獣の生息する森林地帯と隣接しており、魔獣の侵攻から王国を守り続けている。


 それ故に、ストレージ辺境領を統治している辺境伯の地位は高く、ロングスト王国では国王陛下ですら敬意を払う程の存在であった。


 魔の森に接する地域というのは、悪性の魔力による侵食で通常の植物が育ちにくい。

 着いて馬車から下ろされた時に、そのことを肌に感じ取ることが出来た。


「これが、ストレージ辺境領……」


 土や岩肌の露出している地面が目立ち、草木の緑は周囲に雑草程度しか見えない。

 任務を終えた騎士と馬車は、さっさと魔法ゲートを閉じて帰って行く。


 魔法ゲートは、王族または辺境伯爵の許可があれば使用できる、特殊な馬車を用いた移動手段だ。

 なので、行きは一瞬でも、簡単には王都に帰れない。


 そのせいか、特に辺境から出るなとも、何とも言われず仕舞いだった。

 シルヴァーン殿下としては、平民落ちして辺境に捨て置けば、後は知ったことじゃないのかもしれない。


 とはいえ、自分がこれからやるべきことはもう決めていた。

 ローサは魔の森と接している国境、その近くにある街に向けて歩き出す。


 魔法学園時代。表情の変化に乏しく、冷血令嬢と呼ばれたローサは、情熱を持って取り組んでいたことがあった。

 剣術と魔法の鍛練である。


 先生達はその両方を、やたらと褒めてくれた。

 最初は公爵令嬢という肩書きから、多分にお世辞が入っているのだろうと思っていた。


 だが、成績表が実際に出始めた時、どうやら本当に褒めてくれているらしい、と分かった。

 それはお父様やお義母様、殿下からも褒められることのなかったローサにとって、とても嬉しいことだった。


 だから、自然と気合いが入り、王妃教育の傍ら、朝早く起きて剣を振り、深夜に魔法を練習する日々を送った。


 いつしか剣術も魔法も、誰にも言えないが好きになり、趣味となっていた。


 故に、貴族という肩書きが消失し、辺境に送られた現在。

 自分に力があるならば、国を脅かす魔獣と戦いたいと思っていた。


(魔獣との戦闘経験は、魔法学園の遠征で、小型のものと戦ったくらいしかないけれど……)


 それでも、力になれるはずだ。

 先生は確かに、言ってくれていたから。


『ローサ様、あなた様の魔力ならば、魔装巨兵を動かすことも可能でしょう』




 『魔装巨兵』。

 全長10メートル超の巨大人型兵器である。

 元は発掘された古代文明のロストテクノロジーで、今現在運用されているのは、それを真似たレプリカに当たる。

 全身鎧を着た騎士のような外見をしており、コクピットに操縦者『魔装騎士』が乗り込み、魔力を流すことで稼働する。


 ただし、魔力を持っていれば誰でも良いというわけではない。

 魔装巨兵というのは、いわば巨大な魔道具であり、生まれつき大きな魔力を持っていないと動かせないのだ。


「こ、これが……!」


 ローサは感動していた。

 街の中を魔装巨兵が三機、闊歩していたのだ。


 小型魔獣は居るが、巨大な敵との戦闘がない王都では、動く姿を見れる機会はほとんどない。

 少なくともローサは、こんな近くで動いている魔動巨兵を見るのは始めてだった。


(憧れだった動く魔装巨兵がこんな近くで見られるなんて、嬉し過ぎますわ……!)


 全身の巨大な魔力回路を循環し、増幅される魔力反応も相まって、凄い迫力だ。


 しかも、目の前の一機、黒い巨兵が二足歩行していないことが、更に感動を大きくしていた。


 おそらく重力魔法の発生装置が脚部に装備されているのだろう。


 それにより足は地面からわずかに浮いており、滑るように移動していた。


(特徴的な黒い重装甲は防御力に優れてそうだけれど、反面その重量から機動力に難があるはず。そこを重力魔法でカバーしたというわけですわね! しかし、思い付いたとしても実現は困難な道のりだったはず。それを可能にする魔装技術、素晴らしいの一言……! まさに天才! 設計された辺境伯様、是非お会いしてみたいですわ……!)


 ローサ自身は気付いていないがこの時、第一王子の前では決して見せなかった、華の咲いたような笑顔を浮かべていた。




 そんなローサの笑顔は、たちまち周囲を魅了する。


 もともと強い魔力の影響で、鮮やかに美しい青色の髪を腰まで伸ばした彼女である。

 しかも、恐ろしい程に整った顔立ちの美女だ。

 街中に辿り着いた時点で、通りかかる男女は足を止め、彼女の様子を伺っていた。


 住人の若い男性

(な、なんて可憐なんだ! まるで辺境に咲く一輪の氷華プリザーブド……! お忍びで来てる貴族のご令嬢か!?)


 買い物に来ていた主婦

(吊り目で美人さんだなぁ、と思っていたけれど、笑顔を浮かべるとあんなに可愛らしいだなんてねぇ! 辺境伯様のお客様かしらね?)


 住人の若い女性

(魔力を帯びた青髪、キラキラしてて綺麗……! そういうお噂は全然聞かないけれど、辺境伯様の想い人だったりして。キャー!)


 呼び込みをしていた露店の男店主

(こ、声を掛けられねぇ。質素な服装で隠しきれない華やかな美貌から、お忍びの貴族ご令嬢と推察は出来る。だが、なんだこのオーラは!? 圧倒的な魔力を感じるぜ……この方は間違いなく王族クラスのご令嬢だ。万が一にも失礼があってはならねぇ……!)


 前線基地に向かう途中の辺境伯

(ん? なんだろう、先程から、こちらをキラキラとした瞳で見つめてきて……。明らかに高位な貴族のご令嬢のようだが……。しかし、そんな方が来訪されるなんて話は聞いていないが……)




 ふと、ローサの前で黒い魔装巨兵が立ち止まる。

 おや? とローサが瞳をぱちくりさせていると、機体の前装甲が開き、中から操縦者である魔装騎士様が顔を出した。


「失礼致します。私はストレージ辺境領の領主、クロム・ストレージ辺境伯と申します。先程からのご様子を伺うに、私共に何かご用かとお見受けしましたが……」


「へ、辺境伯様!? ……も、申し訳ございませんわ。私はただ……魔装巨兵が珍しくて……」


 今や平民となった身で、辺境伯様の足を止めさせてしまった。

 クロム様は納得したような顔をして頷き、


「なるほど。確かに珍しいかもしれませんね。王都から来られたのですか? 差し支えなければ、お名前などお聞きしても?」


「は、はい。えっと……ローサと申しますわ」


「ローサ……? あっ! もしや、その美しい青髪は、ローサ・グレイシア公爵令嬢でいらっしゃいますか!?」


 しまった。どうやらここには、ローサが婚約破棄されたことも、公爵家から勘当されたことも、まだ伝わってはいないらしい。

 婚約破棄からわずか一日しか経っていないので、当たり前といえば当たり前のことだった。


 慌てて首を横に振る。


「違いますのよ。グレイシア公爵家とは無関係の、ただのローサですわ。平民なので、家名はございませんの」


「……それは大変失礼致しました」


 少し考えるような顔をした後、頷くクロム様。

 彼は、にこっと微笑むと言った。


「では、改めましてローサ様。よろしければ、ご一緒に前線基地へなど、いかがです? そこで詳しい話をお伺いしますよ」


「えっと……」


 明らかに、平民であるとは信じて貰えてないやつだった。


 と、その時。


 ローサは今までに感じたことの無いような、禍々しく強大な魔力の気配を感じ取った。

 クロム様に向かって、叫ぶ。


「っ……クロム様! 地面の下です! 地面の下に何か居ます!」


「何!?」


 すぐさま操縦席に戻った彼は、装甲を閉じ、ローサを魔装巨兵の手に乗せると、足元に向けて巨大な防御障壁魔法を展開する。


『各機警戒せよ! 魔力感知に引っ掛からないが、下からの攻撃に備えよ!』


『『了解!』』


 近くを歩いていた2体も構える。

 警戒しているのが伝わったのか、禍々しい魔力は一気に増大して、辺境伯の防御障壁魔法にぶつかり破壊した。


『ローサ様、しっかり掴まってて下さい!』


 辺境伯の操るメイアイアスは重装甲にも関わらず、重力魔法の滑走で素早く後退し、回避する。

 砕ける防御障壁魔法の中から這い上がってきたのは──


『カマキリ型の巨大魔獣……! 新種か!』


 両腕に付いた二振りの鎌が特徴的で、強大な禍々しい魔力がそこに集中している。

 防御障壁魔法を破壊──いや、切り裂いた原因に違いなかった。


 ローサは生まれて初めて、大型魔獣と対峙した。

【読んで下さった皆様へお願い】


読んでいただきまして、本当にありがとうございます!


もし作品を「面白い!」「早く続きが読みたい!」など思っていただけましたら、


ブックマーク、ポイント評価を是非よろしくお願い致します。


広告↓にある【☆☆☆☆☆】から評価できます!


応援よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ