(1)悪役令嬢、辺境に追放される
心はやはり、どこまでも冷え切っていた。
「ローサ、今日をもって貴様は勘当だ。この恥晒しめ! 二度とグレイシアの家名を使うな!」
卒業パーティーの翌朝、父親のグレイシア公爵からそう言われて、ローサの身分は平民へと落ちた。
特にショックはない。
ただ、この人は昔からずっとそうだったな、と思っただけだ。
ローサの母とは、政略結婚だったらしい。
幼い時分、子供の目から見てもお母様はお父様から愛されて居なかった。
やがて、お母様はローサが10歳の時に病気で亡くなり、お父様は第二夫人とその娘──ローサとは腹違いの義妹を溺愛するようになる。
そんな家だったので、ローサはお父様から愛された記憶がない。
実際、縁切りの呆気なさを見るに、愛など欠片もなかったのだろう。
まさに、第一王子との政略結婚の道具でしかなかった。
「申し訳ございません。本日までお世話になりました」
ローサは頭を下げる。
最低限のお金と荷物だけ持ち出すのを許され、家から追い出された。
これは後に聞いた話だが、縁切りは殿下の根回しによるものらしい。
ローサが男爵令嬢に嫌がらせしていたという公爵家としての責任を、勘当による縁切りで不問とする、と言いくるめたのだとか。
ローサを嫌っていても、公爵家との繋がりは持っていたいということなのだろう。
何とも都合の良い婚約破棄だ。
家の門前では、殿下が手配したという辺境行きの馬車と、監視の騎士が待ち構えており、旅立つこととなった。
ローサの追放先であるストレージ辺境領は、ロングスト王国の国境沿い、最南端に位置する土地であった。
『魔の森』と呼ばれる魔獣の生息する森林地帯と隣接しており、魔獣の侵攻から王国を守り続けている。
それ故に、ストレージ辺境領を統治している辺境伯の地位は高く、ロングスト王国では国王陛下ですら敬意を払う程の存在であった。
魔の森に接する地域というのは、悪性の魔力による侵食で通常の植物が育ちにくい。
着いて馬車から下ろされた時に、そのことを肌に感じ取ることが出来た。
「これが、ストレージ辺境領……」
土や岩肌の露出している地面が目立ち、草木の緑は周囲に雑草程度しか見えない。
任務を終えた騎士と馬車は、さっさと魔法ゲートを閉じて帰って行く。
魔法ゲートは、王族または辺境伯爵の許可があれば使用できる、特殊な馬車を用いた移動手段だ。
なので、行きは一瞬でも、簡単には王都に帰れない。
そのせいか、特に辺境から出るなとも、何とも言われず仕舞いだった。
シルヴァーン殿下としては、平民落ちして辺境に捨て置けば、後は知ったことじゃないのかもしれない。
とはいえ、自分がこれからやるべきことはもう決めていた。
ローサは魔の森と接している国境、その近くにある街に向けて歩き出す。
魔法学園時代。表情の変化に乏しく、冷血令嬢と呼ばれたローサは、情熱を持って取り組んでいたことがあった。
剣術と魔法の鍛練である。
先生達はその両方を、やたらと褒めてくれた。
最初は公爵令嬢という肩書きから、多分にお世辞が入っているのだろうと思っていた。
だが、成績表が実際に出始めた時、どうやら本当に褒めてくれているらしい、と分かった。
それはお父様やお義母様、殿下からも褒められることのなかったローサにとって、とても嬉しいことだった。
だから、自然と気合いが入り、王妃教育の傍ら、朝早く起きて剣を振り、深夜に魔法を練習する日々を送った。
いつしか剣術も魔法も、誰にも言えないが好きになり、趣味となっていた。
故に、貴族という肩書きが消失し、辺境に送られた現在。
自分に力があるならば、国を脅かす魔獣と戦いたいと思っていた。
(魔獣との戦闘経験は、魔法学園の遠征で、小型のものと戦ったくらいしかないけれど……)
それでも、力になれるはずだ。
先生は確かに、言ってくれていたから。
『ローサ様、あなた様の魔力ならば、魔装巨兵を動かすことも可能でしょう』
『魔装巨兵』。
全長10メートル超の巨大人型兵器である。
元は発掘された古代文明のロストテクノロジーで、今現在運用されているのは、それを真似たレプリカに当たる。
全身鎧を着た騎士のような外見をしており、コクピットに操縦者『魔装騎士』が乗り込み、魔力を流すことで稼働する。
ただし、魔力を持っていれば誰でも良いというわけではない。
魔装巨兵というのは、いわば巨大な魔道具であり、生まれつき大きな魔力を持っていないと動かせないのだ。
「こ、これが……!」
ローサは感動していた。
街の中を魔装巨兵が三機、闊歩していたのだ。
小型魔獣は居るが、巨大な敵との戦闘がない王都では、動く姿を見れる機会はほとんどない。
少なくともローサは、こんな近くで動いている魔動巨兵を見るのは始めてだった。
(憧れだった動く魔装巨兵がこんな近くで見られるなんて、嬉し過ぎますわ……!)
全身の巨大な魔力回路を循環し、増幅される魔力反応も相まって、凄い迫力だ。
しかも、目の前の一機、黒い巨兵が二足歩行していないことが、更に感動を大きくしていた。
おそらく重力魔法の発生装置が脚部に装備されているのだろう。
それにより足は地面からわずかに浮いており、滑るように移動していた。
(特徴的な黒い重装甲は防御力に優れてそうだけれど、反面その重量から機動力に難があるはず。そこを重力魔法でカバーしたというわけですわね! しかし、思い付いたとしても実現は困難な道のりだったはず。それを可能にする魔装技術、素晴らしいの一言……! まさに天才! 設計された辺境伯様、是非お会いしてみたいですわ……!)
ローサ自身は気付いていないがこの時、第一王子の前では決して見せなかった、華の咲いたような笑顔を浮かべていた。
そんなローサの笑顔は、たちまち周囲を魅了する。
もともと強い魔力の影響で、鮮やかに美しい青色の髪を腰まで伸ばした彼女である。
しかも、恐ろしい程に整った顔立ちの美女だ。
街中に辿り着いた時点で、通りかかる男女は足を止め、彼女の様子を伺っていた。
住人の若い男性
(な、なんて可憐なんだ! まるで辺境に咲く一輪の氷華……! お忍びで来てる貴族のご令嬢か!?)
買い物に来ていた主婦
(吊り目で美人さんだなぁ、と思っていたけれど、笑顔を浮かべるとあんなに可愛らしいだなんてねぇ! 辺境伯様のお客様かしらね?)
住人の若い女性
(魔力を帯びた青髪、キラキラしてて綺麗……! そういうお噂は全然聞かないけれど、辺境伯様の想い人だったりして。キャー!)
呼び込みをしていた露店の男店主
(こ、声を掛けられねぇ。質素な服装で隠しきれない華やかな美貌から、お忍びの貴族ご令嬢と推察は出来る。だが、なんだこのオーラは!? 圧倒的な魔力を感じるぜ……この方は間違いなく王族クラスのご令嬢だ。万が一にも失礼があってはならねぇ……!)
前線基地に向かう途中の辺境伯
(ん? なんだろう、先程から、こちらをキラキラとした瞳で見つめてきて……。明らかに高位な貴族のご令嬢のようだが……。しかし、そんな方が来訪されるなんて話は聞いていないが……)
ふと、ローサの前で黒い魔装巨兵が立ち止まる。
おや? とローサが瞳をぱちくりさせていると、機体の前装甲が開き、中から操縦者である魔装騎士様が顔を出した。
「失礼致します。私はストレージ辺境領の領主、クロム・ストレージ辺境伯と申します。先程からのご様子を伺うに、私共に何かご用かとお見受けしましたが……」
「へ、辺境伯様!? ……も、申し訳ございませんわ。私はただ……魔装巨兵が珍しくて……」
今や平民となった身で、辺境伯様の足を止めさせてしまった。
クロム様は納得したような顔をして頷き、
「なるほど。確かに珍しいかもしれませんね。王都から来られたのですか? 差し支えなければ、お名前などお聞きしても?」
「は、はい。えっと……ローサと申しますわ」
「ローサ……? あっ! もしや、その美しい青髪は、ローサ・グレイシア公爵令嬢でいらっしゃいますか!?」
しまった。どうやらここには、ローサが婚約破棄されたことも、公爵家から勘当されたことも、まだ伝わってはいないらしい。
婚約破棄からわずか一日しか経っていないので、当たり前といえば当たり前のことだった。
慌てて首を横に振る。
「違いますのよ。グレイシア公爵家とは無関係の、ただのローサですわ。平民なので、家名はございませんの」
「……それは大変失礼致しました」
少し考えるような顔をした後、頷くクロム様。
彼は、にこっと微笑むと言った。
「では、改めましてローサ様。よろしければ、ご一緒に前線基地へなど、いかがです? そこで詳しい話をお伺いしますよ」
「えっと……」
明らかに、平民であるとは信じて貰えてないやつだった。
と、その時。
ローサは今までに感じたことの無いような、禍々しく強大な魔力の気配を感じ取った。
クロム様に向かって、叫ぶ。
「っ……クロム様! 地面の下です! 地面の下に何か居ます!」
「何!?」
すぐさま操縦席に戻った彼は、装甲を閉じ、ローサを魔装巨兵の手に乗せると、足元に向けて巨大な防御障壁魔法を展開する。
『各機警戒せよ! 魔力感知に引っ掛からないが、下からの攻撃に備えよ!』
『『了解!』』
近くを歩いていた2体も構える。
警戒しているのが伝わったのか、禍々しい魔力は一気に増大して、辺境伯の防御障壁魔法にぶつかり破壊した。
『ローサ様、しっかり掴まってて下さい!』
辺境伯の操るメイアイアスは重装甲にも関わらず、重力魔法の滑走で素早く後退し、回避する。
砕ける防御障壁魔法の中から這い上がってきたのは──
『カマキリ型の巨大魔獣……! 新種か!』
両腕に付いた二振りの鎌が特徴的で、強大な禍々しい魔力がそこに集中している。
防御障壁魔法を破壊──いや、切り裂いた原因に違いなかった。
ローサは生まれて初めて、大型魔獣と対峙した。
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