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プロローグ 悪役令嬢、婚約破棄される

「ローサ・グレイシア公爵令嬢! 今日この場で、貴様との婚約を破棄する!」


 ロングスト王立魔法学園の卒業パーティー。

 そのめでたい席に現れるなり、ロングスト王国第一王子──シルヴァーン・ロングストは言い放った。


 艶やかな銀髪と、宝石のような紫の輝きを帯びた瞳を持つ、線の細い美男子である。


 フロアは一様に静まり返る。

 ローサも驚いて、しばらく言葉を発することが出来なかった。


(まさか、シルヴァーン殿下がそのようなことを仰るとは……)


 嫌な汗が出る。こんな事態にならないように、幾度もご忠告申し上げてきたというのに。


 ローサは、今ではすっかり見慣れた、殿下の隣に立つ赤毛の令嬢を見やる。

 薔薇のように華やかな、赤いストレートの髪とドレスに身を包んだ美女──フレイア・キネンシス男爵令嬢。


 彼女はローサと目を合わせると、微笑んでみせる。

 あまり人のことを悪く言いたくはないが、口角だけ上がったその笑顔は……醜悪に感じられた。


「おい、聞いているのか! ローサ、貴様!」


「……失礼しました、シルヴァーン殿下。聞こえておりましたわ」


 殿下の激昂した声で、はっと我に返る。

 何故このような事態になったか、既に察してはいるが、公爵令嬢として冷静に対処せねばならない。


 ローサはいつものように口元を扇で隠しながら、尋ねる。


「殿下。何故、婚約破棄などと言い出すのでしょう?」


「白々しいな、ローサ。貴様がこのフレイア・キネンシス男爵令嬢に対し、これまで数え切れぬほど、酷い嫌がらせを続けてきたことは分かっている!」


 嫌がらせ……?

 フレイア様の顔を伺うと、彼女は怯えたように殿下の腕へすがり付く。


 確かに、嫌がらせを数え切れないのは間違いない。

 何故なら、ローサは一度たりとも嫌がらせなどしたことがないのだから。


「何かの誤解かと。婚約者の居る殿下へ近付き過ぎですよ、というご忠告のことを仰っているのなら、確かに幾度もさせて頂きましたが」


 でもそれは、貴族なら当たり前のことだ。

 婚約者の居る人間と、婚約者ではない異性が過剰なスキンシップをしていれば、醜聞となる。

 ましてや、シルヴァーン殿下は次期王となられる第一王子なのだ。


 殿下は鼻で笑うと、首を横に振る。


「貴様が狡猾なのは、その忠告とやらを理由にして、フレイアへの嫌がらせを働いたことだ」


 何となくもう、どうにもならないのだろうなと、ローサの心は温度を下げてゆく。


 フレイア様の教科書やノートを破いて捨てた、池に突き落とした、醜聞をばらまいた等々……。


 殿下の側近である宰相の令息や、騎士団長の令息が実際に目撃したと証言し、それを裏付ける別の証言者も名乗り出る。


「何一つ、真実ではございませんわ」


 それでも、国を背負う王妃候補として。

 名のあるグレイシア公爵令嬢として、背筋を真っ直ぐに伸ばし、否定し続ける。


 そして、遂には殿下の口から発せられる。


「よくもそんな白々しくいられるものだな! この、冷血令嬢め!」




 『冷血令嬢』と殿下から言われ始めたのは、いつ頃からだっただろうか。


 政略結婚としてシルヴァーン殿下の婚約者に選ばれてから、今日まで13年。

 彼が、王家として、貴族として良くない振る舞いをした時には、その都度ご忠告を申し上げてきた。


 それが彼にとっては煩わしく、ずっと気に入らなかったのだろう。

 良い顔をされたことは一度もなく、フレイア・キネンシス男爵令嬢と親しくなり始めた頃から、ローサは言われるようになった。


 この冷血令嬢、と。


 今では、周りの令息令嬢達からも陰口で時折使われるようになったことを、ローサは知っている。




 嫌がらせの罪状と、その証言が出揃ったところで、殿下は不敵な笑みを浮かべる。


「以上が貴様が今日までフレイアにやってきたことの全てだ。何か異論はあるか?」


「私は、貴族として、公爵令嬢としての誇りに誓って、婚約者としてのご忠告以外は何もしてはいませんわ」


「まだ言うか!」


「私がやっていないことは、他でもない、殿下自身がお分かりのはずです」


 ローサは婚約者の目を真っ直ぐに見据える。

 殿下は一瞬、視線を外した後、忌々しげな顔をした。


「それと殿下、一つ聞きたいことがございます」


「なんだ!」


「陛下はこのことを、ご存知なのですか?」


「っ……」


 殿下の父上──ロングスト王国の国王であるゴルドー・ロングスト陛下が婚約破棄について知っているのか、ずっと疑問だった。

 しかし、殿下が顔をしかめた様子から、陛下には無断でやっているのだと分かった。


「父上はあいにく隣国の会合へ出かけており、不在だ……。だが、事実は事実! 貴様がいくら否定しようとも、目撃証言があるのだ! それに対し、貴様がやっていないと擁護する声は一つとして挙がらない!」


 残念ながら、その通りだった。

 殿下に物申す人物など、ローサ以外には誰もこの場に居ない。


 ローサの視線に、パーティー参加者の令息令嬢は目を合わせようとしない。


 ローサには、公爵家の令嬢、殿下の婚約者という立場しかない。


 それに対し、殿下は──


「故に、この場において、第一王子にして称号騎士『白銀の剣聖』たるこの私が、処分を言い渡す!」


 学園在籍中、王国北方に位置する、メモリア辺境領で発生した魔獣のスタンピード。

 これを人型巨大兵器──魔装巨兵で制圧してみせたのが、シルヴァーン殿下であった。


 彼は国王陛下から『白銀の剣聖』という称号騎士としての地位も与えられ、吟遊詩人が歌を作るまでに有名となっていた。


 そう、殿下は第一王子という立場に加えて、確かな実績を持つ人物なのだ。


 だから、彼が事実だと言えば、強く否定出来る者はいなかった。


「ローサ・グレイシア公爵令嬢! 貴様は婚約破棄の上、辺境の地、ストレージ領へ追放とする!」


 シルヴァーン殿下はフレイア様の肩を抱き寄せて、続ける。


「そして、私は此度のことで、真実の愛というものを見つけた。フレイア・キネンシス男爵令嬢との新たな婚約を、ここに宣言する!」


「真実の愛……?」


 これだけ嘘にまみれたことをやっておいて、一体何が真実だというのか。

 ローサの心は、すっかり冷え切っており、もはや何の感情も湧いてこなかった。




 ローサ・グレイシア公爵令嬢、18歳。


 魔力を帯びて鮮やかな青色の髪を持ち、凛として中性的な美貌が人目を惹き付ける。


 しかし、気の強そうな吊り目と、笑顔を決して浮かべない様から、『冷血令嬢』と呼ばれる彼女。


 後に、『ローサ騎士物語』『冷血姫』『冷血令嬢の愛』と様々なタイトルで繰り返し演じられるまでになった追放劇は、こうして幕を開ける。

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