第67話-『J』の『危険』 その④
この距離ではもはや避けられない、そう思って咄嗟に取った行動は、背を向けることだった。
地雷山に向けて背中を晒し、ナイフを見ない状態で覚悟を決めた。直後に衝撃と痺れるような痛みが身体を走る。
ナイフが背中に突き刺さったのだ。急所を外れたのは純粋な強運である。
痛みに耐えながら大導路はそのまま後方へ跳んだ。手を後方へ向けている。助走を付けていないが『方向』で加速させた後ろ跳びで、身体ごと地雷山にぶつかった。
「うぐっ!」
衝突された地雷山がよろける。そして大導路は振り返りながら横なぎに蒼刃を振った。刃が地雷山の手首を切った。しかし急所でないため何も起きない。
「う、くっ、うっ」
緊張と興奮で張り詰めた神経ゆえか、奇妙な声を発しながら地雷山は後退して距離を取った。ポケットに手を入れるとさらに新たなナイフを出してきた。
周囲ではナイフの投擲に気づいた大学生の何人かが怪訝な表情でこちらを見ていたが、何かの遊びか撮影だと思っているのかまだ混乱は起きていない。
大導路が戦闘を行っている間に遠見が後方から近づいていた。蒼刃を持っていない遠見に直接攻撃の役目はない。地雷山を効果範囲内に入れて『視界』による視界の操作を行うつもりだった。そうなれば目は塞がったも同然で、大導路の攻撃を避ける術は無くなるはずだ。
そして大導路は覚悟を決めようとしていた。
これから人を斬る。人を刺す。人を殺す。決して躊躇してはいけない。
その時突如、地雷山が口を開いた。
「俺の能力を受けながらここまで近づかれた時点で、俺の負けのようなものか」
そう言うと持っていた複数のナイフを頭上に高く放り投げた。
「俺の負けだよ」
降参の発言に大導路は一瞬たじろぐが、そうではない、と動揺を払う。
これは降参ではない。
降参するならナイフは地面に置くか手から離すだけでいい。上に放り投げる意味不明な行動は、攻撃を意味している。
相手の策を読んで大導路は後ろへ跳んだ。次の瞬間、視界の上からナイフの刀身が現れた。ナイフは急降下して地面に落ちた。あと一秒動くのが遅れていたら脳天に刺さっていただろう。
「うわぁあ!」
「きゃあああああああ!」
周囲から悲痛な声と悲鳴が聞こえてきた。見ると地雷山の近くにいた学生数人の肩や腕にナイフが刺さっていた。
こいつ、既に他の学生達に能力を使って、触れていたのか…!
大導路が勘づいた時には地雷山は駆け出していた。大導路や遠見に向かってではない。校門を離れて大通りを走りだした。
逃亡…しまった、と思い慌てて追いかけようとするがその時、車道を挟んだ向かい側の歩道に警察官が一人立っていることに気づいた。
警察官はまさに、逃げ行く地雷山を目で追っている。
「通り魔です!今走っているそいつを捕まえてください!」
大導路は警察官に向かって叫んだ。この際協力が欲しかった。実際に大導路や周囲の人間はナイフで刺されているので通り魔と言っても過言ではない。
警察官は無線で誰かと話しているようだった。その表情は何故か虚ろで感情が見えない。
最後に一言喋ったかと思うと、無線を口元から離した。警察官の口の形から発した言葉が「了解しました」だったように大導路には感じられた。
そして警察官は腰から拳銃を取り出した。
警告の無い突然の発砲だった。
弾丸は走り去って行く地雷山の右脚、ふくらはぎのあたりに命中した。
…身体に着弾した時、地雷山には状況が全く分からなかった。痛みより先に衝撃が走り、全く抗えずにすっ転んだ。
すぐに起き上がろうとしたが思うように足が動かない。力を入れた時に激痛が走り、そこでようやく攻撃されたことに気づいた。
どうして?どうやって?敵は遠距離攻撃できる能力だったのか?と振り向いた時、警察官が拳銃を向けながら車道を渡り、こちらに歩いてきていることに気づいた。
撃たれたのだ。
「おいおい…法治国家だろうがよ…!」
能力者以外から思わぬ攻撃を受けるとは、完全に想定外である。思考がまとまらない。察する余裕も無い。
これが戦いか。戦いは常に状況が変わる。その中で最善手を選び続けなければならない。
「なんと難しいことだ…!」
ふとそばを見ると、すぐ近くでこちらを撮影している大学生がいた。ニヤけた顔が鼻につく。SNSにでも上げるつもりなのだろうか。
「…もっと面白い経験をさせてやるよ」
地雷山はどうにか踏ん張って立ち上がると、一気に二、三歩駆け出して大学生の肩を掴んだ。大学生のニヤついた表情が一気に凍りつく。
警察官はすぐ後ろまで来ている。いつ次の発砲をするかも分からない。地雷山は満身の力を込めて、振り向きながら大学生を押し出した。
大学生はよろけて地面に足が突っかかり、そして警察官にぶつかった。大学生からすれば犯罪者から離れて警察官のもとへ来れたので一安心というところだった。しかし警察官は全く意に介しておらず、命中が確実と思う距離に来た所で再び拳銃を肩の高さまで持ち上げた。
一方で地雷山は大学生を押し出した直後に、倒れた際に拾っていた小石をぶん投げた。投げた先は車道だった。
校門とは反対方向から、こちらへ向かってきているトラックに向かって投げていた。トラックのフロントミラーに小石がぶつかった。
その一部始終を、少し離れた距離から大導路は見ていた。大学生が地雷山に触れられたところも、その大学生が警察官に触れたところも見ていた。
「二次感染…!」
そして地雷山が投擲した小石によりほんのわずかの瞬間だったが、トラックの運転手は投げられた物が何だったのかと気を取られてしまった。
つまりごくわずかに、運転が不注意になった。
それが全てであり、たったそれだけのことで事態は引き起こされた。危険な可能性のあるものがぶつかってくる能力。
大型トラックは、まるで気が狂ったように車道から歩道に飛び出てきた。事前に予測していた地雷山だけが既に飛び退いている。
一切スピードを緩めなかったトラックは警察官と大学生に衝突した。警察官は子供が投げた人形のように、不格好に宙を舞って頭から道路に落ちた。大学生は津波に飲まれるようにトラックの下敷きになり、姿を消した。
そのままトラックは恐るべきスピードを出して歩道を走り、校門の前に立つ大導路のもとへ向かってきた。
「俺も能力の効果を受けているものな…!」
戦慄を覚えながら呟く。考えなくては。距離があったぶん僅かでも逃げる余裕がある。しかし逃げることはできない。後ろに遠見がいるからだ。
覚悟を決めろ。




