第65話-『J』の『危険』 その②
「捉えました!」
遠見が自転車の後部で叫んだ。
「よし!」
大導路は返事しながら強めにペダルを踏み続けて自転車をこいでいる。申し訳ないと思いつつ拝借した他人の自転車だった。
「遠距離でしたが…微かに動いている姿を見れたので相手の視界を覗けました。今は荷物を持ってエレベーターで下に降りています!」
「そのままの状態を維持してくれ。敵はこれからバイクに乗って運転するだろう。どの道を走っているのか視界を覗いて都度教えてくれ!裏道を使いつつ追いついてみせる。ところで皆噛見の時みたいに相手の視界を操作するのは、この距離からではできないんだな?」
「はい、あれは十メートル以内にいないとできないんです。あと効果があるのも十秒だけです」
「そうか。とりあえずはこのまま追う!」
さらに自転車が加速した。
「『方向』で自転車を前方に加速している。上手く曲がれないし不安定すぎるが落ちないでくれよ」
「はい!」
遠見は大導路の背にしがみついていた。
「勝負は奴が次に紅針盤を使うまでに、どれだけ近づけるかだ。自転車の移動ならバイクに追いつけないと油断しているだろう。油断している間に『方向』で加速して限界まで近づく!」
「紅針盤、相手はどれだけの回数が残ってるんでしょう?」
「恐らくそれほど多くは残っていないはずだ。二キロ弱という絶妙な距離を作るために複数回起動しているはずだからな…。だがあそこからバイクである程度走ったら、距離間の確認で必ず使うはずだ。そこで気づかれてしまうがそれまでに距離を詰める」
能力と肉体の全力による猛ダッシュで追い続ける。あえて人通りや信号が少ない道を走り、人通りが多い道はベルを鳴らしまくって通行人を注目させた。
「少し恥ずかしいだろうが我慢してくれ。注目されている限りは誰も不注意にならない」
「はい…!ところで、今聞いてもいいですか?」
「何を?」
「何で来てくれたんですか?」
「…これからは命を賭けて戦わないといけないと思った。参加者の全員と戦う気持ちで臨まなければいけないと思ったんだ」
「それなら、何で…?」
「いずれ君と殺し合わなければいけないとしても…それでも今はまだ、協力していたいと思ったんだ…俺の考えは甘いか?」
「…甘いですよ。協力していたら、いざという時に殺し合いにくいじゃないですか」
「でもこうなったらもう、協力して敵を倒すしかないだろう。生き残れたらこのあと話し合おう」
「じゃあまずは生き残りましょう!」
話す二人の目は強い決意で輝いている。それは生物が生き抜こうとする時に放つ、生命力の光だった。
原始的な輝きには善も悪も関係が無い。たとえ誓った思いが殺人であったとしても、強い決意は眩しく輝くのだ。
ベルをチリンチリン鳴らしながら多少減速しつつカーブを曲がったあたりで、近くを歩いていた中年のぼやきが遠見には聞こえた。
「うるせぇカップルだな…」
「大導路さん!」
「なんだ!」
「やっぱり恥ずかしいです!」
「我慢してくれ!」
荒く息を吐きながら大導路が叫んだ。
※
地雷山は赤信号で一時停止した。体感的に一キロ弱は走っている。相手が自転車による追跡を止めたか止めていないかで、これから移動する距離も変わってくる。
紅針盤の残り使用回数は二回。残数の少なさゆえに少し躊躇したが結局一回起動した。
「え?」
思わず声が漏れた。敵は地雷山の想像より遥かに近くにいた。それも真後ろだ。振り向くと、ちょうど曲がり角を曲がってきた自転車が物凄い速さで向かって来ていた。
信号が青に変わると同時に地雷山は強くアクセルを握った。限界まで速く走らなくてはいけない。
やはり予想どおりにはいかない。戦闘の本質だ。しかしもちろん諦めるわけにはいかない。
「次の一手を考えなくてはな…」
※
「クソっ気づかれたみたいだ。だがだいぶ近づいたぞ」
「大導路さん…敵の視界を覗くのが難しくなってきました。こんなに長時間覗くのは初めてで…。じきに覗けなくなりそうです」
「そうか。既に敵が見えているからどうにか見逃さないようにする」
前方のバイクの背中を追いながら大導路が言う。『方向』で補助しているとはいえ先程からこぎっぱなしで疲労でどうにかなりそうだった。しかし敵を視認できたことによる高揚も自覚していた。
「追いつけるぞ!」
追っていくうちにバイクと大導路達は駅前の繁華街に着いた。大型施設も多い街だ。
何故こんなスピードの出しにくい地区に…?
そう大導路が考えていると、バイクは大通り沿いにある百貨店の地下駐車場へと入っていった。
「中に入ったぞ!」
程なくして大導路達も追いつき、地下駐車場へ入ろうとするが、入口にいた警備員に止められる。
「おいおい、自転車はこっちじゃないよ」
前方に立ち塞がって止めてきたので、大導路もブレーキを踏まざるを得なかった。
「自転車はあっちに止めるんだよ」
警備員は百貨店横の駐輪場を指差す。大導路は警備員にすみません、と詫びたあと背中にいる遠見に話しかけた。
「遠見さん、まだ見えているか?」
「もう既に…覗けなくなりました。多分もう一回直接見ないと発動できなさそうです」
「分かった。中に入ろう」
「この建物の中で戦うことになるんでしょうか」
「相手次第だな」
急いで自転車を止めたあと、二人は百貨店の入り口を通過し、階段を降りて地下駐車場へ向かった。警戒しながら探すとすぐに目当てのバイクを見つけられた。上着が置いてある。持ち主はいない。
「背中を見られたから上着は捨てたか…。逃がすわけにはいかない。もう一度紅針盤を使おう」
大導路が言い紅針盤を起動した。
「どうですか?」
「既に建物の外だ。どうやらこの建物は自転車なら駐車場へ入れないと踏んで利用しただけのようだな。追いかけよう」
建物を出て二人は走りながら追う。
「もうすぐ紅針盤の表示が消えるがおかしい。動きを止めている」
疑問に思いつつも今は向かうしかない。
二人が紅針盤で表示があった場所に向かうと、そこは大通り沿いに造られた大学の入口でありキャンパスの校門だった。校門前は開けた空間になっており大学生達がそこかしこに立って談笑していた。
「何でこんなに人がいるんだ…。遠見にはどれが敵か分かるか?」
「いえ…私が見た視界では本人は殆ど映らないので…男性としか分からないです」
「そうだな…。俺達と同じ十八歳だから大学生の中では下級生に紛れているはずだ。だが下級生っぽい人ばかりだな…。しらみつぶしか。だが…」
校門前の車道を大型トラックが音を立てて通った。不注意な運転をしていなかったから何も起きなかったが、もし不注意だったら今二人は死んでいてもおかしくない。
「いつ危険なものに衝突されるか分からない。まだ逃げることもできるが、しかし逃げるつもりはない」
覚悟の表明のように言うと、遠見も静かに頷いた。




