第64話-『J』の『危険』
「でも大導路さんは能力者には触れられていないですよね?触れる以外にも条件があるとか?」
「いや、君にわざわざ直接触れに来た以上、触れることが条件だと思う。だが…いや待てよ」
そう言って遠見の顔をまじまじと見る。
「俺は君に触れている」
大導路が何を言いたいのか、遠見にはまだ理解できなかった。
「もしかすると二次感染があるのか?」
その時、遠くからサイレン音が聞こえてきた。救急車がそばを走っているようだ。それも一台や二台ではない。何台もの救急車が出動しているようだ。
「…さっきのバイク事故の対応にしては多すぎないか…?」
「私が触った人も同じ能力の効果を受けている、ということでしょうか?」
「まだ何も分からない。一応聞くけど能力者に触られてからここまでで、どれくらいの人と触った?」
「ええと…バイクの人には触っていないから…大導路さん含めて六人です」
「もしこの能力が触れられた人が触った相手にも効果が及ぶとするのならば、俺含むその六人は能力の影響を受けている…。そうだとすると俺達が効果範囲から逃げられてもその人達は危険なままだ」
「…どうしよう。私のせいで他の人達が危険な目に遭うかもしれない。もう遭っているかもしれない…」
「少なくとも君のせいではないが…恐るべき能力だ。俺達が取るべき行動はもう逃げることではないかもしれない」
大導路は、先程紅針盤を起動した時に反応があった敵能力者がいる方角を見た。
「俺達が追い詰めたうえで敵を殺す。そうすれば能力の効果は消滅する」
「殺す…」
遠見が息を飲んだ。
「気絶では能力が消えるか分からないし、そもそもこの戦いはそういうものじゃないからな。ようやく分かったような気がするよ」
遠見の目をじっと見る。
「今から敵を殺しに行く。協力してくれないか」
「…はい」
遠見は頷いた。
簡単な選択ではない。しかしこの決断はもっと早くにするべきだったのだ、という気がしていた。その決断をようやくここでできるのだという、救われたような気持ちも大導路は覚えていた。
「とりあえず相手がいる具体的な場所を特定させないとな…」
大導路は紅針盤を起動した。依然として二キロ弱離れた地点に表示が出ている。
「…おそらく、あのマンションにいるんじゃないかな」
大導路が指差した方向には二十階ほどの高さのマンションがあった。
「確かにここからの距離は二キロ弱、という感じですが…何で分かるんですか?」
「奴は俺達を観察しているはずだ。能力に効果範囲があるというのなら、敵が急に移動した時に逃さないよう常に動きを観察するだろうからな」
「じゃああのマンションの…屋上とか…?」
「屋上は閉鎖されているだろうから考えにくい。敵があのマンションの住人というのも確率は薄い気がする。おそらく最上階近くの外階段から、双眼鏡か何かで観察しているんじゃないか」
大導路は睨みつけるようにマンションの上層を眺めた。
※
…遠距離から二人を観察していた者がいた。双眼鏡で二人の様子を観察しており、大導路には知る由が無いが予想は完全に的中していた。
「こっちを見ている気がする…バレたか?」
そう呟きつつも男は冷静だった。双眼鏡から視線を一旦外して、そばに置いてあったペットボトルを取り水を飲む。次に携帯用クッキーの袋を開けてクッキーを雑に口に放り込んだ。
能力を発動し続けるのは思っていた以上に体力気力を消耗させた。少しでも身体を休ませないと相手を潰す前に潰れてしまう。しかしここまでは順調だ。
たまたま紅針盤で敵能力者を見つけた時は仕掛けるべきかどうか悩んだが、いざ挑んでみれば想定以上に事は上手く進んでいる。初戦としては上々だ。
地雷山純平の『J』の能力『危険』は、触れた人間にある現象を起こす能力だった。
現象とはこの世のあらゆる危険な可能性そのものを引き寄せること。それはよそ見している歩行者であり、車であり、今にも落ちて来そうな高所にある物である。
そういうものが触れた対象者の周囲五十メートルにある時、全てが対象者にぶつかってくる。極端に言えば五十メートル以内にパイロットがよそ見運転して飛んでいる飛行機がいれば、それが衝突してくるのだ。
よそ見とは不注意であり、不注意とは危険だ。危険である以上、その被害を被る可能性は一パーセント以下だとしても存在する。
仮に一億分の一の可能性だったとしても、それを百パーセントに変えるのが地雷山の能力だった。
さらに能力を受けた者が触れた相手にも同様に効果を与える。二次感染によって『危険』は極めて殺戮性能の高い能力になっていた。一人でも効果を与えれば放置しているだけでどんどん被害者は増えていく。三次感染は起きない仕様だったが、それでも十分にウイルスのような姿の見えない脅威を拡散することができた。
戦い初日にこの能力の性能を理解した時、こんな狂気的な能力を使う気になれないと半ば絶望していた。しかしそこで救いの手のように提示されたのが、殺意解放だった。
あれは俺のためにあるような提案だった、と地雷山は心中で述懐する。おかげで能力者を殺すために何人もの一般人が犠牲になっても罪悪感に襲われない。
『危険』には制約があり、効果を受けた相手が地雷山から二キロ以上離れると効果は発生しなくなる。しかし二キロ以内に入れば効果は再開される。
それゆえ相手を殺すつもりならば常に二キロ以内に居続けなければならない。相手が移動を始めてもすぐに対応できるよう、マンションの下にはバイクを止めている。相手が離れるようなら近づき、近づくようならすぐに離れる。
地雷山は敵二人が逃げることを想定していた。紅針盤を使われればこちらの存在は把握される。不気味な現象と近くに敵能力者が居ることを警戒してまずは距離を取るはずだ。そこをバイクで移動して適度に近づき、追い詰めていく作戦だった。
短い食事時間を終えて再度双眼鏡を覗く。
時間にして数十秒のはずだったが、相手二人の姿が消えていた。距離を取ったか、と奥の方角を見ても姿は見えない。ふと手前に視線を移すと二人が見えた。
男女二人、自転車を二人乗りして疾走していた。
「ほぉ…」
地雷山は感心した。戦ううえで色々とパターンを想定していたが、まさか自転車で向かってくるとは。
「…やはり想定では限界があるか。計画はいとも容易く崩れる」
それでもなお事態を打破するのが勝者だ。それがこの戦いの本質だ。勝つためには勝利のイメージを抱かなくてはならない。
地雷山は双眼鏡ごしに相手の姿を見て、外見の特徴を記憶に残した。
そして立ち上がり移動の支度を始める。
大丈夫だ、勝利のイメージはできている。




