第63話-それは見えない脅威
話している間に通行人が集まってきた。好奇心でバイクの交通事故を見にきたのだ。
「移動しよう。じきに救急車も警察も来る。今は関わっている場合じゃない。怪我はしていないんだな?」
「はい、大丈夫です」
大導路は遠見の手を引いて二人は素早く移動を始めたが、事故現場の写真を撮っている女子高生に遠見がぶつかった。
「あ、すみません」
よろけながらも歩みを進めるが、さらに事故現場を眺めながら歩いていた中年男性にもぶつかる。
「あ…すみません」
その様子を大導路は怪訝そうに観察していた。
「目眩がしたりするのか?周りとの位置関係が掴めていないとか」
「いえ…そんなことは無いはずなんだけど…さっきから色々な人にぶつかってて」
「色々な…?あのバイクの他にも?」
「はい。歩道橋で高校生と…あと大通りに出た時に一人」
「…短時間に何度もぶつかっている…?」
「はい。よそ見している人とかにぶつかったり…でもぶつかるだけで、それ以上は何も無いんです」
「よそ見…」
大導路は自分達が歩いている通りの先を見る。何人かがこちらに向かって歩いてきていた。
「…少し確かめたいことがある。前方にいかにもヤンキーって感じのチャラい男子高校生がいるだろ」
「はい」
「あれには君はぶつからないとする。だがその後ろを歩いている、大人しそうだが本を読みながら歩いている小学生、あれにはぶつかるかもしれない」
「え?」
「高校生とはぶつかるスレスレのところに立っていてくれ。そして小学生からは遠ざかるんだ」
遠見は素直に言うとおりにして高校生の歩く軌道上のスレスレに立った。顔が怖い男子高生だったのでやや怯えたが、何事もなく男子高生は通り過ぎた。
そして次に小学生から遠ざかる。その様子を大導路は黙って見ていた。
俯いて本を読む小学生は、急にフラフラとした足取りになって遠見の方へ近づいていき、そして身体がぶつかった。
「ごめんなさい」
小学生は顔を上げてペコリとお辞儀した。遠見は呆然としている。小学生が歩き去ったあとに大導路に聞く。
「なんで、分かったんですか?」
「高校生は前を向いていた。つまりよそ見をしていなかった。小学生の方は本を読みながら歩いていた。つまり不注意だ。その差だと俺は思う」
「不注意…?」
「遠見、やはり君はもう能力で攻撃されていると思う」
「この、ぶつかりが攻撃…なんですか?」
「根拠はまだ薄いが、もしそうなら能力の正体は『不注意な人間がぶつかってくる能力』なんじゃないか。今までぶつかってきた人達は皆、不注意だったんじゃないか」
思い返すとバイクの運転手もよそ見運転をしていたように見えた。最初にぶつかった人もスマホを見ながら歩いており、歩道橋の高校生達も談笑していて周りをろくに見ていなかった。
「短時間でそんなに他人とぶつかるのは明らかに変だ。よそ見運転のバイクにぶつかることだってそうそう起きることじゃない。偶然ではないとすると、触れたことを条件とする敵の能力の効果だと思う」
「どうしたらいいでしょう…」
遠見は不安そうにキョロキョロと周囲を見る。能力の効果を受けていると聞いて一気に警戒度が増したのだろう。
「まずは大通りを避けよう。車が通るところは駄目だ。危険だ」
そう言って大導路は遠見を小さな路地に連れ込んだ。
「俺の予想が当たっているなら、敵の狙いは不注意な運転をしている車の衝突と思われる。それさえ避けられれば致命傷には至らないはずだ」
「でもこのままだと…」
「そうだな。一方的に攻められ続けるだけだ。いずれ車にぶつかる可能性は拭えないし…。対策としては敵能力者を倒す。あるいは…」
「あるいは?」
「効果範囲から外れる。この能力には範囲があるように感じられる。というのも…」
言いかけている途中で、大導路は唐突に片手で遠見の肩を掴み、引き寄せた。
「えっえっ」
大導路の懐に飛び込む形になった遠見は動転したが、一方で大導路は機敏な動作でもう片腕を真横に伸ばした。
『方向』を使った跳躍。
一気に横へ跳ぶ。直後に金属の塊が、大導路達の立っていた場所に落ちてきた。
「えっ!」
遠見が叫ぶ。アスファルトに衝突した時に手で耳を押さえたくなるほどの轟音を出したそれは、工事現場などで見かける足場のように見えた。板状のそれは微かにバウンドしたのちに地面に静止した。足場にはロープやパイプもくっついている。
「これは工事現場の足場と…それらを固定させているパイプやら何やらだ…!」
大導路が頭上を見上げると路地に面したマンションの上階が何かの工事をしており、その工事現場の足場が明らかに一部崩壊していた。
「工事は今日は休みらしい。誰かが落としたとは考えにくい…」
「私を狙って落ちてきた、ってことですか?でも不注意にしている人とは関係無いのに…」
遠見は殺しの凶器を見るように、恐る恐る落ちた足場を観察する。
「不注意…不注意という考え方は間違っているのか?しかしぶつかる人間とぶつからない人間がいる。不注意の、危なげな人にだけ…」
大導路は呟いている途中で突如、電撃が走るようにひらめいた。
「人間だけではないということか…?物体が、あらゆるものが君にぶつかりにくるのではないか?」
「物も…?でもぶつかってくる物とそうでない物の違いは?」
「不注意という表現は正確ではない。正しくは危険かどうか、じゃないか。前方を見ずに歩いている人間は明らかに危険だ…。そしてこの落ちてきた足場。これはもしかして、もともと固定が緩く危険だったんじゃないのか?」
「危険なものがぶつかってきている…?」
「もしそうなら、いつどういう攻撃が起きるか全く予想できない」
「どうすれば…」
「先程言いかけたんだが、この能力は効果範囲があると思う。敵は俺達から二キロ弱程離れた所にいた。効果範囲が無いなら、もっと遠くへ逃げるはずだ」
「じゃあ二キロくらいが効果範囲ということですか?効果範囲が二キロ以上なら、紅針盤から見えない距離で待機するはずだし…」
遠見の推理に大導路は肯く。
「恐らくそうだ。敵は付かず離れずの戦い方をする能力者なのかもしれない。それならば効果範囲から出られれば、完全に解除されるのか一時的なのかは分からないが効果は消えるんじゃないか」
そう言うと大導路は再び歩き出して遠見がついて行く。
「とりあえず相手がいる方向とは逆方向へ進んで、一旦能力の影響から外れた方がよさそうだ」
大導路が先導して路地を抜け、小さい十字路に入った。
「大導路さん!危ない!」
大導路は遠見に危険がないか警戒しながら歩いていた。そのため自身の身の危険について警戒が薄い状態になっていた。
遠見が叫んだ時には既に、横切る路地を走ってきた自転車と大導路がぶつかっていた。
大導路も自転車を運転していた者も十字路に倒れる。
「すいません!前を見てなくて…!すいませんっした!」
運転者は完全に自分に非があると思ったらしく、ペコペコ謝ったのちに自転車に跨って去っていった。
その背中を大導路達は呆然と見送る。
「…これは、偶然だと思うか?」
「チラッとしか見えなかったんですけど、あの人はスマホを手に持ってそれを見ながら自転車をこいでいたように見えました。でも大導路さんとは距離が開いていて、それが急にこっちに寄ってきてぶつかったように…そう見えました」
「不注意…しかしぶつかったのは俺…。遠見さんより優先して俺にぶつかってきた?」
大導路は自分の手を見る。そこには何も無いが、得体の知れない感覚が拭えなかった。
「俺も能力の効果を受けている…?」




