第62話-触れると何かが起きる
遠見は駅から十五分ほど歩き自宅に着いた。小さな一軒家だ。鍵を開けて中に入る。家の中から人の気配はまるでしなかった。
「ただいま…」
喋っても誰も返事をしない。家の中の状況は、出てきた時とまるで同じだった。一度も父親は帰宅していないのかもしれない。
まっすぐ自室に向かって必要な着替えなどを取り出した。大きめのリュックを取り出すとそこへ詰めて、次に台所へ向かった。食材棚から適当な缶詰やお菓子を取って詰め込む。
この家を出る。そう決めていた。
たまにしか帰ってこないとはいえもしもの事態の際に父親を巻き込みたくなかったし、ここに居ると学校の職員が不登校について連絡をしてくるか訪問してくるかもしれない。
今さら登校する気にはなれなかったし、教職員と登校について面談する気にもならなかった。上手い不登校の理由も思いつかない。
素早く準備を終えると遠見は家を出た。またこの家に戻ることがあるのかは全く分からない。
家から離れて当てもなく歩き出した。ひとまずこの街を去ろうと考え出す。
後方から車の音がするので道の脇を歩く。当然、車が横を通り過ぎていくと思っていた。
しかし奇妙なことに音は斜め後方から聞こえてくるのではなく、真後ろから聞こえてきた。路地の真ん中を走っていないのだ。遠見のいる方へ寄って走ってきている。
不安に駆られて振り向いた時には、それはちょうど遠見を間近に追い抜くところだった。
バイクだった。フルフェイスのヘルメットを付けているので顔は見えない。その者が追い抜きざまに遠見の肩を手で触れた。
遠見は激しく驚き動揺で震えたが、バイクは一切止まることなくそのまま走り去って行った。
不審者?痴漢?そんな言葉が思い浮かんだが、動揺のせいで最もありうる可能性を見逃していた。
急に思い出して慌てて紅針盤を起動する。起動した円盤には中央の遠見の点以外にも、素早く移動している点が一つ表示されていた。
「能力者…!」
触られた。その事実がとめどないパニックと恐怖になって遠見を襲った。狼狽えて周囲のあちこちを見るが、しかし先程の者が再度出現することもなく遠見自体に何の変化も起きなかった。
不気味なほど何も起きない。しかし状況的に何かをされた可能性が高い。
とりあえずここから離れなくては、と思い立ち小走りに移動し始めた。先程の能力者に特定されないよう遠くへ行かねばならない。
家の前の路地を走り抜けて大通りに出た。尾行されていないかと急に不安になり、二回目の紅針盤を起動した。
先程の起動時に見た他能力者の表示は同じ方角のまま距離がさらに離れていた。二キロ弱ほどの紅針盤の索敵範囲のギリギリで確認された。
そしてさらに新しい反応があった。こちらは先程の表示とは別方角で、距離は一キロほどだった。
一キロ…その近距離さが遠見を戦慄させた。紅針盤の索敵範囲内ゆえに相手も起動すれば遠見の存在に気づけるということだ。
何で二人?敵は二人組?それともたまたま?
焦ってしまったせいで、スマホを見ていた歩行者にぶつかってしまう。
「あ、すみません」
慌てて退くが、歩行者に舌打ちをされると急な不安感に包まれて泣きそうになる。
大導路の顔が浮かんだが、しかしその考えはすぐに打ち消した。
少しでも移動したい気持ちゆえ信号が赤の時にそばにある歩道橋を登った。渡っていると向こうから三人組の高校生がやって来る。
同年代を見て紅針盤を起動したい不安な気持ちに駆られるが、今日使用できる回数は残りあと三回だ。いつ使うべきか、今なのか。そう悩んでいるうちに高校生達が間近まで近づいてきた。優柔不断ゆえ何の対策も行えないまますれ違う。
不意に衝撃をくらった。談笑していた高校生達が急に横に広がって遠見と衝突したのだ。あまりの不意打ちによろけて歩道橋のガードレールにぶつかる。
高校生達はぶつかったことに気づいたようだが、気にせず歩き去っていった。
「はぁ…」
精神的に疲弊し始めた遠見は、歩道橋を降りたあとその場で立ち止まってしまう。
その時エンジン音が聞こえてきた。大通りであるため聞こえるのは当然としても、その音が間近まで迫ってきているようだった。
車道へ振り向くとバイクが車道を無視して斜め横に突っ切っており、しかもこちらに向かって走ってきていた。運転手は何も気づいていないのかよそ見をしている。
危ない、と思った時にはバイクは眼前だった。
衝突は避けられない。抵抗もできない。何がなんだか分からないうちに死んでしまうのか。
いつだってそうだ。状況が分からないうちに悪手を選んで、そして取り返しがつかなくなる。
押し寄せてくる恐怖と心の内から湧き出てきた諦観に挟まれて、遠見は全てを諦めて目を瞑ろうとした。
その時、遠見とバイクの間に何かが横入りした。人の手だった。
大導路の手がバイクにぶつかる。
そして『方向』の発動。
バイクは触れた手が指している方向、遠見から見て真横へ思い切り吹っ飛んだ。
バイクの速度は『方向』によって加速されているため、到底抗えないスピードで運転手は振り落とされて吹っ飛んでいき、車道の脇に倒れて転がり回った。
「大導路さん…!」
「今のは敵なのか?」
大導路は油断せずにすぐに聞いてくる。遠見が見るとバイクの運転手は車道を越えて転がって歩道脇で横になっていた。少し心配したが位置的に車に轢かれそうにはない。
「分かりません…ただ、違うと思います。あの、何でここにいるんですか?」
「別れたあと、考え直して君を探すことにした。紅針盤で二キロ以内にいた表示を見つけて、君だと思って走ってきたんだ。まさか交通事故にあう寸前になっているとは思わなかったが」
話を聞いて、一キロの距離にいたのは大導路であったことを遠見は理解した。
「考え直して…?なんで?」
「待て、とりあえず確認だ」
答えると大導路は自身の手首を見た。紅針盤を起動したのだ。
「…能力者がここから二キロ弱くらいの所にいる。この能力者の存在には気づいていたのか?」
「はい…。さっき私、多分その能力者に触れられたんです」
「触れられた?」
「バイクで追い抜きざまに肩を触られました。それ以上は何も無かったんですが…」
「しかし能力者がわざわざ触れてきて何も起きない、ということは無いはずだ。…恐らくそれは発動条件だ。そいつの能力の…」




