第61話-遠見の罪と罰
男子からの告白は返事をしかねているうちにそういった事実は最初から無かったかのようにウヤムヤになり、程なくして男子は別の女子と付き合いだした。
遠見にとって全く好意が無い相手だったのでそれはどうでもよかったが、幼馴染の告白に対して何の返事もできていないことがただ申し訳なく、不安だった。
しかし遠見の心の器はこの問題を抱えきれなかった。相手の気持ちをどう受け止めるべきか、どう答えるべきか、どれだけ考えても悩んでも答えは見つからなかった。
遠見は同じクラスの別の友達に、幼馴染のことを相談した。
遠見には悪意は一切無かった。常に幼馴染の幸せを願っておりずっと一緒にいたいと思っていた。友達に相談したのもギクシャクしてしまった関係を直したい一心だった。
友達もまた悪人では無かった。友達は真摯な態度で遠見の話を聞いた。友達が自身の姉にその話をしたことも、年長者からのアドバイスを聞きたかっただけで悪意は無い。
その姉がさらに自身の友人に話し、友人が弟に話した。
その弟は遠見達の同級生だった。
どの人間にも最初は悪意は無かった。しかし『知った者』の数が増えその声が大きくなり、集団としての力を持ったのちに、その中の誰かが「気持ち悪い」と小さく呟くだけで…。
蔑みと嘲りは炎の如く広まって、巨大な悪が生まれた。
幼馴染が壮絶な虐めにあっていると気づき、且つ虐めの理由が自分だけが知っているはずのあのことだと知ると、遠見の血と心は凍りついた。
どうするべきか、何をすべきか、何を言うべきか。そんなことを考えている間も時間は非情なくらい早く過ぎ去る。遠見が迷っている間も幼馴染は虐げられる。
迷いは行動を鈍らせ口を閉じさせた。遠見は幼馴染に弁明も謝罪もあの日の告白の答えも言わないまま、答えが出ないという言い訳を使って目をそらし続けた。
善意が無くとも善行を行っている場合があるように、悪意が無くとも悪行に至ることがある。
そしてその悪行が、幼馴染を死に至らせた。
幼馴染は自らの人生を終える前にいくつかの遺書を残していた。一つは遠見宛てだった。
葬儀場で、何も考えられない混濁の思考の中で、遠見は幼馴染の両親からそれを受け取った。大切なことが書かれているのだろうと慮ってか幼馴染の両親は封を開けていなかった。
誰も遠見が何をしたかを知らない。ゆえに誰も遠見を責めない。遠見はこの世に自分一人しかいないような気持ちだった。
家に帰って封筒を開くとそこには便箋が一枚だけ入っていた。
「映奈へ」
そう書かれているだけで、後には何も続いていなかった。この便箋に何を書くつもりだったのか、それはもう永遠に分からない。
便箋は遠見の心の最深部に落ちて深く根付いた。それは罪の証であり、永遠の罰である。無言の便箋は遠見の中で、無限の罵倒を何度も繰り返した。
白紙ゆえに、そこからはあらゆる負の感情が湧き出てくる。
贖罪は叶わない。きっとこれはいつか死ぬその瞬間まで絶対に忘れることはないのだろう、と遠見は考えていた。
戦いに呼び出されて絶対者は願いを叶えられると聞いた時、遠見の脳裏に幼馴染の姿が映ったのは至極当然であった。
願いを叶えるためには絶対者にならなくてはいけない。それならば戦わないといけない。今度こそ勇気を出す時だった。
しかし誓囲の非戦闘という提案に、殺される恐怖に潰れそうになっていた遠見は乗ってしまった。自ら願いを叶える道を閉ざそうとしている自分に尋常ならざる嫌悪と吐き気を覚えていた。誓囲の拠点の自室に籠りながら、これでいいのかと何度も自問自答をした。
一方で誓囲達の優しさを受けて全力で彼らの支援したいとも思い、協力する際は誠意を込めて協力した。
結果的に誓囲が敗北して死んだのち、遠見は改めて考えた。
可能性があるなら、戦わなければならない。たとえそれで道半ばで死んだとしても、その死は自分の罰なのだ。
※
翌日、昼前に遠見は家を出た。大導路もついて行くことにした。
家の最寄り駅まで送るという大導路の提案を遠見は最初は断っていたが、結局は承諾して二人は駅まで一緒に歩き始めた。
大導路が護送を提案したのは、遠見が蒼刃を持たない無防備ゆえだった。
大導路は異界が落とした蒼刃を所有しているが、残りの蒼刃は全て誓囲の家の瓦礫の下だ。見つけるのは現実的ではなかったし、あの場所へ戻る気にもならなかった。
遠見は家を出てからずっと怯えたような目線を周囲に向けていた。相手が子供だろうと老人だろうと無差別に警戒した。
「…大丈夫か、遠見さん」
「はい、大丈夫です…。でも何だか視線を感じて」
「視線というのは、あの警察官の視線じゃないのか。君があんまりキョロキョロしてるから気になっているんだと思う」
「…すみません、警戒しすぎですね…」
大導路の家の最寄り駅から電車に乗り、乗り換えも含めて合計数十分かけて遠見の家の最寄り駅に着いた。
「すみません。ついてきてもらって」
お礼を言うと、大導路は無表情のまま首を横に振る。
「別に問題ないよ」
「ここまでで大丈夫です」
遠見は自信が無いなりに毅然とした言い方で告げた。これからは敵同士になるからと、そう自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
馴れ合いがいつまでも許される戦いではないのだ、と自分を理解させようとしているようだった。
「分かった。それじゃ気をつけて」
「はい、ありがとうございました」
気をつけて、と声をかけた大導路が抱いている感情はいかなるものか。大導路自身にもあやふやだった。
いずれにせよ戦いは二人を孤立させた。




