第60話-遠見の決断
大導路のダメージが少しづつ抜けていって安堵し始めたあたりで、皆噛見との戦闘の際に起きたいくつかの気になる事柄を遠見に聞いた。
一番知りたかったことは、安在がどういう決断をして何をしたかということだ。
「安在さんは、私と倒れている誓囲さんに作戦を話してくれました。自分が『吸収』でエネルギーを溜めて一気に解放してあの怪物を倒す、と。でも全力でも倒せるか分からないから、誓囲さんが預かっていた皆の生命力を貸して欲しいと頼んでいました。そして私には、一瞬でもいいから陽動して大導路さんを助けて欲しいと。そして安全な所に隠れて欲しいと」
「…陽動とは、つまり君のあの能力か」
「…ごめんなさい。私、皆さんに隠していました。『視界』は短時間なら相手の視界を操作することができます。右目の視界と左目の視界を入れ替えたり…また他人の視界を別の他人に見せることもできます。私は全部を知られるのが怖くて誓囲さんにも安在さんにも言ってませんでした」
「誓囲は安在の提案を呑んだんだな」
遠見が肯く。
「誓囲さんも私も、安在さんが命を捨てるつもりなんだということを分かっていました。でも止めませんでした。…誓囲さんは悲しそうな顔をしていたけど、生命力を安在さんに渡しました。私はそれを黙って見ていました。自分が助かりたくて、その作戦に乗りました」
「その作戦のおかげで俺は生き残った…。皆の命で助かった…。謝る相手はいない。ただずっと感謝を覚え続けていたいよ」
遠見の頬に流れる涙に気づいて大導路は言う。
「生きたいと思うのは自然だし本能だ。その選択を責めることは誰にもできないし、責めなくていい。君は俺を助けてくれた。礼を言うよ。恩は忘れない」
※
ある日、二人が居間でくつろいでいる時に遠見が切り出した。
「少し、話をしていいですか?」
「なんだい」
「私、明日ここを出ようと思います」
「…そうか」
「いつまでもお世話になっているわけにはいかないと思って。本当はもっと前に出るべきだったんですけど」
「出るべきと俺は思っちゃいないけど、自分の家に帰るつもりなのかい」
「はい」
「ご両親はその家に住んでるのか」
「父子家庭で…一応、一緒に住んでます」
『一応』が気になったが深くは聞かない。
「ここを出たら、もうここには帰ってこないつもりかい」
「…ええ、そのつもりです」
「それはつまり、非戦闘の同盟は終わりということか」
誓囲が死んで既に同盟も計画も破綻していたが、それでも大導路はそれを確認した。
「…はい。そのつもりです」
「俺とも、戦う時が来るなら戦うということか」
「…そうです。大導路さんは非戦闘という考え方を、今もまだ信じることができますか」
聞いてくる遠見の表情は深刻であり真剣だった。
「非戦闘を貫いて本当に生き抜くことができると思っているか、ということか」
「そうです」
「…非戦闘では生き残れない」
大導路の答えを遠見は予感していたのか、言われても表情は変わらない。
「正確に言えば生き残れるが、幸福ではない」
皆噛見との戦闘から生き延びて数日間、時間があれば考えていた。何故こうなったのか。我々は最善だったのか。
「誓囲の能力なくしては、もう裏切りのない非戦闘の同盟は作り難いというのもあるが、そうでなくてもこの戦いは殺し合いが本質だ」
「…」
遠見は黙って聞いている。
「殺して勝ち続けた者は多くを得られる。一方で負けた者は死に、何も得られない。非情だがやはり、それがこの戦いの真実だ。そこに目を背けて他の選択を取っても一生不自由な生活をするだけだ。これは勝って全てを掴む戦いなんだ…そしてそれは、この戦いに限ったことでもない」
「…私はただ自分が助かりたいだけの一心で真っ先に誓囲さんに連絡を取りました。何の考えも無かったんです。これまで私はずっと流れるままに動いてました。でももう止めにしたいんです。この戦いが戦うしかないというのなら、勝てなくても挑まなきゃと…そう思うんです」
「…少し踏み入ったことを聞いてもいいか?」
「はい」
「絶対者が、絶対者になった際の報酬について説明した時、人を生き返らせることもできると聞いて質問していた能力者がいたが…」
「…はい」
「あれは君なのか?」
「そうです。何で分かったんですか?」
「声は加工されていたけど、話し方とかかな」
「…生き返らせられると聞いて真っ先に思ったことがいくつかあって…」
「以前聞いた、生き返らせたい友達のことか」
「はい…そうです」
そう言う遠見の顔は暗い。
「私…誓囲さんのもとに集まって色々助けてもらっていたのに、一方で絶対者になったらこんな願いを叶えたいなんて思っていたんだから卑怯ですよね」
「別に俺も絶対者になったらどんな願いを叶えるか、くらいは考えていたけどな」
「何かあるんですか?」
「過去のものも含めて世界中の映画を一本の漏れもなく観ることかな…。不老不死になっただけではとても追いつけないからな。複数モニターを同時に観るための目とか、それらを同時に理解できる脳が欲しいところだな…」
「…」
冗談だった。それは大導路なりの慰めでもあったのだが、だいぶん察しづらかった。
「…私、自分でも嫌だと思うくらい中途半端なんです。あの怪物みたいな男の人と戦った時ももっと早いタイミングで『視界』による撹乱ができたはずだし、一階に行って蒼刃を取りに行くことだってできたのにほとんど何もできなかった」
「常にベストな行動ができるものじゃないだろう」
「でも今だって大導路さんの優しさに付け込んでいるんです。一人だといつ襲われるか分からなくて怖いから、自分の命のためにここに住ませて欲しいと言ったんです。大導路さんはきっと急に私を殺したりしないとそう信じているうえで、その信頼を利用しているんです」
遠見の口調には自己嫌悪が多分に混じっていた。
「いつも自分のことしか考えていないんです」
「…」
「でも、もうそれは止めたいと思って…だから帰ります」
「分かった」
戦いに参加しているのなら、戦い合わなくてはいけない。
当たり前のことだが、しかしそれこそこの世の真理だ。
生き抜くなら、戦わなくてはいけない。
その夜、それまでどおり二人は居間に並んで寝た。大導路を信頼している遠見は、既にこの状況について緊張も警戒も抱いていない。
しかし今夜は寝付けなかった。大導路との決別を選んだ自分の決断を思い出す度に鼓動が早くなる。
これからのことが不安でたまらなかった。それでもこの決断は間違っていないと思う他なかった。
これ以上、自己嫌悪に陥りそうな自分でい続けたくない。
長い時間をかけて眠りへと落ちていったが、落ちた遠見を迎えたのは、最も苦い記憶を包んだ夢だった。遠見が友人を死なせ、一生の業を背負ったあの日々を再現した夢だった。
※
…中学三年生のある日、遠見映奈は男子に告白された。目立たず静かに生きることを信条にしていた遠見にとって青天の霹靂だった。
自分の器量を超える物事に直面した時すぐに人に頼る癖のあった遠見は、同じクラスの幼馴染にこのことを相談した。
幼馴染とは幼少期の頃からの付き合いで姉妹同然の間柄だった。どこに行くのも一緒で、離婚して去っていった母やあまり帰宅しない父よりも信頼していた。
これまでも様々な相談や愚痴を話していたが、恋愛事は一度も話したことがなかった。それでも幼馴染なら良いアドバイスをしてくれるだろうと考えていた。
しかし話を聞いた幼馴染は酷く深刻そうな表情をして黙ってしまった。遠見が話しかけても返事は曖昧で要領を得なかった。予想していなかった沈黙に遠見は気まずくなった。
「〇〇は、好きな人とかいるの?」
会話のきっかけを探して聞いた質問に対して、幼馴染は縁美の顔を少しの間、黙ってジッと見ていた。そして遠見の手を握った。
「私、女の人が好きなんだ」
幼馴染の言い方は静かではあったが、一言一句に大きな決心と勇気が込められていることを遠見は察した。何かの冗談ではないことも感じ取れた。
普段からよく手を繋いで歩いている親密さだった。今手を握られていることも平静なら何も気にならないものだったが、この瞬間に感じる相手の手の感触からは親友の親しみや家族に向けるような愛だけでなく、何か他の熱が感じられた。
このタイミングで幼馴染がそれを告げた意味を、遠見は理解した。




