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能力者戦争  作者: 豆腐
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第59話-【第五章】王魁、平和を願う

 …暗闇の中、王魁はとある建物の廊下を歩いていた。目当ての部屋に立ち止まると扉を開ける。中に入るとそこはベッドしか置いてない簡素な部屋だった。ベッドには男が寝ていた。


 男の手足を縛りベッドに固定させてから数日が経つ。食事や排泄の世話はしているが心身の衰弱は避けられないだろう。


 男は起きていた。おそらくは王魁の足音が聞こえるまでは寝ていたのだろう。しかし今は緊張感を浮かばせた表情で王魁をギョロギョロと睨んでいる。


「…何しに来た…何をする気だ…」


 男は王魁を知っていた。意識が朧気なうちにここに連れ込まれて、監禁されてからも何度かここに観察に来ている。しかしこうして部屋の中に入ってきたのは初めてだ。


「人に何でも命令できる能力というのは便利でな。土地や建物を持っている奴を操れば簡単に隠れ家を用意できるし、そこにこうして監禁部屋を作ることもできる。ところでどうだ?やはり記憶は戻らないか?女子高生を撃った時の記憶をわずかでも思い出したことはあったか?」


 縛られている男は警察官だった。しかし今や公権力も武器も失い、鍛えた腕力も意味が無い。何一つ抵抗することができない。


「知らない…。お前の言っている意味が分からない…」


「そうか。やはり操られていた時の記憶は、どれだけ時間が経っても決して思い出すことはないんだな。これは有益な情報だ」


「…何故俺をこんな目に合わせる?」


 それを聞いて王魁は男に近づき、仰向けの男の顔を真上から見下ろした。


「俺が人間だからだよ」


 部屋の小さな窓から入るわずかな月明かりが王魁の両目を微かに照らした。そこには温かみは無い。優しさが感じられない。憎しみや欲望も見えない。純粋な冷たさだけがあった。


「生物は他の生物の命を奪いながら生きている。それは食物連鎖であり生物の本能であり、世界の法則とも言える。それはいい。それはこの世の原則なんだ。ただ人間はもうちょっと我儘で残酷だ。あんたも分かるだろう」


 王魁の声は不気味なほどハッキリとした口調だった。まるで以前から何十回も考えていることを、そのまま口に出しているかのように一切の淀みが無かった。


「人は生きるためでなく肉を食うわけでなく生物を殺す。毛皮が欲しいから殺す。薬品を作る実験のために殺す。自分の利益だけのために殺す。人間は必要の無い殺しをする。大して意味のない命の侵害を行う。それは人間社会という世界においては今や原則だ。そして俺もまた人間だ。だから自分の利益のためだけに他の生物を殺す。好きなように扱う。俺にとって他の生物には人間も含まれる。だから何も悪いことをしていないあんたは、俺に操られて今こうしている」


 王魁は自分が着けていた腕時計を時刻が分かるように男に見せた。


「見えるか。今は午前0時五分、日付が変わったばかりだ。俺の『命令』は日付が変わった瞬間に効果が消える。最大で二十四時間しか効果が続かないわけだ。だから日付が変わってすぐに命令するのが一番効果的なんだ。…あんたが発砲した事実は他の警察官達を操って証拠を完全に消したし、長期休暇という扱いにしたから今も何の問題もない潔白の警察官だ。だからまだ価値がある。権力を使って人を捜索することができる。そのためにこの時まで大切に監禁していたんだからな」


「何でこんなことを…お前は何がしたいんだ…」


 男は咽び泣き出した。恐ろしかったのだ。自身が全く覚えていない記憶について言及されることが、そして理屈は分からないがまた自分が操られるだろうという予感が、たまらなく恐ろしかった。


 さらに恐ろしいのは目の前の青年が、何の落ち度も無いのに不条理に操られる自分を哀れむこともなければ、優位に立っていることの愉悦も感じていないということだった。ただこちらを道具としか思っていない。無機質な刃物を見ている目なのだ。


「俺が何をしたいかか?俺は…さっき言った人間の原則を変えたいんだよ。当たり前のように人間は悪意で人も動物も殺すだろう?戦争で、犯罪で、合法の範囲の中で、虐げたり奪ったり、悲しいほど人生を台無しにさせたり、どうしようもないほど尊厳を壊したりするだろう。そういうのを全部無くしてやるんだよ。だから俺は…」


 男の目がより黒くなる。より闇に近づいていく。


「…絶対者になる。そして全ての人間を操るという願いを叶えて世界を平和にする。…そのためのこの世界の最後の犠牲者の一人なんだ、お前は」


 そして『命令』は放たれ男の精神から自我が消えた。


 のちに死を迎えるその瞬間になっても、男の自我が帰ってくることはなかった。





 皆噛見の戦闘から十日程経ったある日、大導路は近くのスーパーで買い物をしていた。適当な食材を買い終えて帰宅する。


「おかえりなさい」


 家の中に入った大導路に声をかけてきたのは、遠見だった。


 死闘と逃亡の末に避難したあの日、一眠りして起きたあとはどちらも声を発さない沈黙の空間が続いたが、やがて遠見はおずおずと、ここに隠れ住んでもいいだろうかと相談してきた。


 仲間という関係を結んだ仲ではあったがチームは既に瓦解していた。リーダーだった誓囲は死亡し、安在も死んだ。美刻には仲間になる可能性があったが、彼女ももうこの世にいない。


 これ以上仲間を募る手段は無く、またあのような状況に陥ったため仲間を増やす気力も失せていた。


 大導路と遠見の二人だけになってしまった。


「居たいだけ、居ればいい」


 大導路はそう答えた。優しさというよりかは思考の放棄に近かった。


 お互い負傷を治療して休息を取り、日が経つうちに少しづつだが身体は癒えていった。誓囲に生命力を貸したことにより当初は絶え間ない疲労感に襲われていたが、それも時間の経過と共に解消された。


 …大導路は食材を冷蔵庫に入れると居間に座って人心地ついた。交代するように遠見が手を洗って料理の支度を始める。


 同棲してしばらくすると、遠見は控えめな態度で料理をさせてくれないかと願い出てきた。別に何もしなくていい、と答えたものの何かをしたいらしく、大導路も取り立てて反対しなかった。今では遠見が料理することを前提に食材を買い込んでいる。


 奇妙な同棲生活だったがそこに愛情は無かった。お互いが気安さと気まずさを混合した感情を持ちつつ、どうにか生活は保たれていた。


 出来上がった料理が食卓に乗り二人で食事を始めるが、その間も無言だった。大導路はもともと口数が少ない。遠見もまたそうだった。


 食後、大導路は無言のままDVDプレイヤーを起動して映画をセットする。再生して黙ったまま映画鑑賞を始める。上映が始まると、遠見は音を立てないように静かにコーヒーを二人分用意してテーブルに置く。


 傷ついた身体を癒すかのように、大導路は生き延びた以後、以前よりも多く映画を観ていた。毎日一本以上は見る。ヒューマンドラマ、コメディ、アクションを中心に見るが、一応遠見に遠慮してホラーは控えていた。


 遠見も何も言わず何も聞かず、黙ってコーヒーを飲みながら一緒に映画を観ていた。大導路にとって映画観賞は自身の癒しもであったが、同時に遠見の気晴らしになればと少なからず考えていた。口下手な大導路の拙い思いやりであり、遠見もそれには薄らと気づいていた。


 さらに一週間、二週間と二人は何事もなく過ごしていった。大導路の負傷は病院には掛からなかったので不安要素ではあったが、これも快方に向かっていた。

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