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能力者戦争  作者: 豆腐
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第57話-死地激戦 その⑤

 安在は誓囲の手を握っていた。そばでは遠見が泣きながら震えている。


 誓囲は意識を取り戻していた。しかしそれは吹き消える蝋燭が最後に見せる炎のようなものだと安在は察していた。


 安在は不思議と少し冷静だった。自分がここまでこれた理由、ここにいる意味をこの状況の中で考えていた。


 むしろこんな状況だからこそ考えなくてはいけないのかもしれない、そうも思っていた。


 あの時、噴上を殺した時、私もあの場で死んだのだろう。心はあそこに置いてきていた。それでも大導路が昨晩話してくれたことを聞いて、心は纏まりつつあった。


 結局噴上の思うとおりだった。私はこの戦いに生き残れるはずがない。


 しかし綺麗に気持ちの良い終わらせ方を選ぶことはできる。


 今、最善の選択を見つけなければならない。


「遠見さん。お願いがあるの」


 意を決した安在は切り出した。


「誓囲くん…私の言うことを信じて、聞いて欲しい」


 もはや意識も絶え絶えの誓囲が、覇気のない目ではあったがはっきりと安在を見た。





 大導路と美刻の決死の攻防もついに終わりが来た。


 飛び上がっている美刻の足を皆噛見が掴んだ。美刻が事態を理解して顔が引きつった頃にはもう、美刻は勢いよく空中を振り回されていた。


 皆噛見は渾身の振り回しののちに、床へ思い切り叩きつけた。破裂音のような粉砕音のような、とにかく不愉快な衝突音が室内に響き、音の中心で倒れている美刻が微かに震えたかと思うと、もう何も動かなくなった。


 決まる時は一瞬だった。皆噛見は数秒美刻を観察していたが、既に事切れたと判断すると大導路へ目線を向けた。


 大導路は死の予感を感じつつも、それでも正面から視線を受け止めた。強がりか、死に際も立派でありたいという見栄か。いずれにせよ大導路は構えていた。皆噛見が一歩近づいてくる。


 皆噛見が必殺の一撃を繰り出した。大導路は仁王立ちしたまま目を瞑った。


「ウオッ!?」


 皆噛見の動揺の一声を聞いて、大導路は目を開けた。いくらでも大導路に止めを刺せたはずの皆噛見は攻撃を止めていた。それどころか何も無い空に向かって腕を振っている。


「何だ!?何をしやがった?」


 皆噛見に異変が起きているらしく唐突に騒ぎ出す。しかしそれを見ている大導路にも何が起きているのか理解できなかった。


 不意に手を握られた感触がして横を見る。遠見がいつの間にか近づいて大導路の手を掴んでいた。


「大導路さん、私と一緒にこっちへ…!」


 大導路に話しかけつつも視線はまっすぐ皆噛見を見つめている。長い前髪の隙間から見える目は瞬き一つしていない。瞳孔が大きく開いているのが分かった。


「遠見…!君がやっているのか?何を…」


「視界の入れ替えを…この人の右目と左目の視界を入れ替えました…!十秒しか持ちません…急いで!」


 皆噛見が勢いよく拳を床に叩きつけた。大導路達を潰さんとした一撃だったが、それは見当違いの場所を叩いていた。


「俺の目にっ!何をしたっ!?」


 皆噛見が吠える。大導路は不鮮明な思考ながらも遠見の説明について考えた。


 遠見の言うとおりなら、皆噛見は右目で捉えていたものが左目に見えている。逆も同様だ。つまりそれは、それぞれの視界の端で捉えていたものが両目の視界の真ん中に映っていることになる。全く見えないより混乱する視界に違いない。


 遠見は大導路の手を引っ張って歩きながら、震えたか細い声で喋る。


「隠れなきゃ…隠れないと」


 大導路に呼びかけているようでもあり、自身に言いかけているようでもあった。


「待て…待ってくれ…安在は、安在は何をしているんだ…!」


 安在が暴れている皆噛見のもとへ歩み寄っていた。手に何も持っていない。完全な無防備だ。


 十秒という短い時間が過ぎ去り、皆噛見が眼前にいる新たな敵の姿を認めた。


「今のはお前か!?」


 皆噛見が放った爪の一撃が安在に直撃した。


「安在!」


 大導路が叫ぶ。誓囲と同じように爪は腹部に当たっていた。しかし安在は苦悶の表情を浮かべど負傷した様子が無かった。


 一番面食らったのは皆噛見だった。驚愕しつつももう一方の腕ですかさず二撃目を放った。横から振りかぶった拳の一撃、それは安在の側頭部を激しく打った。


 しかし安在は少しだけバランスを崩した程度の動きしかなかった。二、三歩移動したかと思うと、すぐに顔を上げて皆噛見をキッと睨む。


 どこからも血は流れておらず痣すらない。


 皆噛見の獣の顔に激情が走った。


「ウオオオオォォォォ!」


 咆哮し、全力の猛撃を安在に食らわした。安在の腕を、脚を、腹を、胸を、首をしたたかに打ち、裂き、刻もうとした。


 しかしいずれも手応えが無く、触れた感触もシリコンを叩いているような得体の知れない感触だった。


「なんだ!?お前は?」


 皆噛見は狼狽えた。その狼狽えぶりは大導路にも安在にとっても予想外だった。先程の視界の混乱を完全に忘却するほどに、皆噛見は冷静でなかった。


 戦うことそのものに無償の喜びを抱く皆噛見にとって、自分自身に『武力』が備わっていることは大前提だった。


 それが今や目の前の女子一人殺せない、無力で無様な獣でしかなかった。自分が貧弱な存在だと言われているかのようだった。能力を使用する前の虚弱な身体と何も変わらないと嘲られたような気分だった。


 本来の自分の身体が脳裏にちらついてしまう。非力で頼りない自分。激情に駆られて父親は殴れたが、それ以外の暴力は何も起こせなかったみすぼらしい自分。


 幻影を振り払うように皆噛見は首を勢いよく振ったあと、一気に下方へ身体を伸ばし安在の肩に噛み付いた。


 ライオンや熊より大きな生物の、牙を立てた全力の噛み付き。しかし安在の身体に牙を突き立てても皮膚の下へ牙は沈まなかった。満身の力を込めて噛み砕こうとするも叶わない。


「安在!」


 大導路が弱った声で呼びかけるが安在は反応しない。


「大導路さん、こっち!」


 遠見が力を込めて、歩みを止めかねない大導路を引っ張った。


 弱々しい大導路はろくに抵抗することもできず、引っ張られるまま二人はキッチンへ歩み寄った。キッチンの壁際に設置されている大型冷蔵庫のもとへ行く。


「いったい…どうするつもりなんだ…安在だけじゃ危険だ…」


 大導路の問いに答える代わりに遠見は冷蔵庫の扉を開けて、中の食材をどんどん床へ落とす。そして透明な棚板を手前にスライドさせてそれも外す。


「隠れるんです…じゃないと…安在さんは…もう…」


 混乱した要領を得ない言い方だったが、大導路は直観で理解した。以前、噴上との戦いで安在の能力を見ているからこその気づきだった。


 振り返って安在を見ると、苦しそうな表情で皆噛見の噛みつきに耐えていた。『吸収』で無力にできる力を超えてきているのか口からは一筋の血が流れていた。


 皆噛見もその様子に気づいているらしく今や大導路も遠見も完全に無視して、自身のアイデンティティーを奪いかねない目の前の女の止めをさそうとしていた。


 苦痛に歪む安在が一瞬チラリと大導路を見た。


 …その表情のどこかからそう感じるのかは分からない。目尻か口の形か、いずれも一見そうは見えないのだが…しかし大導路には笑っているように見えた。

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