第55話-死地激戦 その③
皆噛見の空気を引き裂くような右爪の横一閃の一撃が、大導路の身体へ向かってきた。回避は間に合わない。
大導路は咄嗟に爪が当たると予想できた腹部へ両手を持っていった。
爪が当たる瞬間に『方向』を起動する、生き延びるにはそれしかない。
猛牛の攻撃をさばく闘牛士の如く、腹部を守る両手に爪の感触が当たった瞬間、全神経を注いで『方向』を発動した。
真下へとエネルギーが転向し、皆噛見の腕がガクッと落ちた。爪が手ごと床にめり込む。
間一髪、奇跡の生還。しかし喜ぶ余裕は全く無かった。身体を落としながら皆噛見は、さらにもう片腕を繰り出してきた。
地面を走るように低空で向かってきた二撃目の一撃は、大導路の手前で真上へ跳ね上がった。コンクリートのように固めた拳による強烈なアッパーだった。
一撃目をかわすことができた際の筋肉と神経の弛緩が、大導路のミスを呼んだ。今一度両手に触れた瞬間に『方向』を発動させようと身構えるが、身体も意識も間に合わなかった。
固く握り締めたアッパーが腹部に衝突したのち『方向』によってアッパーのエネルギーを斜め下方に飛ばすまで、一秒程の時間差が生じた。
一秒、その一秒分のエネルギーは容赦無く大導路の身体に叩き込まれた。
「ぐぁっ!」
呻いて吐瀉を散らかしながら後方へ吹き飛んだ。テーブルに衝突して無様に転がる。
意識はあったが痛みと衝撃で朦朧としていた。ダメージを感じているのが心臓なのか他の内臓なのか、冷静な診断ができない。骨が痛く筋肉が呻いている。肋骨が折れたかヒビが入ったか、そんな予感がしていた。
激痛で動けない。たったの一撃で戦闘不能になったという事実が絶望と共に脳裏に押し寄せた。うつ伏せになりながら必死に顔を上げると、少し離れた所でこちらを見ている誓囲、安在、遠見の姿があった。三人とも顔に恐怖を貼り付けている。
戦闘続行の意志が湧き出ることもなく大導路は這いつくばりながら、どうにか皆噛見から遠ざかった。誓囲達も皆噛見を警戒しながらこちらへ駆け寄ってきた。
美刻が一人で皆噛見と戦っているのが音で分かるが、何も助力はできない。
誓囲は大導路のそばに屈むと、少しでも楽になるようにと大導路の身体を仰向けにした。
「大導路…!」
「すまない、失敗した…」
もう戦えない、とは言いたくなかったが、まだ戦えるとも言えなかった。そんな大導路の心境を察したのか、誓囲は震える声で話した。
「…美刻さんだけじゃ勝てない…。僕に提案がある。僕を信じてくれないか」
「信じる…?」
「そう。もう一度『信頼』を使う。安在さんと遠見さんも、貸していた生命力を僕に返したうえで今度は僕に生命力を貸して欲しい」
そばの安在と遠見にも呼びかける。大導路は誓囲の言葉を咀嚼し、意味を理解した。
「貸し借り…自分に生命力を集める気か…?」
大導路が聞くと、誓囲は恐怖と戦っているかのような、勇ましさと恐怖を二分したような表情で頷いた。
「他に打つ手は無さそうだ」
震えてはいたが、毅然とした答えだった。
※
…自分は一体何者なのだろう、と誓囲誓人は子供の頃からことある度に考えていた。
自分が親から愛されていないのは家督を継ぐような立場ではない三男ゆえか、それとも兄達と比べて突出した能力を見せることができなかったからか。
家族の中で浮いている、という自覚が自己の存在理由を不安定にさせた。何者かになりたかった。誰かに求められる存在に、誰かを助けられる存在に。
誰かと強い関わりが無い人間は、死んでいるも同然だ。そう考えるようになっていた。
戦いに呼び出されて、絶対者から殺す殺さないと説明を受けた時、戦慄を覚える一方でここに自分の存在意義があるようにも感じられた。
戦いたくないと思っている者を守ることができれば…誰かの居場所を作ることができれば。
自分の望む存在にこの戦いを通してなれるかもしれない。そんな気がしていた。
※
なかなか致命打を与えられないことにイラつきを感じつつも、皆噛見は美刻に次々と攻撃を繰り出していた。
ふと背後からの気配を感じ美刻に注意を払いつつ後ろを見る。何もいない。少し離れた所に戦闘不能になったと思しき大導路と介抱している女子達がいるだけだ。
いや、おかしい。あの男がいない。
気づいた時には既に誓囲が懐に潜っていた。
鋭い痛みが身体を走った。誓囲が掴んでいたテーブルの折れた脚を皆噛見の腹部に突き立てたのだ。
追い払うように腕を振る。誓囲は難なく避けて距離を開けた。その間に美刻が皆噛見に飛びかかり、身体に突き刺さっていたナイフを握ってさらに奥に刺さるよう押し込めた。
「ウオオオオッ!」
全身を振るって美刻を落とし、落ちた隙を狙って蹴りを放とうとするが、再び近づいてくる誓囲の気配を感じて諦める。
二人の強力な体術使いに囲まれて怪物・皆噛見も防戦の構えにならざるを得なかった。
その様子を見ていた大導路は呆気に取られる。
誓囲の動きは、これまで抱いていた大人しいイメージとは相反する迅速で攻撃的なものだった。
先程、大導路と安在と遠見は誓囲に生命力を返したうえで自身の生命力を貸した。『信頼』は信頼関係にある相手と生命力を『貸し借り』できる能力である。借りるだけでなく貸すこともできる。
自身の生命力の一部を取り戻したことに加えて三人分の生命力を借りた誓囲の身体能力は、トップアスリートのそれを容易に超えていた。単純な基礎能力は全人類中で至高の状態となっていた。




