第54話-死地激戦 その②
皆噛見が振り下ろした爪の一撃を美刻は華麗に避けた。皆噛見はすかさず下ろした腕を横に薙いで追撃を放つ。
しかしこれにも美刻は恐るべき反射神経を見せた。迫ってきた腕を真上に跳んで避けて、さらに皆噛見の太腕に乗ると、肩の付け根まで一気に駆け上がった。
「オラッ!」
気合と共に放った膝蹴りは皆噛見のこめかみに一撃を食らわした。直撃だったが皆噛見に怯んだ様子は無い。顔に近づいた蚊を払うような仕草で腕を振る。美刻はそれもまた避けて俊敏に後退した。
美刻の動きが速すぎる、とそばで見ていて大導路は思った。運動神経が良さそうな体格はしているが、それにしても精度が高すぎる。
恐らくあれはそういう能力…体術の向上か反射神経の上昇といったあたりか、と大導路は見当をつけた。
一方で大導路自身は何も行えないでいた。相手を観察し、隙を見て奇襲したかったが皆噛見には隙がろくにない。猛獣の如き巨体と攻撃力、そして速さと反射神経。攻撃する手段が見つかっていなかった。
皆噛見には素手での攻撃は全く効かないだろうという予想できた。実際に美刻の蹴りは通用していない。
そこで一つの狙いが浮かんだ。眼鏡が落とした蒼刃は誓囲が今も持っている。
美刻が大導路のそばに来た時に、限られた時間の中で簡潔に伝えた。
「俺が刺す」
あまりに短いメッセージだったが、美刻は理解した。
「よし。私が隙を作る。一瞬でいいからアイツを注目させろ」
即答して、再び挑発的に皆噛見へ詰め寄った。
大導路は皆噛見に悟られないように誓囲へと近づく。
「誓囲、蒼刃を…」
「あ、ああ」
安在や遠見と共に、テーブルやソファーの後ろに回って皆噛見との距離を開けていた誓囲は慌てつつも蒼刃を手渡した。
異界が能力を解除したらしく、今ではスマートフォンではなく蒼刃の鞘にはっきりと見えていた。
大導路は蒼刃を握り締めて皆噛見を睨む。あとは奴の頭部か心臓を刺すだけ。皆噛見の身長を考えると頭部は難しいので、狙いを心臓に定めた。
皆噛見の豪快な足蹴りの一撃を美刻は寸前で避けた。代わりに激突したテーブルがサッカーボールのように吹っ飛んで天井にぶつかった。
宙に舞ったテーブルに皆噛見が噛み付いて、牙で捕らえたままブンブンと振り回し始める。暴風のような凶悪な力強さを放っている。
口を開けて美刻に向けてテーブルを放つが、美刻はこれも跳躍して避けた。一部が噛み砕かれて無残な形になったテーブルが床をバウンドする。
美刻はさらに後ろへ何度も跳び、後方を見ないままリビング端にあるオープンキッチンの調理テーブルを飛び越えた。屈んで身を隠したかと思うとすぐに立ち上がる。手に何かを握っていた。ナイフやフォークだった。
「オラ!」
美刻は振りかぶってそれらを投擲した。しかし何故かナイフもフォークも皆噛見に向かわず、向かうどころか投擲したその場の空中で静止した。
明らかに異常な事象に、大導路は目を奪われたがそれは皆噛見も同様だった。しかし皆噛見はすぐに攻撃を再開して、美刻へ近づくと引き裂くように爪を上から下へ振り下ろす。美刻はまた飛び退いて距離を開けた。ナイフとフォークは依然として宙に浮いている。
美刻はさらに、隙を見てはキッチンに入って包丁やキッチンバサミを掴むと皆噛見へ向けて投げた。それらはいずれも空中で静止する。
この事象を最も警戒しているのは、当然皆噛見だった。
見たままのとおり『物体を空中に固定する能力』に見えたが、それでは美刻の異常な運動神経の説明がつかない。あるいは美刻の運動神経は本来の身体能力であるという可能性もあるが、いずれにせよこの局面で物体を空中に固定させた真意が掴めない。
浮いているナイフ達を叩き落とさないのは、触れることで何らかの能力が発動するのを恐れているからだった。
意識のほとんどを美刻に向けている皆噛見を見て、大導路は手を後ろにやって鞘を隠した状態で勝機を伺っていた。
ここだ、とひらめいた次の瞬間、わざと大きく足音を出しながらあえて目立つように皆噛見へ詰め寄った。
皆噛見はすぐに大導路に反応して爪を向けるが、それが大導路の狙いであり美刻もそれに気づいた。
一瞬だけでも皆噛見を注目させる、美刻にとってはそれで十分だった。
美刻はすぐさま駆け回って、空中に浮いていたナイフ達をチョンチョンと指先で触っていった。触れられた瞬間ナイフ達は動き出した。それも高速で飛び出し、全てが進行方向上にいる皆噛見へと向かった。
大導路に意識を向けていた皆噛見にとっては完全に不意打ちになった。背中や肩に深く突き刺さる。
「ぐっ!」
思わず呻いた。皆噛見が驚いたのは突然の不意打ちだけではない。ナイフ達の一本一本の威力の高さである。
女の投擲による威力ではない。明らかに何らかの仕掛けがある。
敵能力の考察により生まれた隙を大導路は見逃さなかった。今しかない。
一気に前進し、あと一、二歩で懐に入れるというタイミングで蒼刃を身体の前に出して青い刃を出した。
「!!」
皆噛見が慌てて迎撃しようとした時には、既に大導路は懐に入り込んでいた。
蒼刃の一撃、的確に胸を貫けば勝てる。そう感じていた。
その時突如、皆噛見は口を瞬時に膨らました。異変に大導路が気づいた時には皆噛見は下方へ勢いよく何かを吹き出した。
呼気だけではない。噛み砕いていた家具の欠片、木材の切れ端が大量に大導路へ飛んできた。
思わず両手で顔を覆う。顔や目に降りかかる木材を防御したことは生物的な本能であり、至極自然な動きであった。
しかし現実的には、怪物・皆噛見に対して大導路はあまりに無防備な体勢を取っていた。




