第53話-死地激戦
痩身…改め皆噛見の巨大化した身体に隠れた異界は、そのまま踵を返して大扉を開けて下階段へと走り、姿を消した。
「誓囲!安在さんと遠見さんを見ていてくれ!」
大導路が叫ぶ。非常事態ゆえ、もはや本名を隠す余裕は無い。
「どうする気だ!?」
「戦うしかない!」
異界という男が逃げた今、目の前のこの怪物を倒せば状況は好転する。籠城計画を継続させることができるかもしれない。
そう考えた最中、皆噛見が大きく咆哮した。獣のような、甲高く、図太く、大きく響く声だった。
戦闘の覚悟を済ませていた大導路だったが、唐突にくらった咆哮で思わず身体がすくんだ。虎かライオンを彷彿とさせる咆哮だったが、眼前にいる敵はそんな動物よりもっと深刻な相手だった。
大導路の見せたわずかな隙を全く逃さず、皆噛見は飛びかかった。熊の如き尖った爪を突き出して突進する。狙いは大導路の眉間だった。
しまった、と思って両手でガードしようとするが、間に合わない。
額を貫かれる、と恐怖の予感を覚えた直後、大導路の身体は横に吹っ飛ばされた。何かが横から衝突してきて、それをもろにくらって突き飛ばされたのだ。
倒れつつ自分がいた場所に向き直ると、そこには短髪女が立っていた。
「簡単に殺られるなよ!」
怒号めいた喝を入れてくる。
「さっきのこいつらの会話、聞こえていただろ!私達を皆殺しにするって算段だ。自分達の能力と顔を隠すためにな!」
短髪女と怪物・皆噛見の目が合うが、短髪女は一切臆さない。
「殺られるくらいなら殺るしかない!アンタもそうだろ!」
自分には人を殺める意志が無い、などと悠長なことを言える状況では無いことは大導路は十分理解していた。そもそも不殺を意識した手加減など必要そうな相手ではない。全力で戦うまでだ。
「協力してくれるのか」
立ち上がって短髪女に聞く。
「今は共闘するしかねーだろ!」
皆噛見から目を離さずに答える。
「ありがとう。えーっと…」
「美刻だ!」
言うやいなや短髪女…改め美刻は横に跳んだ。美刻の動きに合わせて皆噛見も視線を動かす。美刻は誓囲、安在、遠見から遠ざかるように皆噛見を誘導したのだ。
「よし」
小さく気合いの一声を出して、大導路も死の領域に踏み入れた。
※
…時刻は遡り、配信者・誓囲の生配信が終了した直後。
観終えた王魁は面白そうにニヤついていた。
「面白いこと考える奴もいるもんだ。下手すると一生モノになるかもしれない非戦闘同盟とはな」
「脅威になりそうか?」
怪物姿のままの巨体の皆噛見が聞いてくる。王魁は即答した。
「こいつの狙い通りに事が運ぶなら、まず間違いなく脅威になるな」
誓囲への高評価に皆噛見は訝しげな表情をする。
「いやにこいつのことを買ってるんだな」
「こいつの言うとおり、非戦だろうが何だろうが五人も六人も徒党を組んだら完全なる脅威だ。こっちも同数かそれ以上の勢力で攻めない限り勝率は五分を超えない。こいつの勢力が七、八人を超えてくるようなら打つ手は無しというところか。残りの能力者で同等以上の勢力を組むのはかなり絶望的だからな」
「しかしこいつの言うことは理想論めいてないか。そんな簡単に同盟を組めるものか」
「もちろん簡単じゃないさ。しかし顔出しまでしているわけだしある程度の勝算はあるんだろう。自身の能力の性質を鑑みてこの計画を思いついた可能性も高いしな…。さてどうしたものかな」
王魁は近くで座っている異界の顔を見る。
「異界、お前こいつと接触してくれないか」
「…僕がか?」
「お前がこいつに接触して上手く計画を瓦解させて欲しい。手段は問わない。第一優先は計画の瓦解だが、できればこいつも殺したい。お前の『幻想』は相手を騙して懐に潜り込むことに向いていると思うんだが、どうだ?」
異界は眼鏡を指で上げる。
「人使いが荒いな。僕は別に君の部下じゃないぞ」
「もちろん同志さ。同盟のな。だが適材適所という考えで言えばお前が一番だ。人材が必要ならこっちで用意してやるよ。お前の手腕と能力で何もかもご破産にしてやってくれないか」
「…こいつが邪魔なのは明らかだ。君にとっても僕にとっても。何よりこの戦いにおいて平和に仲良く生きようという考え方は不愉快だ」
そう言うと立ち上がった。
「いいだろう、殺してやるよ。ただ君の協力はいらない」
「一人で挑む気か?」
「適当な人材を自分で用意する。金さえ払えば何でもやってくれる奴はこの世にいくらでもいる」
「修羅場になった時のために皆噛見を借りてもいいぞ」
「おい」
王魁の顔を覗き込む異界の表情と声質は、酷く黒ずんでいる印象を相手に与える得体の知れない不愉快さが多大に込められていた。
「それは僕が失敗するかもしれないから、保険で皆噛見を用意するということか?僕が失敗すると考えていやがるということか?お前は僕を舐めているのか?舐めているというんだな?お前、僕を侮っているのか?」
「異界」
そばに立っている皆噛見が鋭い爪を異界に向ける。
「そこまでだ。下手なことをするなよ」
「僕に命令するな。薄汚い畜生面が」
皆噛見が静かに手を振り上げた。
「やめろ」
王魁が二人を制止する。『命令』は能力者に効かないので使用していないが、それでも王魁の放つ凄みが二人の殺意を押し留めた。
「異界、不愉快に思ったならすまなかった。別にお前の失敗を考えているわけじゃない。使えるなら皆噛見でも他の人間でも何でも使ってくれという意味で言ったんだ。こちらの助力が全く必要ないと言うのなら、それはそれで構わない」
「…必要なものは全て自分で調達する。まぁ望みどおりの結果を見せてやるよ」
そう言って異界は二人の元から去って行った。
※
下階段を降りて玄関に向かっている異界は思い出していた。あの時、王魁は言葉では陳謝していたが、おそらくあの時点で皆噛見の潜伏を決めていたのだろう。
嘘をつかれたという怒りと、王魁の読みが当たっていたことについての王魁への敬意、そして失敗した屈辱が混じって異界の思考は混沌としていた。
王魁は自分を舐めたのではない。ただ客観的に冷静に戦況を分析して、異界が失敗する確率は十分にあると踏んで淡々と戦力を追加したのだ。
事実、失敗した。適当な無職を一人雇って、とにかく流れに身を任せたあとは適当なタイミングでトイレの個室に入れと依頼していた。金髪は終始、空想好きが集まった屋内ゲームか何かだと思っていたのだろう。金髪に何も気づかせないまま殺し、全員を疑心暗鬼にさせて配信者の計画は潰した。
しかし正体はバレて命を取られかねない状況に陥った。完全な失敗だ。配信者は殺せなかったし、皆噛見が助太刀しなければ籠城計画が復活する可能性もあっただろう。
王魁には舐められてもいないし過小評価もされていない。ただ冷静に異界の実力はこんなものだと分析して、そしてその読みは当たっていたということだ。
異界は歯噛みした。もはやこの建物からの脱出を阻む者は誰一人いなかったが、足を止めて見上げた。
上階では今まさに皆噛見が死闘を繰り広げようとしている。
唇を噛みすぎて血が一筋、顎を伝う。
このまま逃げたら本当の負け犬か。何より永遠に自分自身を矮小な人間だと思い続けてしまいそうな、そんな気がした。




