第52話-真犯人、そして
大導路はさりげなく安在の方を見た。視線に気づいて安在はハッとする。
「わ、私がやるわ。この際何でもいいから疑いは晴らしたいし」
所持品検査をする流れを作りつつ、自身の持ち物をテーブルに置いた。ハンカチとスマートフォンだった。大導路はそれも写真に撮り、皆に見せる。ありのままのハンカチとスマートフォンだった。
「くだらねー。こんなの茶番だ」
短髪女が吐き捨てるように言うが、そういう態度も大導路は予想済だ。
「そう思ってるなら別に撮られても支障無いだろう。君の所持品を撮らしてくれ」
「ふざけんじゃねーよ。何でお前の指図を受けなきゃいけないんだ」
「断るなら、君が真犯人ということになるぞ」
「ああ?」
短髪女が爆発寸前の表情と声で大導路を威圧した。負けじと大導路も睨み返す。あと一歩、もう一歩で状況が変わるんだ、と自分を鼓舞していた。
短髪女は素早くポケットに手を突っ込むとスマートフォンを取り出し、壊れるのではないかという勢いでテーブルに叩きつけた。
「それだけか?」
「まだだよ」
そう言うと右脚を上げて手で靴をいじり出す。靴と靴底の隙間に指が入ったかと思えば、そこから銀色の物体を取り出した。小さいがナイフだった。
「…そんな所に武器をしまいこんでいたのか」
「丸腰でこんな集まりに参加すると本気で思っていたのか?金髪野郎はお前の言い分だと絞殺なんだからナイフ持っていても問題ねーだろ?それよりも…」
ヒュ、という風切音を出してナイフを投げつけた。狙いは人間ではない。テーブルにナイフが突き刺さった。
「もし私の所持品が何の問題も無くて私が犯人じゃないと分かったら、その瞬間にこのナイフでお前の喉を突き刺す。いいな?」
「いや、全員の所持品を検査し終えたらだ。全員問題がなかったと分かったら好きにしてくれ」
もはや後には引けなくなったが、どのみちこんな奇想天外な推理を披露した時点で後には引けないのだ。
それに大導路はこの賭けに勝てる、という勝機を感じていた。
短髪女の所持品を撮り、それを皆に見せる。ナイフとスマートフォンが写っていた。
「次は君だ」
大導路は眼鏡を見る。
「…」
眼鏡は先程から声を発していなかったが、ようやく喋り出す。
「…僕がトイレから戻ってきた時、ちょうどリビングから出てきた金髪とすれ違った。それは見ていただろう。僕が金髪に変装しようがない」
「金髪としてリビングを出た直後に変装を解除してすぐに戻ってきたのかもしれない。君達の姿を同時に見たわけじゃない。可能性はいくらでもある」
「…」
「所持品を全部、出してくれ」
「出しちまえよ。とっとと全員出してその後でこの妄想野郎を殺そうぜ」
短髪女の不穏ではあるが追い風とも取れる発言によって、所持品検査を拒否する空気感が失せた。眼鏡は一度小さくため息を吐いて言った。
「僕もスマートフォンしか持っていない。出せばいいんだな?」
ポケットからスマートフォンを抜き出したところで、手が滑ったのか落とした。スマートフォンは床を滑って大導路の近くまで転がってくる。
「おっと。僕が拾う」
眼鏡はそう言って大導路にわずかに近づき、屈んでスマートフォンに手を伸ばした。
その時、眼鏡の目つきが獣の如く不敵に鋭くなったことに、誰も気づけなかった。眼鏡を見下ろすかたちになっている大導路も当然気づけず、警戒はしていたがほとんど無防備だった。
スマートフォンを取った瞬間に動く、この瞬間しかない。眼鏡は思考を行動に移そうとしていた。その時だった。
「それです!」
大声がリビングに響いた。遠見だった。
「それはスマートフォンじゃない!蒼刃です!」
眼鏡は遠見が何を言っているのか最初理解できなかった。しかしすぐにある事実に気づく。
切り札はカメラじゃない。能力か。
遠見の『視界』はそれぞれの所持品を、その所有者の目を通して見ていた。
遠見が今、眼鏡の視界を通して見ている物はスマートフォンではなかった。
蒼刃である。
眼鏡はなりふり構わない態度で蒼刃を掴もうとした。しかし間一髪のところで大導路が蒼刃を蹴り、蒼刃は床を滑って誓囲の足にぶつかった。
「誓囲、それを拾ってくれ!」
状況を完全に追い切れていないものの、誓囲は慌てて足元の物体を拾う。誓囲にとっても皆にとっても、それは紛れもなくスマートフォンに見えている。しかし拾った誓囲は不審そうに眉をひそめた。
「何だこれ…。見た目と感触が…形も…全然違うぞ」
「誓囲、それを握って何でもいいから敵意を抱いてくれ!蒼刃を使う時と同じようにだ!」
言われた誓囲は握っている物を睨む。次の瞬間、スマートフォンにしか見えないその物体の端から青い光がほとばしった。
「これは…蒼刃の刃だ!」
誓囲が叫んだ瞬間、眼鏡が身体を起こすと同時に近くのテーブルを勢いよく蹴った。大導路や遠見が怯んだ隙に大扉に向かって走り出す。
「おい!」
短髪女の怒声を無視して駆け続ける。隙を突いた、逃げられるはずだ。眼鏡がそう思った矢先にガクッと身体が止まった。腕を掴まれたのだ。
掴んでいたのは、痩身だった。
「よし!そのまま捕まえてくれ!」
大導路が呼びかける。痩身の貧弱そうな身体で取り押さえるのは難しい気はしたが、数秒でも捕らえてくれればいい。急いで且つ慎重に大導路は眼鏡に近づいた。
しかし唐突に痩身が喋り出したことで、何か様子がおかしいことに気づいて足を止めた。
「作戦は一部変更だな。だが中止にはしない」
痩身が一体誰に話しかけているのか、大導路には分からなかった。
「…何だ。何のつもりだ。何を言っている」
眼鏡もまた同様のようで、混乱と不審が混ざった目つきで痩身を睨んでいる。
「全員始末すれば、問題はないということだ」
痩身の不穏な発言に、全員の時が止まった。最初に反応を見せたのは、眼鏡だった。
「お前、まさか…」
「失敗したな、異界」
痩身がその名を言うと、眼鏡…本名・異界は新たな事実に気づいた。
「お前、来ていたのか…。それがお前の姿か」
痩身と眼鏡のやりとりを聞いた時、大導路は恐ろしい真実を理解した。
その可能性が全く無いとは思っていなかったが、しかし遠見からの情報を聞いて可能性は限りなく薄いと踏んでいた。
思わせぶりな目配せを送っている者はいない。遠見のその分析により真犯人は一人であり複数犯ではないという推測をしていた。
しかし可能性を一つ見落としていた。もし敵達が意志の疎通を図れるような関係じゃなかったら?仲間はいても、当事者自身がそれに気づいていなかったら?
最も不運な可能性に直面していた。
「あとは俺に任せることだな」
痩身が言い放ち、大導路達を見回した。宣戦布告のような発言をした後にビクッと大きく身体を震わした。
何かの発作かと思わせるような動きだったが、身体が膨れていることに大導路が気づいた時、これは能力の片鱗だと感づいた。
バキバキと骨が折れるような音が聞こえてきたかと思うと、両肩が身体から一気に盛り上がった。脱臼のように見えたが、すぐに肩に合わせて腕も膨らみ、そして伸びた。
見る見るうちに痩身の身体は倍以上に大きくなり、肌から不気味なほど長く黒い体毛が溢れ出た。
ほんの数秒のうちに目の前には獣、いや怪物が立っていた。




