第51話-『I』の『幻想』
「…死体じゃなくてこの画像が加工されたものって可能性があるじゃねーかよ」
短髪女が依然噛み付いてくる。
「疑うなら、死体を見に行って首を触ればいい。あるいは自前のスマートフォンで撮影すればいい。俺と同じ結果になるはずだ。だからここはひとまずこの写っているものが事実という前提で考えてもらいたい」
「じゃあよ、それが事実だとしてもその男の能力による偽装って可能性もあるわけだよなぁ。じゃあ結局コイツが怪しいのは変わらねぇんじゃねーのか」
「そのとおりだ。しかし誰が能力の使用者か分からない以上、全員が等しく可能性があると思っている」
「全員が容疑者ってか。舐めたこと言うなオイ」
苛立つ短髪女。痩身が別の角度から反論する。
「金髪は一度トイレから戻ってきたあと、またリビングを出て行った。そして次見た時にはトイレで死んでいた。金髪が出て行ってからリビングを離れていない奴は犯人になり得ないだろう。全員を容疑者とするのはおかしい」
言いながら誓囲と大導路を指差す。
「そうだ!金髪がリビングから出た後に部屋を出たテメーらが一番怪しいんじゃねーか。煙に巻いてんじゃねえ!」
「…一度リビングに戻ってきたのは本当に金髪だっただろうか?」
大導路が提示する新たな疑問に一同は眉を寄せる。
「それはどういう意味だ?」
誓囲が聞く。
「『他人の視覚を騙す能力』は人間の身体の見た目を変えることができる。それならば自分の姿を全く他人の姿に見せることもできるんじゃないだろうか」
「一度戻ってきた金髪は別の人間だったと言いたいのか…?」
「俺はあの時、一度戻ってきた金髪を見ていたが何か様子が変わっていた。軽そうな態度が一転して神妙な顔つきになっていた。それを思い出した時にこの可能性に気づいたんだ」
「妄想もそこまで及ぶと全く笑えねーな」
短髪女が苛立ちと呆れと侮蔑を混ぜた表情で見てくる。しかし大導路は揺らがなかった。
「真犯人は能力を使用して変装することができた。この仮定で考えれば俺や彼だけでなく、誰しもがトイレで金髪を絞殺するチャンスがあったんじゃないだろうか」
「つまり金髪の人は最初にトイレに行った時点で殺されてて、一度リビングに戻ってきた人は別人ってこと?」
安在が聞く。味方の安在にとっても大導路の説明は新説すぎて容易には受け入れがたかった。
「俺はそう思っている。それを行った理由は配信者が最も犯人の可能性が高いと皆に思わせたかったからだ。金髪がリビングに戻ってこなければ家主である彼が探しに行く可能性が高いと思ったからだ。そして実際に彼が探しに行って金髪の死体を発見した」
大導路は誓囲を指差しながら毅然と答えた。
※
…こいつは何なんだ?と大導路を見て犯人は思った。
ここまで上手く全員を騙せていたというのに、自分にとって最良の状況を一瞬にして覆してきた。
ここまでの配信者を擁護する発言を聞く限り、こいつが配信者とグルである可能性は高いと思っていたが、それを今更指摘しても流れを変えられるかは怪しい。『幻想』を見破られたのだ。全員の注目は既にそこに移っている。
絞殺した際の凶器の紐はトイレに流して処分したので見つかることは無く、そこから犯人を特定されることはない。しかしこの男は凶器とは無関係に犯人を特定させる方法を考えついたようだ。
この男の洞察力は明らかに脅威だ、殺さなくては…。不意打ちで殺せば周りが驚いている間に逃げる隙はあるはずだ。
こいつは、この場で殺す。
犯人の漆黒の意志を悟った者は、まだいない。
※
「ていうか絞殺って言うけどよ、金髪だって能力者なんだろ。ふざけてそうな奴だったけど最低限の警戒はするはずだろうが。何で易々と首絞められてんだよ。そんな無警戒の奴が運良くいたから殺人を実行できたってのも虫のいい話なんじゃねーか」
「…金髪は警戒心が薄かったんじゃない。まるで無かったんだ。何故なら彼は能力者じゃなかったから」
金髪の疑問に大導路が返す。一同、ポカンとして大導路を見ていた。誓囲でさえ大導路の言い分を飲み込めていなかった。
「おめー何を言ってんだ?」
最初に突っかかってきたのはやはり短髪女だった。
「ここに来る前に全員で紅針盤を見たじゃねーか。私の表示はしっかり八人全員が能力者であることを示していた」
「…説明するうえで、一つ告白しないといけないことがある。僕と彼女は仲間だ。共闘している」
遠見を指差しながら言った。短髪女は「なにっ…!?」と明らかに混乱している。誓囲と安在も動揺を全く隠せていなかった。事前に知らされていた遠見は、覚悟したようにうつむいて黙っている。
「彼女の能力は『他人の視界を見る能力』だ。皆が何を見ているか、何に注意を払っているかを確認して欲しいと僕は頼んでいた。だから全員で紅針盤を起動した時に、彼女は全員の紅針盤をその使用者自身の視界で覗いたんだ。その時に表示が違う者が一人いた。急なことだったのでその者が誰かは分からなかったが、その者の紅針盤だけ七人分しか表示されていなかったんだ」
「それってどういうこと?その人の紅針盤だけ表示がおかしかったってこと?」
安在の質問に大導路は首を横に振る。
「そうじゃない、逆だよ。その者以外の俺達の紅針盤の表示がおかしかったんだ。能力によって事実と違うものを見せられていた…」
「事実と違う…七人という事実、ということか?」
新たな展開により思考力を取り戻しつつある誓囲が聞く。
「そうだ。俺達の紅針盤も本来は七人分の表示がされていたはずなんだ。しかし『他人の視覚を騙す能力』を受けて表示が八人に見えるよう変えられていた。使用した犯人は自身の紅針盤に能力を使う意味が無い。だからありのままの七人分の表示になっていて、それを彼女が見たんだ。金髪だけ紅針盤を使用しなかったのは、彼がそもそも能力者じゃないからだ。だから彼は簡単に殺されてしまった。自分が殺されるかも、ということは微塵も考えていなかったんだ」
「何で能力者じゃない奴がこの場に来ているんだ?配信者であるこの男と連絡が取れたのは能力者だけだろう」
痩身が指摘してくる。
「おそらくだが、金髪は真犯人に雇われた人間じゃないだろうか」
「雇われた?」
「配信者のメールアドレスを教えれば誰でも連絡することはできる。彼は適当な説明をされて今日ここに参加しただけの、おそらく金で雇われただけの一般人だ。本人はイベントのエキストラか何かだと考えていたのかもしれないが、真犯人が金髪を雇った理由は当然殺すためだ。簡単に殺せる奴を一人紛れ込ませとけば、どんな場所に集まろうがわりと楽に殺人を実行できる。殺人さえ行えば籠城計画は瓦解するし召集した彼が最も疑わしい容疑者になる」
短髪女がテーブルを拳で思い切り叩く。
「いい加減にしろよ!そんなの全部妄想じゃねーか!その女の能力が『他人の視界を見る能力』であることは、ただのお前の言い分でしかない!」
「たしかに『他人の視覚を騙す能力』は状況証拠的に事実かもしれないが『他人の視界を見れる能力』は何の証拠も無い。紅針盤の表示が偽装されていたことも想像だし、それを前提として金髪が一般人と推理するのも完全に想像だ」
短髪女に同調して痩身も異を唱える。複数人が遠見の能力の話をしているゆえか、遠見はどこか居心地が悪そうだった。
「…『他人の視界を見る能力』の立証はできなくはない。だがそれをやるよりもっと早く事態を把握する術がある。誓囲、ポケットの中の物を全部出してくれ」
「えっ?」
突然の指名に驚く誓囲だったが、大導路は意に介さずさらに促す。
「いいから全部出すんだ」
「わ、分かった」
大導路がポケットからスマートフォンを取り出す。
「これ以外は持っていない。トイレでも所持品検査はしただろう」
「そうだったな。じゃあそれをテーブルの上に置いてくれ」
誓囲は言うとおりにしてテーブルに置く。大導路は自分のスマートフォンを取り出す。
「何をする気だよ?」
突っ込む短髪女に大導路が説明をする。
「『他人の視覚を騙す能力』は俺の推理で言えば紅針盤の表示をを騙すことができる。それならば自身の所持品も偽装できるということだ」
スマートフォンのカメラアプリを起動する。
「他人を簡単に騙せる能力を持ちながら、素直に指示どおりに蒼刃をしまうだろうか?もし俺が同じ立場だったらそうはしないだろう。簡単にやれるはずなんだ。スマートフォンか何かを蒼刃の鞘に見えるように全員の視覚を騙して金庫にしまい、一方で蒼刃を持っていても怪しまれない物に偽装して所持するなんてことは…」
そう言ってカシャッという音をスマートフォンから出した。全員に見えるように画面をかざす。
そこにはテーブルの上に乗っている、ごく普通のスマートフォンが写っていた。
「これは紛れもなくスマートフォンだ。次、誰か協力してくれ」




