第49話-遠見の気づき
一同がリビングに戻ると、先に戻っていた安在と遠見が大人しく座っていた。全員集まるが先程と比べて明らかに距離を取って座り始める。
もはや関係の修復は不可能だった。
「で、どうすんだよ」
短髪女が大導路を睨んで聞いてくる。
「お前が殺し合いはまっぴらだってんなら、この後どう動いてこの状況を終わらせるのか提案しろ」
主催者である誓囲は今や容疑者扱いされているので発言権は無い。そもそも精気を失っており何かを提案できるような状態ではなかった。
「全員、何事もなくここを脱出する案を考えたい」
大導路が答える。
「そりゃつまり、あんだけ御託を並べて状況解決の良い案は今は無いってことかい」
短髪女が挑発するが、大導路には喧嘩を買う気はない。
「俺が今案を出したところで、それを皆は素直に賛成しないだろう。可能であれば全員、でなくても多数が賛成できる脱出案でここを出たい。それで解散だ。誰もこれ以上命を失うリスク無しに今日を終わらせられる」
「…随分、消極的な姿勢だな」
眼鏡が依然として冷たい目つきで大導路を見る。
「僕達を貶めようとしたこの男に、何の制裁も無く去ろうというのだからな」
「…君こそ、生き延びたいという理由でここに集まったわりには、かなり好戦的な性格のようだな」
眼鏡は何も言わず鼻をフンと鳴らす。
「ソイツに目隠しさせたあと、紐かなんかで雁字搦めにしてから私達全員で出ればいいんじゃねーの」
短髪女が提案するが、眼鏡が首を横に振る。
「どれだけ拘束しても、そいつが任意のタイミングで能力を発動できるなら意味は無い」
大導路からしてみれば、短髪女が戦わずに解散する方へ意志が向いているだけ先程よりも状況が良くなっていると思えた。一方で、眼鏡の固執した誓囲への殺意を消散させるのは容易ではないとも感じていた。
「僕に言わせれば、その男を殺せば最低限の安全は保証できるはずなんだ。他の者に能力を見られるのが嫌というなら、キーボックスから蒼刃を取り出して、全員でそいつを押さえつけて蒼刃で刺せばいい」
眼鏡は依然として物騒な提案を続けてくる。
「その蒼刃を握った人が、次に私達を攻撃しない保証なんてあるの?」
安在が意見を述べる。怪しまれない程度に眼鏡の主張を反対してくれるのは、大導路には非常に有難かった。
「それならば全員が蒼刃を持つ。不審な動きをする奴がいたら全員でその者も殺す」
「全員が蒼刃を持つ、は明らかに状況をより危険なものにさせている。承服できない」
眼鏡の次案を今度は大導路が反対する。眼鏡は苛立っている表情を隠すこともなく大導路を睨んだ。
眼鏡はひたすらに誓囲を殺す方法を模索していた。実際にリスクの無い殺害方法を提案されれば、短髪女も痩身も同意してしまうだろう。その前に安全な脱出方法を提案しなければならなかった。
しかしなかなかアイデアが浮かばない。その間も眼鏡がいくつか案を出したが都度、大導路と安在が反対して却下させた。
「何だかこの男を護っているような気がするな」
眼鏡が呟くように言う。声を荒げているわけではないが、そこには敵意が十分に含まれていた。怪しまれている。しかし何も言わず眼鏡の案を通させるわけにはいかない。
その時、それまで沈黙していた遠見が立ち上がった。何も言わないので忘れられかけていたが、改めて見てみると極めて具合の悪そうな顔色をしている。
「す、すみません。気持ち…悪くなって…お手洗いに行ってもいいですか」
眼鏡も短髪女も、遠見があまりに弱々しそうなのでほとんどノーマークになっていた。今回の発言にも何の思惑も感じないので取り立てて反対はしなかった。
遠見の発言を聞いて大導路はひらめいた。
「構わないが一人で家の中をうろつかれる可能性があるから、俺がお手洗いの手前まで付き合わせてもらう」
あえて有無を言わせない気迫で言った。遠見は黙って肯く。眼鏡にとっては自分の意見を反対する大導路が居ない方が都合が良いのか、何も言わない。
ここで席を立つことで誓囲への危険が増すことは分かっていたが、それゆえに防御特化の安在を置いていく判断をした。安在は本来の役目を忘れていないようで、不審に思わないように距離を取りつつも誓囲から離れていない所で座っている。
これなら無理やり誓囲を殺そうという雰囲気になっても、短い時間なら食い止められそうだ。
そこまでリスクを負って遠見に付いて行く理由は一つ。確認したいことあるからだ。
二人はリビングを出て、廊下を黙って歩いた。お手洗いに着くと大導路は入口の扉の前で待つことにした。遠見は中に入って個室の一つに姿を隠した。直後に栓を回したことによる水音が聞こえてくる。
水音に混じって「ぉぇぇぇ…」という弱々しい声が聞こえてきた。「気持ち悪くなった」は虚言でも何でもなかったのだ。
過度の緊張状態による吐き気だろう。リビングでの誓囲をどう殺すか、という議論をずっと聞いていれば気持ちが悪くなるのも無理はない。
この場にいる気まずさを感じつつ、大導路は遠見が話しかけられるようになるまで待った。
個室から出てきた音が聞こえて、水道で手を洗う音も聞こえてくる。
「遠見さん」
大導路は入り口の扉をわずかに開けて隙間を通すように声をかけた。
「今、話せるか。この扉は開けないでくれ。誰かが来たら扉を叩くから、すぐに個室に戻ってまだ吐いているフリをしてくれ。可能な限りここで話したい」
「…はい、すいません、不愉快な思いをさせて…」
先程の吐瀉音のことを言っているのだろう。お互い気まずいがそれどころではない。
「…あと、私だけ誓囲さんを庇うようなことを何もできてなくて…ごめんなさい。自分はこれからどうなるんだろうってことばかり考えちゃって…」
このまま遠見の謝罪を黙って聞いていたらどんどん時間が経過してしまう。
「いいんだそれは。それに役立つっていう意味では、役立つのは今この時だ。俺の質問に答えて欲しい。ここまで何度か『視界』を使っていると思うが、何か不審な視線の動かし方をしていた者はいるか?いや、そもそも何か怪しいものを見なかったか?」
「怪しい動き、怪しいもの…いえ、ごめんなさい。何にも気づいていないです…」
収穫は薄いか、内心落胆しつつも望みは捨てずにさらに聞く。
「ここまでどのタイミングで能力を使った?」
「ええと…皆が合流して紅針盤を使った時、ここに来るまでの移動中、それと誓囲さんが説明していた時に何度か…。男子トイレで金髪の人が倒れているのを見た時は、びっくりしちゃって『視界』を使っていませんでした。すみません…」
金髪発見時に誰かが何かのアクションを行った可能性を期待していたため、この回答も大導路にとっては厳しいものだった。
「…そうか、分かった。そろそろ戻ろう」
諦めて扉を開けようとすると、遠見がポツリと囁くように言った。
「一つだけ、変だと思ったことがあるかも…」
「何?今なんて?」
「え、いや、でも気のせいだったかもしれないんです。全然不確定なことというか…」
「不確定でも今は情報が欲しいんだ。何を見たんだ?」
「…はい…皆で紅針盤を起動した時、一人ずつ視界を覗いたんです。本当に紅針盤を起動しているのかなと思って。金髪の人だけはそもそも腕を見ていなかったし、起動していませんでした」
「うん、それで」
「他の六人のを見て回った時…一人だけ表示がおかしいような気がしたんです。なんというか…七人分、に見えました」
「七人分?」




