第48話-瓦解の七人
「誰にかは分からんが死因のアタリはつけたい。死んでいるかどうかも含めて脈を測るぞ」
「脈はもう僕が確認した」
「僕も確認しよう。皆もどこか異常が無いか一緒に見ていてくれ」
そう言って眼鏡が金髪に近づき屈んだ。誓囲は脇に退き、痩身と短髪女が指示どおり歩み寄って観察する。安在と遠見は恐怖ゆえに全く近づけないでいた。
誓囲と同様に眼鏡も金髪の手首を触って脈を確かめた。次に口の近くまで手を寄せて、呼吸をしているかを確認する。
「少し触るぞ」
そう周囲に向けて呟くと首に手を触れる。次に寝ている金髪のシャツをめくり、胸や腹に異状が無いか調べ始めた。身体をわずかに転がして同様に背中も確かめる。
ひとしきり確認を終えた眼鏡が立ち上がる。
「…まず、ほぼ確実に死んでいる。脈も息も無い。そして見た限りでは外傷も出血も無い。心臓麻痺の可能性が高そうだ」
「ほとんど心臓麻痺で決まりだろ!私達の集まりで人が死んだんならよぉー」
短髪女がヒステリックな声を上げる。
「蒼刃で殺したってこと以外考えられないだろ。こいつが心臓病の持病を持っていたとも思いにくいしな」
そして誓囲を睨む。やはりそうなるか、と大導路は表情には出さなかったが苦々しく思った。
「テメーが殺ったってことだよな?」
「僕じゃない!」
「テメーが探しに行くまでは金髪は生きていたとしたら、探しに行った体でここに来て金髪を殺したんじゃねぇのかよ。そうだ!ポケットの中を全部出せ!」
疑われていることを遺憾に思いつつも、ここで拒否したら立ち所に攻撃されるだろう。誓囲はそう予感して素直にポケットをひっくり返した。しかしスマートフォンしか出てこない。
「流石にまだ持っているほど馬鹿じゃねーか」
「待ってくれ。僕は皆と一緒に蒼刃をしまったじゃないか。持っているわけがない」
「二本持っていたんじゃないか?」
眼鏡が誓囲を睨む。
「他の能力者を殺して奪った、いや殺さずとも奪えていれば二本持ちになる。片方をキーボックスにしまい、片方をこの家のどこかに隠しておいて隙だらけだった金髪を殺した、というところじゃないのか」
「馬鹿な!何の証拠がある!蒼刃は一本しか持っていなかった!」
「蒼刃を一本しか持っていなかった証拠も無ぇよなぁー」
短髪女が言いながら意味深に右腕を胸の高さまで上げる。今すぐにでも殴ってきそうな気配だ。
何もしないと恐らく数秒後には攻撃が始まる。そう予兆した大導路はようやく口を開いた。
「状況的に怪しいが、しかし何故このタイミングで殺すんだ?結果的に最も疑われてしまったら暗殺した意味がない」
「こいつを庇うのか?」
眼鏡が覗き込むような視線を大導路に向けてきた。
「別に庇っちゃいない。いくら何でもザルすぎるって話だ」
短髪女もキッと大導路を睨んでいたが、こちらは苛立っているだけで大導路を疑っているわけではないようだった。
「そんなもん計画の手違いかなんかじゃねーの。殺してすぐに隠そうとしたらアンタが様子を見に来たんで失敗した、とかな」
「…そんなに僕を疑うなら、この家の中を隅々まで探してもう一本の蒼刃とやらを探せばいい!そんなものは決して見つからない!」
「探しているところをまた隙を見て一人一人殺すかもしれない。そんな案には乗れないな」
それまで無口だった痩身が口を開いた。やはりこいつもか、と大導路は思った。今日出会った四人…今や三人は、全員誓囲を疑っている。
「それにもう一本蒼刃がある、という可能性を拭えない限りは今からキーボックスを開けて八本あるかどうかを確認することにも、大して意味は無いな」
痩身の責めに誓囲はますます愕然とした表情をする。
「いずれにせよ、もう話し合いだなんて言っている場合じゃねーな。私はここを出て行く!」
短髪女はそう言うと、返事も待たずにトイレを出ようとする。
「本当に出られるのかな?」
眼鏡の発言に短髪女は足を止めた。
「…どういう意味だよ」
「こいつは七人も召集しといて殺人を行った。それはつまり、敵が七人いても殺人計画は実行できると踏んでの行為だろう。つまり僕達がどう動こうと、脱出を企もうと殺せる手筈がある、ということだ」
今や眼鏡と短髪女の疑念は決定的なものになっている。誓囲は口をパクパクさせているが言葉が出てこないようだった。どう答えても状況を覆せないという絶望感が押し寄せてきているのだ。
「じゃあどうしたらいいってんだ」
「僕達を殺すのに能力による罠を使用するつもりなら、僕達が取るべき方策は一つある」
眼鏡が一切の温もりの無い冷徹な目を誓囲に向けた。
「能力者本人を殺害することだ。罠を仕掛けていても殺せば解ける」
「…なるほどね」
短髪女が頷いて一歩、誓囲の方へ戻ってきた。痩身は黙って誓囲を見ている。眼鏡の主張を反対する意志は無いようだった。
状況は最悪だ、大導路は必死に思考を巡らすが上手い策は思いつかない。この場で一人反対しても、三人の凶行を止めることはできそうにない。また誓囲の仲間だと判断されて攻撃される可能性も高い。
しかし手をこまねいて誓囲が殺されるところを眺めているわけにもいかない。誓囲は絶望を超えて恐怖で泣き出しそうな表情をしている。いざ三人が攻撃してきたら悲鳴を上げるだろう。その瞬間は目前のような気がした。
万事休すか。大導路は誓囲を守るべく拳を固めた。
「いい加減にしてよ!」
金切り声がトイレの室内で反響した。全員驚いて声のした方を向く。トイレの入り口に立っていた安在が特大の声で叫んでいた。
「私は生き残れるっていうからここに来たのに、何でこんな目に合わなきゃいけないの!?その人が殺したのかどうか知らないけど、どうせもともと全員敵なんでしょ!?誰も信じられない!もう一秒だってここに居たくない!」
安在はそう言うと振り返り、ヒステリックな足取りでトイレから出て行った。安在のすぐ後ろに立っていた遠見にぶつかるが、安在は気にも留めずどこかへ行ってしまう。遠見は今にも泣きそうにしていた。
素晴らしい演技だ、と大導路は心中で賞賛した。このタイミングを活かさない手は無い。
「たしかに俺達は本来敵同士だ」
そう言って周りの全員を見る。視線が集まるが、ここは畳み掛けるように喋るしかないと判断した。
「こいつを殺すのは別にいい。だが二人も能力者が死んだ状況で、顔を晒し合った相手に何もしないと誓い合ってこの建物を出ることはできるのか?」
「何が言いたい。ビビってんのか?別に私はメリットのある作戦があるなら聞こうと思って来ただけだ。結果的に殺し合うしかないってんなら、別に戦ったっていいんだ」
「なるほど、じゃあ全員同じ気持ちだとしたらどうする?君がこの男を殺そうと能力を使った瞬間…」
言いながら眼鏡を指差す。
「彼が君を後ろから攻撃する可能性がある」
眼鏡がジロリと大導路を睨む。疑われるがこれしかない。今は膠着状態を作るしかないのだ。
「それにこの男を殺すうえで能力を使うのか?能力を見せれば手の内がバレたようなもんだ。次はそいつが狙われる」
あえて断定口調で言うことで、短髪女を逡巡させることに成功した。
「テメー、それはお前も私を攻撃するつもりだって、自分で言っているようなもんじゃねーのか」
「俺だけならまだいいが他の奴も同様なんじゃないか。ハッキリ言って、俺はこの男の命はどうでもいい。こいつを殺したところで絶対者になれるわけじゃない。まだ生き残りはたくさんいるんだからな。俺が避けたいのはこの建物で最後の一人になるまで殺し合うような事態だ。そんな分の悪い賭けはごめんだ」
短髪女の警戒心は一切揺るがなかったが、誓囲への殺意が失せていく気配を大導路は確かに感じた。
狭いトイレの室内で、そこそこの近距離に能力者がいることに改めて危機感を覚えたのだろう。
「こんな臭ぇーとこにいつまでも居られるか」
短髪女は捨て台詞を吐いてトイレから出て行った。痩身もため息を一つ吐いたあと出て行った。
眼鏡は、今や誓囲ではなく大導路を見ていた。この視線を前にも感じたことがある。八方が廊下でこちらの姿を見た時の、あの時の視線と同じだ。疑いの目つきだ。
眼鏡は大導路から視線を外すと、吐き捨てるような目つきで誓囲を見た。
「お前は監視下に置く。先を歩け」
抵抗する意志を失った誓囲はヨロヨロと歩き出し、その背後を眼鏡と大導路が歩いた。
その背中を見て、誓囲の計画が瓦解したのだと大導路ははっきりと感じた。




