第47話-死亡の一人
誓囲の説明が終わると一同はすぐには反応せず黙っていた。自身の意見が固まっていなかったのもあるし、周囲の反応を伺ってもいるのだろう。
「なんかさ、やりたいことは分かるけど本当に実現すんの?」
最初に口を開いたのは短髪女だった。
「説明したようにこの拠点ならセキュリティもしっかりしてるし、八人同居している場所なんて他の能力者ならまず攻撃はしてこない。事実上安全なはずなんだ」
「私は死にたくないからアンタに興味を持ったしこうして話を聞きにきたけど、下手すりゃ一生この建物の中なんていうプランだとは思っていなかったわ。一生外に出られないなんて、そんなの死んでいるのとあんまり変わらなくない?」
「…それは考え方によるかと思うが…」
「それに男も女も混じって同居ってね。いくら広いからっていってもね。最終的にこの中の何人かが歪な肉体関係になって誰だか分からん子供とかできちゃうんじゃないの。だいたい知らない奴らと共同生活ってなんかカルト宗教臭くない?」
メールだけでは信用してもらえない、という誓囲の言い分も理解できた。直接会ってもこの反応だ。『信頼』の条件を満たすには骨が折れそうだ。
「僕からもいいか」
眼鏡が手を上げた。
「八人で籠城するというこの計画、誰かが絶対者になりたいという色気を出して裏切る可能性が常につきまとうんじゃないか」
それは誓囲の『信頼』によって回避できる問題だが、この段階では『信頼』について話さないことに決めている。
「多数で集団生活をしているんだ。言い方は悪いが全員が全員に不審な行動をしていないかチェックできる体勢だ。裏切りがバレれば当然当事者以外の全員が敵に回る。裏切りは分が悪い賭けなんだ」
そのあとも短髪女と眼鏡の質疑が進み、状況は進展しないまま一時間ほど経過した。
「いったん休憩しないか」
誓囲が提案した。
「賛成。私トイレ行きたいし」
「僕も行きたいが、狭い部屋で二人きりになるのは避けたい。行く奴は交代で行くことにしないか」
眼鏡が提案した。
「この建物はもともと社員寮だから、トイレは男女別に別れているよ」
誓囲に言われて金髪が「じゃお先に」と立ち上がった。
「俺はウンコなんで個室使うから、どーぞ他の人来ていいっすよ」
どうにも緊張感の無い態度で出て行った。この建物の男子トイレはホテルや店と同じように小便器と大用の個室に別れている。
金髪が出てすぐに安在もリビングを出た。金髪がなかなか戻ってこないのを見て眼鏡が立ち上がる。
「ああ言っていたし、使わせてもらう」
眼鏡がリビングを出たタイミングで安在が戻ってきた。次に短髪女が御手洗へ行く。
ようやく金髪が戻ってくると、押し黙ったまま適当なソファーに座ってぼんやりしはじめた。
大導路は怪しまれない程度に金髪を観察した。金髪は先程まで浮かれていたかと思えば今は神妙な顔をして黙っている。大導路にとって一番気になるのがこの男だった。
見知らぬ能力者達で集まったというのに、あまりにも緊張感が無さすぎる。誰にも敵意や警戒心を抱いていないその心境が全く理解できなかった。
唐突に金髪はいきなり立ち上がって、再びリビングを出ようとした。
「どこへ行くんだい?」
誓囲が聞くと、金髪はすぐに返事をせずに誓囲の顔を眺めるように見た。怪しんだ誓囲が「どうしたんだ?」とさらに聞こうとしようとした直前に、ようやく金髪は口を開いた。
「顔を洗いに行ってくる」
言い残して部屋を出る。出た先ですれ違ったのか、後ろを振り向きながら眼鏡がリビングに戻ってきた。
そこから五分、十分と経過したが金髪は戻ってこなかった。女子も含めて金髪以外は全員リビングに戻ってきている。
「遅くない?」
短髪女の指摘に誓囲も同意する。
「またトイレに籠もったのかもしれないが…」
「ちょっと様子を見てきてよ」
短髪女の言葉に従って誓囲がリビングを出て行った。その誓囲も二、三分経っても戻ってこなかった。
「俺も見に行ってくるよ」
心配に思った大導路が役目を買って出てリビングを出た。二人ともトイレ以外の場所にいるのかもしれない、と思いつつもひとまずトイレを覗いた。
覗いてすぐに分かった。そこには誓囲がいた。立って呆然として個室を眺めていた。個室は開いている。
「僕じゃない…来た時には扉は閉まっていてノックしても返事が無くて、鍵がかかっていなかったから今開けたんだ…」
大導路に気づいた誓囲がボソボソと弱々しく呟く。大導路は誓囲のそばに来て個室の中を覗いた。
そこにはぐったりと力無く個室の中で倒れている金髪の姿があった。
目を瞑っており生気を感じない。その肢体を認めた時、大導路の身体に電撃のような悪寒が走った。
「おい!」
冷静さが失われていく一方で触るのはまずいという思考が働き、大導路は大声で呼びかけた。しかし金髪からの反応は一切無い。
触れるべきか、触れないべきか、逡巡している間に誓囲が恐る恐る駆け寄り、手首を触って脈を測った。
「…死んでいる…こんな馬鹿な…」
大導路の大声でやって来たと思しき眼鏡が「どうした」と言いながら近づいてきた。個室の中を覗きこみ、息を呑む。
「これは…死んでいるのか。殺されたのか」
「分からない。だが外傷が無いように見える」
誓囲は苦渋の表情で首を横に振る。
「ならば心臓麻痺ということなんじゃないのか」
心臓麻痺、その言葉の重さを大導路達は知っている。それは刺殺や撲殺よりも深刻な死因だった。
「蒼刃を使った奴がいるということか」
眼鏡が咎めるような口調で言う。
「いや、蒼刃は誰も持っていないはずだ。全員しまったのを全員で確認しているじゃないか」
「この家もあのキーボックスもお前が用意したものだ。いくらでも工作はできるんじゃないか」
眼鏡は鋭い目つきで誓囲を見ている。歯に衣着せぬ物言いが、もともと動揺している誓囲の理性を容易に奪った。
「僕を疑っているのか!?」
「当たり前だろう。ここはお前の家で、その屋内で能力者が死んだ。罠か何かを仕掛けたとしか思えないだろう」
はっきり言われた内容は残念ながら正論だ。大導路は言葉が見つからず黙ってしまう。
誓囲は怯えた表情で大導路を見る。
「僕はやっていない」
「…」
大導路は即答できなかった。すぐに誓囲を擁護する発言をすれば、仲間がであることを見抜かれる可能性がある。
擁護するにしても今ではない、と判断した。そもそも大導路にも現状を理解できていなかった。
本当に誓囲がやったのか、という疑念がどうしても脳裏をかすめてしまう。誓囲は何も言ってくれない大導路を見て、見捨てられたのかと言いたげな絶望の表情を浮かばせていた。平静の誓囲なら、このタイミングで擁護はできないことに気づいていてくれただろう。だが今の誓囲は全くまともな精神状態ではない。
激昂した誓囲の声を聞いて、只事でないと思ったらしく残る全員がトイレに現れた。既に計画の崩壊を予感しているのか怯えた表情をしている安在と遠見が大導路の視界に入った。
「何が起きたってんだよ」
短髪女がずかずか入ってきて眼鏡が返事をした。
「金髪の奴が死んだ…もう死んだってことでいいな?先程から全く反応がない」
「はぁ!?殺されたのかよ!誰にだ!」
短髪女は眼鏡を睨み、次に誓囲を睨み、大導路も睨んだ。早めに警戒心を和らげないと無差別に攻撃しかねない勢いだ。
殺された、という言葉を聞いて遠見が小さく悲鳴を上げて遠ざかった。




