第44話-『E』の『視界』
「実際に見せてみた方がイメージできるんじゃないかな。大導路、遠見さんに背を向けてくれないか」
言われた大導路は素直に振り返って背を向ける。
「遠見さんから見えないように、手や指で何かの形を作って欲しい。そして遠見さんはそれを当てるんだ」
大導路は手で狐の形を作る。
「えーっと…狐です」
すかさず遠見が答えた。大導路は次に右手で指を四本立て、左手は指を二本立てた。
「じゃあ今は指を何本立ててる?」
「…六本立てています。右手で四本、左手で二本」
「なるほど…じゃあ」
大導路は、誓囲や安在からも見えないように隠しつつ、自分の左手を見た。
「次は手をどういうかたちにしている?」
「えーっと…」
遠見は少し考えたあと答えた。
「かたちは特に作っていないです。腕時計を見るように手を身体の前に持ってきているだけで。…そして紅針盤を起動しています」
なるほどこれは能力だ、と大導路は感心した。
「紅針盤の表示も見えていたのか」
振り向いて遠見を見ながら聞く。遠見はまだ恥ずかしそうにしていた。
「はい。相手の視界がそのまま見えているので、使用者である大導路さんが紅針盤を見えているのなら、その視界を覗いている私にも見えます」
「ちなみに大導路、今は紅針盤の表示は僕ら以外にいたか?」
誓囲が聞いてくる。
「いや、俺達以外の表示は無かった。ところでこの『視界』の発動条件は?対象者が近くにいればいいのか?」
「相手の姿が見えていれば、視界を覗けます。私が人だと認識していないと駄目みたいで、たとえば十キロ先の人がいる方向を見ていてもその人の視界は覗けないです」
「逆に言えば遮蔽物さえなければ一キロくらいまでなら能力を発動できるわけだ」
誓囲の補足を聞きつつ、大導路は少し考え込む様子で黙っている。
「どうした?大導路」
「いや、つまり攻撃性能は無いが相手の状況を把握することができる能力、ということなんだな」
「…は、はい。そうです…。弱い能力ですみません」
「いや、これからやろうとしていることを考えると相当有用な能力だと思う。たしかに誓囲の言うように相手が何か不審な動きをしているかどうか確認しやすい」
「そう。当日の際には遠見さんには監視役をしてもらおうと思っている。現れた四人の視線を調べて不審な視線の動かし方をしていないか見てもらい、怪しかったら合図をしてもらおうと思っている」
この発言からすると誓囲は気付いていないのだな、と大導路は内心思った。
遠見は嘘をついている。
おそらく『視界』の能力はこれだけではないはずだ。確信に近い疑念があった。
誓囲が気づかないのは、大導路より能力を間近で見た経験が乏しいためだろう。噴上、安在、八方、誓囲と複数の能力を観察した大導路は、能力に関してある種の傾向を掴みつつあった。
それは能力には奥深さがある、ということだった。
大導路の能力は物体の運動エネルギーを転向・加速させる一方で、自身の運動エネルギーを加速させて肉体の瞬発力や攻撃力を上げることができる。
八方の能力は触れた物に穴を空けられる能力だったが、発動のタイミングを任意にすることでトラップとして活用することができていた。
おそらくどの能力にも応用性がある。その観点で見ると遠見の能力は『浅い』ように感じた。大導寺の手の形を当てたことから察するに視界に干渉する能力であることは間違いない。しかしもっとやれることはありそうだ、と推理した。
正直に言わないのは、非戦闘の同盟を組んでいてもなお、この中の誰かと戦うことになるかもしれないという不安を抱いているゆえか。
しかし大した根拠もなくこの場で指摘して場を乱す必要はない。大導路は思ったことを何も言わなかった。
「遠見さんは監視役、安在さんはもしものことがあった時、近くにいる僕らの誰かと協力して防御の態勢を取って欲しい。『吸収』は防御特化の能力だからね」
「もしものこと、は起きて欲しくないなあ…」
安在が言うと誓囲は「もしもだよ、あくまで。万が一のためさ」と補足する。
「大導路はこの中で最も戦闘に向いている能力だ。だからやはりもしものことがあった時、たとえばやってきた四人のうちの誰かが好戦的な態度を取ってきた時は、安在さんと連携を取りつつ極力相手を制圧できるように取り組んでもらいたい」
「ああ分かった」
場合によっては相手を拘束することは殺すことより難しいかもしれない、と思えたが今この瞬間も誓囲に与えられた生命力によってコンディションは最高に充実している。
遠見の監視能力や安在の防御能力を考えると、こちらの手札は決して悪くないと思える。
いける、いややってみせる、と『信頼』により活性化している精神で大導路は自信を持ち始めていた。
…翌日の夕食、食卓を囲んでいると誓囲が話し出した。
「日程が決まったんだ」
三人とも一瞬食器を動かす手が止まる。しかし覚悟はしていたし、その日を迎えることは受け入れていた。
「ちょうど一週間後、正午に双子駅前で集合する。そこから引率してこの拠点に連れて来て交渉を行う」
今から一週間後に集まることになる、二十四人中の八人が。
全てが上手くいけば、非戦闘主義の一大勢力が誕生する。
言い換えれば、一週間後にはこの戦いが実質終了するかもしれない、ということだった。
※
八人が集結する日の前夜、大導路は寝付けなかった。
やはり緊張してしまうか、とどこか客観的に自分を分析し、個室にいるのが何故か窮屈に感じて部屋を出た。
温かいお茶でも淹れようと四階へ降りるとリビングに人の影があることに気づいた。それは敵ではなく見知った人間のシルエットであることは、一ヶ月弱ほどの同居生活によってすぐ気づけた。
「安在、何をしているんだ」
声をかけると安在はゆっくりと大導路の方を向いた。寂しそうな、悲しそうな表情だった。
「眠れなくて…」
「分かるよ。お茶いる?」
安在が肯くと、大導路は二人分の用意をした。
お茶の入ったカップを二つ持って一つを安在の前に置くと、自分は安在の斜め向かいのソファーに腰を下ろした。
「ありがとう」
安在はお礼を言いつつお茶を飲む。
「…明日、上手くいくかな」
安在のこぼした言葉は、正直な不安の吐露だった。




