第42話-欲しいという感覚ばかりが
「泣けた…」
「えっどこで?」
絶対者の感想に大導路が聞く。何の思惑もない好奇心だけの質問だった。
「サメが出てきたって台詞はあるのに予算が無くてCGが作れなかったからか、サメが出てこないところとかかな…」
正直に感想を言う絶対者だが、大導路以外はまともに聞いていない。
「いつからそこに…?」
「シアタールーム暗くしたあたりから。あんまり重く受け止めないで。別に用があって来たわけじゃないんだ。暇だから今は参加者の皆の所へ順番に回っているんだ」
言いながら肩にかかってる髪を指でいじくっている。
「でもなんというか、この集まりは興味深いね。能力者が四人も集まって共同生活するなんて、前回はこんなこと実行してた人はいなかったよ」
「前回とは君が優勝して絶対者になった戦いってことでいいんだよな?」
誓囲の質問に首を縦に振る。
「そのとーりだよ」
「君のその…瞬間移動したりする能力は絶対者ゆえの力なのか。それとも君が与えられた能力者としての能力なのか?」
「それはうーん、教えられないかなあ。実際今回の戦いの進行役になったことで得られた力はいくつかあるけどね。君達に紅針盤を与えたのも人数分の蒼刃を作成したのも、進行役として与えられた力なんだよね」
「前も似たようなことを言っていたけど、あなたの上司というかもっと上の存在がいるの?その存在が今までの全ての戦いを管理しているってこと?」
安在が戦いの核心をつくような質問をするが、絶対者は呑気なままだ。
「それも説明禁止なんだなー」
言いつつ人差し指を立てる。
「まぁでもこうしてお会いしたついでに質問タイムにするよ。答えられる範囲なら答えるよ」
「それは君の言う中立な立場というものに反しないのか?」
大導路の質問にも絶対者はニヤニヤしながら答える。
「まぁ実は今、全員に質問タイムを設けているんだ。同じ質問には同じように返しているし、つまりは全員平等ってこと。質問によっては戦いを有利にできるかもしれないけど、そういう質問ができるかは君達の力量によるものだからね」
「戦いに勝った時に叶えられる願い事について聞いてもいいですか?」
遠見が質問したことに大導路はいささか驚いた。この中では最も無口で、最も戦闘を拒否しているように感じていたからだ。その遠見が優勝した報酬について質問をしている。
「はいどうぞ」
「願い事は人を生き返らせることができるって前に集まった時に言っていたと思うんですけど、生き返った人の記憶はどうなるんですか?死ぬ直前の記憶なのか…あるいは死んだことを覚えている記憶なのか…」
いやに具体的な質問だな、と大導路は思った。
「なるほどね。答えるとこれはある程度決めることができる。願いを言った人の希望を叶えられる範囲で叶えるよ。死んだ時の記憶を残してもいいし、もっと以前からの記憶を消したまま生き返らせることもできる」
絶対者の回答を聞いた時、遠見が動揺したのを大導路は気配で察した。
「それってつまり、死ぬまでの数ヶ月間とかの記憶が無い状態でも生き返らせられるってことですか?」
「そのとーり」
遠見は知りたいことを知れたようで、それ以上の質問はしなかった。
「僕もいいかな?」
誓囲が手を上げた。絶対者が「どーぞ」と促す。
「僕らはどういう基準で選ばれたんだ?」
誓囲の質問に絶対者が片眉を上げる。
「なかなか良い質問だ。他の能力者にも聞かれたことでもある。でもそれについては説明できないな」
回答を拒否した絶対者に対して大導路が呟くように話しかけた。
「…何かは分からないが、何かが欲しい者達…か?あるいは何者かは分からないが何者かになりたい者達…」
「?」
誓囲が不思議そうな顔をして大導路を見る。誓囲は気づかなかったが、この時絶対者は目を大きく開けて大導路を見据えていた。
「ふむ。大導路くん、君はなかなかイイね。個人的には君のこれからの戦いを応援するよ。もちろん中立だけどね」
そう言うと絶対者は立ちあがった。
「さて質問タイムはこれで終わり。僕は帰るよ。君達の計画、上手くいくといいね」
歩いてシアタールームの扉を開ける。
「生きてたらまた会おうね」
振り向いてニコッと屈託の無い笑顔を見せた後、扉をくぐって姿が見えなくなった。おそらく急いで扉を開けて見回しても、もう絶対者の姿は無いだろう。
突然の奇妙な来訪を上手く消化できず四人は呆然と、もう誰もいない扉を眺めていた。
※
翌日、大導路が図書室で本を読んでいると遠見が入ってきた。遠見が現れることはたまにあるので気にせず読書を進めていると、遠見は遠慮がちに近づいてきた。
声をかけようかどうかあからさまに悩んでいる感じで、大導路のそばで立ち尽くし始めた。
「どうした?」
大導路が聞くと遠見はお辞儀をする。
「昨日はどうも、ありがとうございました」
何のお礼だ、と思ったがお疲れ様でしたの意だと捉えて返事をした。
「ああ、昨日は楽しかったね」
「楽しそうでしたね」
「誰かと一緒に映画を観るのは久しぶりだったけど、一人で観るのとはまた違う良さがあるな」
「…映画好きなんですね」
「今まで映画から多くを教えてもらったからね」
「…両親とは疎遠って言ってましたよね」
「ん?うん」
「何でですか?」
大導路は「ん?」と今一度遠見の顔を見る。遠見のほとんど隠れている顔が明らかに赤面していることが窺えた。
「いや、その、ごめんなさい。すごい失礼でした。すいません、何でもないです」
両手をバタバタと振って忙しい。
「いや別にいいんだ。気にしてないよ。クラスメイトの奴にも聞かれたことがあるし」
園田は昔もっと無遠慮に聞いてきていた。それと比べれば遠見は死ぬほど謙虚だ。
「親と疎遠の理由は、単純に親にあまり愛されていないからだよ」
「え、ええ…?」
「主観的に見ても客観的に見てもあまり親は親らしくなくて、虐待なんかは全く無かったけど、愛情を感じる触れ合いも言葉も無かったんだよ。今風の言葉で言うとネグレクトってことなんだと思う」
大導路は空を見つめながら話していた。自分の言葉を噛み締めているかのようだった。
「それは…それは…気にならないんですか。悲しいとか切ないとか…それが重荷であるような、それがあるから動けなくなるような…そういう辛さは無いんですか」
「物心ついた時からそうだったから、重荷になっているとしてもそう感じられないのかもしれない。変だなとは思いつつも受け入れていたし、他の家庭と比べる気にならなかったから、きっと多分恵まれてはいなかっただろうけど恵まれていないという自覚は薄いままなんだ」
大導路は遠見の顔を覗き込む。遠見の目はこちらに何かを乞うているような目つきだった。何かを教えて欲しいと言いたげな目だった。
「…しいて言えば親との関わりが少なくて家の中が退屈だったから、何かが欲しいと思っていた。このつまらなさを埋めてくれる何かがあればいいな、と思っていた。それは一人暮らしをしてからも思い続けていた。何かがあればいいな、と」
「…絶対者に言っていた『何かは分からないが何かが欲しい』というのは…」
「自分がそういう感覚を持っているから皆もそうなのかもしれない、と思っただけさ。何の根拠もない」
「でも私も分かります。何かは分からないけど何かが欲しいような…ぼんやりとした想いがあるような、そんな気はします」
「君は誰かを生き返らせたいのか?」
「友達が…そう、友達だったんです。亡くなってしまって。だから生き返らせられるのかと。でもそれが正しいことなのかもよく分かっていなくて。だから私も自分が何をしたいのか、何が欲しいのか分かっていないんです」
大導路は考える。絶対者に召集された理由はこの戦いを勝ち抜くうえで必要な情報ではない。それでもなお思いを馳せる。
人は『何か』を得るために戦うとして、我々はその『何か』が何なのか分かっていない。それでもなお、漠然とした飢餓感を胸に我々は戦うのだ。




