第41話-【第四章】一つ屋根の下で
新しい環境の生活は大導路が覚悟していたよりも不便ではなかった。個室によりプライベートが守られている一方で、他人の目があるゆえに最低限の規則正しい生活を心がけることができ、不思議と前以上に健全な生活を送ることができていた。
誓囲の提案により夕食は四人集まって一緒の食卓で食べる、というルールができた。それ以外は個室にこもるか図書室に行くか、ジムに行くかシアタールームに行くか完全に自由だった。
大導路は大抵の場合、適当な時間に起床して台所へ行き誓囲が用意してくれている食材を使って朝食を作り、一人で食べた。時には誓囲もやってきてその時は一緒に食べた。
その後は図書室へ行き蔵書の中から面白そうなものを取り出して読み耽った。図書室には時々遠見が現れたが、会話は全く無かった。
読書に飽きたらジムに行って昼まで身体を動かした。ここにも稀に誓囲が現れた。卓球台が置いてあったので一度誓囲と対戦したが、結果は大導路の圧勝だった。
スポーツは得意じゃない、という誓囲の言い分には説得力があった。誓囲は女子にも間違えられそうな華奢な体格で、体力も高そうではなかった。
昼過ぎ以降はシアタールームに籠もって映画を二、三本没頭して鑑賞した。ホームシアターで大スクリーンで観るとどんな映画でも感動できるような気がした。
所蔵されている映画のDVDは著作権切れで安く売られている物がほとんどだったが、未視聴も多くあったので素直にありがたかった。
しかしこのペースだとすぐに全部見終わるため、入居して最初に誓囲に頼んだのはDVDの入荷だった。誓囲は苦笑しつつ了承して数日後には三十本ほど新たにDVDが追加された。
広いとはいえ同じ屋根の下、もっと同居人と顔を合わせるかと思っていたがほとんど顔を合わすことはなかった。洗濯や入浴はそれぞれの個室で行えるし、男女の居住エリアである五階と六階は異性は入らないというルールにしたので、安在や遠見が個室に籠もっている日は会う機会は夕食時以外に無かった。
安在も遠見も籠もりがちらしく、誓囲が夕食を共にしようと提案したのも二人のメンタルへの気遣いであった。
「僕の『信頼』の生命力が与えられているぶん、並の人よりかは身体的に充実していると思うけどね」
誓囲が解説するとおり安在も遠見も健康体だったが、終わりのない籠城の生活でどうメンタルに変調をきたすのかは今後の課題の一つだった。
そんな誓囲も基本的には自室に籠もっていた。理由は他の能力者達とも連絡を取っているため、ということだった。
「仲間は多い方がいい…。まだ直接会うほど親密になれていないし『信頼』で生命力を与えられる条件を満たしているわけじゃないが、とにかく頻繁にやり取りをして文字通り信頼を得るしかない」
そう語る誓囲に何か協力できるかと聞いてみたが、いつか機会が来た時に皆に協力をお願いする、と言われたので大導路は依然として読書や映画鑑賞などをしてリラックスしていた。
※
大導路の入居から十日程経ったある日、夕食を取っている時に誓囲が提案をしてきた。
「このあと皆で映画を観ないか」
安在と遠見が怪訝そうに誓囲を見た。二人には誓囲の意図が容易に分かった。十日経過してもいまいち四人に一体感が欠けるので、関係を強固にするための提案だ。
「俺は構わないよ」
大導路はとりあえず自分の気持ちを示した。それに従うように安在も遠見も頷いて同意した。積極的な参加というよりは断る理由が見つからなかったから、という雰囲気だった。
四人は食後シアタールームに入った。観る映画は大導路がチョイスした。
誓囲は、大導路がこの場にふさわしい温かい気持ちになれるヒューマンドラマな映画をセレクトしてくれるだろうと期待していた。大導路もまた、こういう場では皆が楽しめる映画にすべきだと当然察していた。
しかし大導寺の趣向と性格を知り合ったばかりの誓囲は把握し切れていなかった。
大導路が選んだのはコメディ映画だった。明るい気持ちになれるようにという理由でありそれ自体は間違っていなかったが、コメディのなかでもスプラッターでブラックコメディな内容だった。
映画にはバトル要素がありやたらとキャラクターが死んだ。物語に全く無関係なモブがバンバン死に、そこが笑いどころであるという演出だった。
大導路達と同い年くらいの男女がロケット弾の流れ弾に当たって吹っ飛び千切れた手足が映った時、誓囲はギョッとして横に座っている大導路の顔を見た。
こんな映画を選んだくせに大導路は全く笑っていなかった。もともと大導路は映像を見て大笑いするタイプではなかった。
背後に座っている安在と遠見がどんな気持ちで見ているのか、そもそも見ているのか、誓囲は考えるだけでも怖かった。嫌な汗が背中を伝った。
「主人公を演じているこの俳優、アカデミー男優賞を受賞したこともある名優なんだ」
突如大導路は解説をした。他に返事をしてくれる者はいないだろうと踏んで、誓囲は「へぇ…」と雑に返事をした。
「でも妻と離婚して慰謝料をむちゃくちゃ取られてからは、こんなクソ映画にも出るようになって小金を稼いでるんだ」
「へぇ…えっクソ映画?」
「で共演しているこっちの俳優が離婚した妻の再婚相手なんだ。さっき主人公が思い切りこの男をぶん殴ってたけど、あれは台本だと寸止めなのにアドリブで思い切りぶん殴ったらしい」
「そうか…」
場を和ませようとしているのか、あるいは映画の雑学を話したいだけなのか。誓囲には分かりかねていた。
実際は両方であり大導路はあまり感じたことのない楽しさを覚えていた。
その楽しさが伝染したのか、不意に安在が口を開いた。
「このシアターもいいけど、もう一度大きな映画館に行きたいな…」
「行けるさ。何もかも解決すれば」
間髪入れず返答した大導路を見て誓囲は少し驚いた表情をしたあと、微笑んだ。
「ヒロインの人、なんか演技が下手じゃないですか?」
他が喋り出したことで触発を受けたのか遠見も口を開いた。
「監督の娘だよ。コネで主演にさせてる。撮影途中で麻薬所持で捕まったから、シーンによっては別の女優が演じてるんだ」
奇跡的に妙に和やかな空気が生まれた映画鑑賞となった。
本編が終わりエンドロールが流れて、映像が止まった。
なんだかんだで良い雰囲気になった、と心から安堵した誓囲は一応二人に感想を聞こうと後ろを振り向いた。
そしてギョッとした。安在と遠見は自分達よりさらに後方を誓囲が見ていることに気づき、二人とも振り向いた。
「きゃっ!」
遠見が悲鳴を上げた。大導路も振り向いた。
安在と遠見の後ろの席に五人目が座っていた。
小柄な遠見と同じくらいの背の子供。目立つ白髪と赤い瞳。
「絶対者…!」
誓囲は震える声を上げた。絶対者は意に介さず目を擦っている。




