第4話-召集
学校が終わると大導路は急いで片付けをして教室を出た。
「どっかに行くのかー?」
廊下で園田が呼び止めると、大導路は歩みを止めなかったものの振り向いて答える。
「映画館に行く」
「あーそうか。また明日な」
「また明日」
目を見て話してくれるので失礼という印象までは抱かないが、やはり愛想が無いなと園田は思った。
…カラオケじゃなく映画なら行く、って言ってたが、一人にせよ複数にせよどっちにしても映画には行くってことね…と大導路の映画の熱心ぶりに思わず苦笑した。
※
夕日も沈みつつある午後六時半、大導寺は薄暗い帰路を歩いていた。通学路から離れた場所のミニシアターに寄ったため、普段とは違う道を歩いている。もっとも映画館に寄ることが多い大導路にとってはこの道も勝手知ったる道だった。
帰りながら今日観た映画のことを考える。映画のあらすじは、ある使命を持った主人公が荒廃とした世界でとある重要な物を運ぶというものだ。
物を運ぶ主人公には多くの苦難が降りかかるが、堅い使命感によって主人公は折れず萎えず諦めず使命のままに歩き続けるのだった。
その使命感は大導路にとって感慨深いものだった。
何かを成すために生きる、そういった決意や覚悟を抱けたことはこれまでなかった。現実には多くの人がそうであるのだが、大導路にとっては自分がどうであるかが重要だった。
自分は何であるか、自分は何のために生きているのか。
大導路は物思いにふけっていた。
進路相談のアンケートに書いた『絶対者』という言葉。それを書いた理由は無い。何となくだった。
心からなりたいと思っているわけではないし、都市伝説である絶対者の存在を信じているわけでもなかった。
それなのに書いた。書いた時の感覚を思い出す。机に向かってペンを握って用紙を見たあの時、自分は何を考えていたのだろう?
何にかは分からないが何かになりたい…そんな感覚があったような気がする。
考えている途中で、思考を中断して立ち止まった。
奇妙な感覚を覚えた。極めて平凡で見覚えのある道だったが、何かがいつもと違う。言い表せない違和感があった。
立ち止まった場所は神社の前だった。町内では大きい方だが観光名所という訳ではない平凡な神社だ。
その場所から得体の知れない雰囲気を感じていた。
大導路は誘われるように入口から境内に入り石段を上っていった。上り終えて鳥居をくぐると足元には砂利と石畳で出来た通路があり、突き当たりには本殿があった。木造の古めかしい建物だ。
本殿から横へさらに石畳の通路が伸びている。通路は緩やかなカーブを切って本殿の裏へ続いていた。
大導路は通路を進み本殿の裏へ続く道に入った。この神社には正月に参拝に来たことがあったが、ここを歩くのは初めてだった。
本殿の裏は薄暗く通路の両脇は生垣になっていた。鳥居がいくつかあり、大導路はそれらをくぐって行く。
ここを歩いたところで何かあるわけでもない。一周して本殿の正面に戻るか、あるいは神主の自宅でも出てくるのかもしれない。
そう思う一方で、神社に入る際に覚えた違和感が消えずに大導路の心を揺さぶり続けていた。むしろ違和感は強くなっていた。
この感覚は何なのだろう、何か分からないが何かに呼ばれている気がする。その呼ばれている感覚に抗えない自分がいる。
歩いている最中、視界がボンヤリとしてきていることに気づいた。
目が疲れている?最初はそう思って目を擦るが視界の不鮮明さは消えない。いつしか両脇の生垣が視認できないほど、視界の大半が白い靄のような何かに包まれていた。
それでも歩みは止めず、憑かれたように進み続けて何個目か分からない鳥居をくぐる。くぐる度に靄は濃くなり視界を白く染めていく。
本殿の裏を歩いていたはずが既に本殿の気配は消えていた。何も無い平坦な世界を歩いているような錯覚を受けた。
歩いている石畳の感覚すら無くなり、自分以外の有機物も無機物も感じられなくなってきた。
どれくらいの時間が経ったろう。
十五分かもしれない、三十分かもしれない。時間感覚さえもあやふやだった。
もはや靄しかない前方の視界の中で何かが見えた。何かが置かれている。
椅子だった。
近づくにつれ椅子の姿が鮮明になっていく。すぐ手前まで着くとそれはごく普通の家具であることが分かった。
革張りの一人用ソファー。
何で神社の境内に突然ソファーが?いや、そもそもここは神社の境内なのか?湧き立つ疑問に被さるように、新たな事実に気づいた。
周囲に他の存在を感じた。
見回すといつの間にか置かれたのか、それとも最初からそこにあったのか、ソファーは一つだけではなかった。何十ものソファーが一定の間隔ごとに置かれていた。
「君で最後かな」
唐突に、誰かの声が耳に届いた。
視線を向けた先に人が立っていた。霞だらけの空間でも不思議とその者だけはハッキリと視認することができた。
「よく来てくれたね。じゃあ早速だけど座ってくれ。一番近いそこのソファーが君の席だ」