第37話-『C』の『信頼』
大導路は携帯で配信者にメールを送った。インターネットカフェのパソコンを使用することはもう止めていた。
配信者との間にはすでに一定の信頼関係が結ばれている。
『戦って撃退することができた。君の能力のおかげだ。ありがとう』
すぐに返事は来た。
『どういたしまして。無事で何よりだ。ところで撃退ということは殺していないということかな?』
『負傷させたが殺さなかった』
『そうか。お礼を求めるわけじゃないが今後の戦いについて相談したい。どうか僕と会ってくれないか。君と話がしたい』
『分かった。助けてくれた恩もある。どこで会う?』
『双子駅前のhomeという名前のカフェに、次の土曜日の午後二時でどうだろう』
『了解した』
※
家を出てから駅に着くまでに、大導路は二回ほど紅針盤を起動した。双子駅が索敵範囲内に入ったあたりで他能力者の反応があった。
配信者に違いないと思った。それでも一応人混みに紛れて改札を出て、それとなく指定のカフェテラスを観察した。
男が一人だけで座っているテーブルがあった。さらに男の顔は以前配信で見たものだ。
近づく途中で配信者はこちらに気づいていたが、こちらとは違い相手の顔を知らないためか声をかけてはこなかった。会う約束の相手ではない別人の可能性を考えてか、むしろ顔は強張っているように見える。
こちらから挨拶をしないと緊張は解けないと理解した大導路は、近づいて話しかけた。
「今日会う約束をしていた者だ」
相手の緊張はたちどころに消えて、柔らかい微笑みを浮かべた。
「初めまして。僕は誓囲誓人という」
「いいのか?名前を明かして」
「こうして直接会って会話するのなら名前を知ってた方が話しやすいだろ。あ、もちろん君は明かさなくていいよ」
「いや…俺は大導路憧夢という」
「ありがとう。よろしく大導路」
大導路も席に座り、店員にコーヒーを注文した。
「会えて嬉しいよ」
誓囲のその言葉は、本音だと思わせる優しさが含まれていた。
「僕の貸した『生命力』は役に立ったかい」
「ああ。最高に役に立ったよ」
※
…八方と戦った前日、誓囲に相談した時に、誓囲は「僕を信じてくれるか」と大導路に聞いてきた。大導路が肯定した次の瞬間、大導路の身体に変化が起きた。
全身の血流が早くなったと感じ、次に全身の筋肉に活力を伴った震えが起きた。五感が鋭くなりすぎて目の前のパソコンのモニターが眩しく見えた。
自然的な変調ではない。これは能力だ、という直観が働いた。誓囲の罠か、と咄嗟に疑ったが、目を細めてモニターを見ると新たなメッセージが来ていた。
『僕の能力は発動した。驚かせてすまない。ただこれは攻撃ではなく、君を嵌めようとしているわけではないことを信じて欲しい。僕の能力は君に害は無い』
たしかに身体が不調になったわけではなく、むしろ絶好調と言えた。意識が鮮明になり思考もクリアーになったような実感もある。鋭敏になった五感も少しも落ち着いて、平静時よりやや敏感な程度におさまった。
『単純に言って君の身体を強化させた』
配信者から追加のメッセージが来たので、返信をする。
『それが君の能力なのか?』
『そう。『C』の能力『信頼』という。信頼関係がある相手に僕の生命力を貸し与えることができる。生命力は肉体の強さでもあり、精神の丈夫さでもある。今貸し与えられた君は、通常時より様々な『強さ』を自覚できるはずだ』
確かに身体の内側から並々ならぬ気力を感じている。戦いに対しての妙な自信さえ覚え始めていた。この体力、気力なら八方とも渡り合えるかもしれない。
『本当にこの能力に害は無いのか?俺のデメリットは?』
これを聞いて正直に答えるのか、という懸念はあったが聞くより他に調べる術は無い。
『…全く無い。君と敵との戦いの邪魔になるようなことも無い。これは君が戦ううえで有利になるための補助だ』
『そっちの見返りは無いのか』
『もし君が敵を撃退して無事だったら僕と会って欲しい。僕の提案する計画の話を聞いて欲しい。もちろん賛同してくれるか断るかはその時に決めてもらって構わない』
『力を一方的にくれて、成功した暁には提案を呑んで欲しいというのはいささか強引だな』
『申し訳ない。だが君には生き残って欲しいと思っているのは事実だ』
『なぜ?』
『君は能力者を殺したくないと言ってくれた。そう言ってくれる能力者を僕は求めている。だから君にはここで死んで欲しくないし、よければ会いたいと思っている。まぁ強制力は無いから敵を撃退したうえで僕には会わないという選択肢が君にはあるよ』
『分かった。とりあえず今は生き残ることに集中する。もし敵を撃退できたら、君の計画や提案について今一度考えるよ』
『それでいい。ありがとう。検討を祈るよ』
※
…そして無事に大導路は八方との戦闘から生き残り、こうして誓囲と対面した。
八方との戦いは実質二人がかりで挑んだようなものだったがそれでも接戦であったことを考えると、八方の強力さを改めて脅威に感じるし誓囲の『信頼』による功績は非常に大きいとも思えた。
「率直に言って命の恩人だ」
大導路が実直にお礼を言うと誓囲は照れながら手を振った。
「よしてくれ。僕はただ君に死んで欲しくなかったんだ」
「そして八方にも?」
「…そう聞こえるかい?」
「以前の配信の内容やこの前のメールのやり取りからして、恐らく誓囲は能力者達の死亡を避けたいと考えている。だから八方の生死も確認してきたんだろうが、それとは別に俺が人を殺すような人物かどうかも重要だったんだろう。俺が『八方は殺した』とメッセージを送っていたら、誓囲は直接会う気は無かったんじゃないか」
「そうだね。そのとおりだ」
「本当にこの戦いを止めたいんだな」
「もちろんさ。だからこそ計画を練ったし、それを君に話したいとも思っている。だがその前に今一度、最後の確認したい。蒼刃を出してくれないか」
「…何故?」
「確認なんだ。君は持ったままでいい。僕は触れない」
言われるまま大導路はポケットから蒼刃を取り出した。
「それの刃が出る方を僕に向けてくれ」
言われるまま向ける。
「刃を出してくれ」
「どういうつもりだ?」
「いいから」
大導路が宛先のない敵意を抱くと鞘から蒼い刃が飛び出た。
誓囲はゆっくりとした動作で手を伸ばしてきて、蒼刃を握っている大導路の手首を掴んだ。
そして自身の顔を蒼刃に寄せていく。
「おい」
「あと十センチ、僕の方に蒼刃を突けば僕は死ぬ」
誓囲が淡々と言う。
「これは紛れもない事実だ。そして僕は持ってきたカバンの中に自分の蒼刃を入れてある。君は僕を殺したあと、何気ない感じでカバンを探り蒼刃を手に入れて、ここを離れることができる」
「何の話だ?」
「そういう選択肢も君にはあるということだ」
誓囲は瞬き一つせず大導路を見つめている。大導路もまたそうだった。




