第29話-二十四人目
この戦いにおいて仲間を作るという行為は容易ではなかったが、その苦難を達成させて最大勢力を作ることができれば、どうなるか。
最大勢力が戦わない。その事態がこの戦いにどういった影響を与えるのか。
「重要なのはより多くの人数で同盟を作るということ。だからこの場で全員に呼びかけられるのは運が良い。今いる二十四名のうち三人でも同盟を組めれば、十分強い勢力だ。五人なら脅威だ。そして…七人、八人なら確実に最大勢力だと言える。それを目指す」
『強力な同盟を作り戦いに参加しないという立場を取って、それで戦いを中止にできるのか?』
「おそらく中止にはできないだろう」
配信者の発言に大導路は内心同意した。
絶対者という神のような存在が催している祭事ともいえるこの戦い、多数がボイコットしたことによって中止・解散なんてことにはならないだろう。そう予想できた。
中止にはできない、しかし機能不全にはできるかもしれない。それが配信者の狙いではないか、というところまで推測できた。
配信者は説明を続ける。
「中止にできない以上、多人数の同盟を作って非戦闘を貫いたところで絶対に生き延びられるという保証は無い。そういう意味で絶対に回避できるという話じゃないんだ。しかし成立はしないはずだ。複数が固まって戦わないという選択肢を取ることで、最後の一人になるという局面が発生しないのだから」
『そうした場合この戦いは永遠に終わらない?』
『永遠に終わらず、永遠に東京から出られずになるか。あるいは次の戦いの始まりで俺達は解放されるのか。いずれにせよ俺達に予想できるわけがない』
『腹を立てた絶対者が私達を殺すなんてことにならない?』
『あるいはさっきのコメントにもあった次の戦いが始まりってやつ。そのタイミングで時間切れで俺達全員が同時に死亡ってこともあるんじゃないのか』
いくつかの不穏なコメントに触発されたのか、コメント欄はどんどん書き込みで溢れ始めた。
『これでは絶対に決着しない、と絶対者が判断した時点で俺ら全員が死んでまた違う奴らを呼び集めて仕切り直しって可能性もあるんじゃないのか』
「いずれの可能性も起きる可能性があるし、起きない可能性もある」
ひとしきりコメントを読んだらしい配信者が喋る。
「絶対者の思考や行動は予想できない。しかし絶対者は自分は中立だと説明の時に言っていた。つまりそれはどんな局面になってもこの戦いに干渉しないということなんじゃないのか」
『たしかに非戦を貫くなら殺すという考え方は、非戦主義の奴の行動を抑制しているし明らかに干渉している』
配信者の考えに同調する者もいれば、なお異を唱える者もいる。
『継続不可能だと判断できれば、主催の意志で采配を下すことはスポーツにだってあることじゃないか。絶対者のやり直しという一言でこんな計画は瓦解するよ』
答えの出ない不毛な推測の応酬が続く。
その時、唐突に入室人数の数字が動いたのを大導路は見逃さなかった。他の者も気づきだしたらしくコメントの波が止まったかのように感じられた。
入室人数:二十四。
『二十四?一人増えた?』
『なんで二十四なんだ?実は生きている奴がいた?』
『関係ない人がたまたま入れた?』
配信者も怪訝な顔つきでモニターを眺めている。そしてコメント欄に全員の目を引くコメントが現れた。
ユーザーネームは『絶対者』。
『どうもー』
そのコメントの主の正体を、瞬時に理解できた者がどれほどいただろうか。
『場所合ってる?ここ能力者の集まりだよね?』
『絶対者』とやらは惚けたコメントを続ける。
『まさか、本当に絶対者?』
『そうだよ。こんばんわー』
誰かの質問に気安く返す。まさか、という思いを大導路含む大勢が抱いていたが、しかし他の可能性があるのかというと思いつかない。
『君達が集まるっていうから興味深くて入っちゃった。まぁ気にしないでくれよ』
そう言ってくるものの参加者の集いにいきなり『運営』が現れては、調子が崩れるのも無理はない。実際に配信者は疑いと不安の表情を明らかに浮かばせていた。
『ここまでのコメントを読んだけど…戦わないという選択?そういう人達が多数いる場合はどうなるかって話なのかな』
会話の流れを察した様子に、画面上ではあったが一層ピリつく気配があった。
『これについて僕の見解を言うよ。僕は君達がどういう戦略を取ろうが何もしない。僕は一切の干渉をしない』
…この事態は配信者も予想していなかったはずだ、と大導路は思った。画面に映る配信者の顔を見ればそれは一目瞭然だったが、しかしこの状況は配信者にとって完全な追い風だ。
何故なら今ここに非戦闘は公認となったからだ。
『それってつまり、ずっと戦わず逃げ続けるのはアリだしそれが複数人でのチームでもアリってこと?何のペナルティも無し?』
『もちろん。まずペナルティという概念がこの戦いには無いと思ってもらって構わない。殺せる状況なのに殺さない、他人は絶対に侵入不可と思える場所に隠れ続ける、そういった行動は戦略と考えられるため全く問題ない』
『制限が無い、というような言いぶりだけど俺達の自殺は抑止してるんだよな?』
『戦いを拒否するための自死…は戦略にあたらないと考えて、それについては抑止させている。もう試している人もいるのかもしれないけど、君達は首吊りや身投げはできないようになっている。自然と行動が止まってしまうように調整してるよ』
複数のコメントに対して絶対者は軽快にコメントを返していく。
自殺を試みていなかった大導路にとって新情報だったが、その情報を活かす筋道は全く思いつかない。
『あ、ちなみに何らかの目的を持った行動であれば、自殺行為と取れる行動でも抑止されないよ。敵を攻撃するために高所から飛び降りる、とかであるば結果的に死ぬかもしれないけど抑止されない。要は一人で死のうと思って死ぬような行為だけがNGってことだね』
『自死だけが目的の自殺が、絶対にNGな理由は何かあるのか?』
『そりゃ見ていてつまらないからだよ』
『誰かが膠着状態を作って、それで実質戦いが進行不可になったら?あるいは戦いが終わわずに四年以上経過したら?』
『この戦いに時間制限は無いよ。四年後に次回があるのかもよく分かってないしね。まぁ多分あるんだろうけど。ただ過去の戦いが終わるまでの期間は知ってるけど、そこまで長引いたことは過去に一度も無いんだ』
『もし今回初めて四年以上経過する場合になったら?』
『まーその時はその時に考えるよ』
絶対者と参加者達のいくつかの質疑応答はどれも興味深い内容だった。もはや配信者の非戦闘の提案が霞んでいってしまいそうなほど、場の潮目は変わってきていた。
しかし適当なタイミングで絶対者は会話を打ち切った。
『さてそろそろ退出するよ。様子を見にきただけなのに何だか場をかき回したみたいで悪かったね。とりあえず言いたいことは、君達の行動は基本的に自由だ。それではより良い判断はできるよう健闘を祈るよ』
絶対者が退出しました、のメッセージが流れて入室人数は二十三に戻った。
台風のような絶対者の通過の後、場は何ともいえないざわめきに満たされていた。ポツポツと『時間制限が無いってマジかよ』『長引いたら最悪何十年も東京から出れないってこと?』などのコメントが流れてきたが、それらに対して返信を付けるような者はいない。
各自が思い思いの感想を抱いたり書き込んだりしている時に、配信者が口を開いた。
「…正直言って、全く予想外の展開になってしまった…。だが僕の考えたプランは絶対者からは何の干渉も無いという、ある意味決定的な確証を得ることができた。だから改めて君達に提示したい。この戦いを殺し合いをすることで生きていくか、同じ志の者達とともに平和に生きていくか。全ては君達それぞれの判断に任せる。だがしいて言うなら…僕に賛同して協力してくれるなら、今日死ぬかもしれないという恐怖から逃れられる」
配信者の提案は相当な数の参加者の心を揺らいだろう、と大導路は予測した。死への抵抗や戦いへの恐怖は多かれ少なかれ皆抱いているはずだ。
無論、大導路も例外ではない。
「僕の考えに賛同してくれるのなら、これから表示するメールアドレスに連絡してくれ。個別で連絡を取る。…これで配信は終了する」
その発言の後、画面は暗転し黒い画面に白字のメールアドレスが表示された。映像はそれ以上変化せず、しばらく眺めていたが5分ほどしたあと動画再生が終了された。
配信が終了したあとも大導路はしばらくインターネットカフェのブースに留まって押し黙っていた。周囲から人が動いている物音が聞こえてくる。
戦いが始まってからは周囲の物音一つ一つが大導路の神経を微かに揺さぶっていた。能力者かもしれないという警戒心が心の疲弊に繋がっていた。
その感覚が少しでも和らぐ、という配信者の男の誘いには決して無関心ではいられなかった。




