第23話-皆噛見の闘志
皆噛見猛威は戦いの機会を探していた。絶対者に選ばれて参加者の身になった時、胸中に芽生えたのは勝利への執念ではなく、助かりたいという願望でもなく、戦闘そのものを行いたいという欲求だった。
能力なる力を存分に使って全力全霊をもって戦いたい。それが皆噛見の望みで、絶対者となる願望自体は持ち合わせていなかった。それは不老不死と願いごと一つという報酬を聞いてもなおブレず、関心の対象にはならなかった。
欲しいのは生きている実感。皆噛見にとってそれは闘争だった。
かつて人生で一度だけ本気で人と戦い、拳を使い足を使い、全力を振るったことがあった。
相手は実の父親だった。
皆噛見の家庭は暴力が横行しており、父親は妻と子に常に横柄な態度を取り理不尽な理由で暴力を振るった。
当然父親のことは大嫌いだったが、それと同じくらい母親も嫌っていた。何ひとつ自分の意見を持たず父親に一切の反抗をしない母親だった。そのくせ非常に保身的で、状況次第では自分の身を守るために父親の暴力の矛先を皆噛見に向かうよう取り繕うこともあった。
ある日、いつも以上に父親の暴力がエスカレートして灰皿で頭を叩かれた皆噛見は流血した。母親は青ざめた顔で息を飲んでいたが、その震えた表情は自身にも暴力が及ばないか不安になっているゆえの表情だと、皆噛見は気づいた。
父親に至っては息子が流血しても一切気に留めず、罪悪感など生涯で感じたことの無さそうな意地の悪い笑みを浮かばせながら、もう一撃繰り出そうと灰皿を高く上げた。
嗚呼、糞だ。
皆噛見は全力で父親にぶつかった。突然の反撃に父親はぐらつき、灰皿を落とした。皆噛見はすぐさまそれを拾うと、自分がやられた時と同じように思い切り父親の顔に灰皿を打ち付けた。
父親は鼻血を片手で押さえつつ、もう一方の手で皆噛見を制止させようとした。皆噛見は一切止まらず、何度も何度も父親をぶちのめした。
生まれて初めての親への反抗だった。そして最後の反抗となった。大騒ぎに気づいた近所の住民が玄関の戸を開けて入り込んできた。数人の男に止められてようやく皆噛見は攻撃を止めた。
警察に通報されて、皆噛見も両親も連行された。皆噛見の証言と流血の状態を見て、警察は父親と母親を虐待の容疑で逮捕した。母親は父の逆恨みを恐れて虐待なんて無いと嘘の証言を最初はしていたが、皆噛見の身体には虐待による古傷が無数にあり、言い逃れができない状況になってようやく虐待を認めた。
様々な機関が関わり裁判などもあった末に皆噛見は両親から解放された。これが生涯の別れとなった。引き取り手がいなかったので養護施設に預けられた。
父親に灰皿をくらわした時、皆噛見の中で様々な感情が爆発していた。親への憎しみ、自らの環境に対する悲嘆、そして興奮。
重い灰皿を思い切り振り下ろして硬い頭にぶつけた時の衝撃に、何とも言えない興奮を覚えた。
あれは純粋な戦闘だった、と振り返る。快楽や愉悦で弱者を痛めるような一方的な攻撃ではない。十分な戦闘力を持つ相手に対して、自らの生命を守るための純粋な攻撃だった。そこに皆噛見は尊さを感じた。
攻撃が、戦闘が、生物の本質であるように感じられた。
能力者に選ばれたと知った時、あの時の興奮が再び立ち上がってきたのを感じた。
純粋に戦える。お互いの全力を使っての善悪を超越した戦い。
それは皆噛見が心底望んでいたものだった。
※
戦いが始まって二十日ほど経過した日の夜。深夜未明に皆噛見は外出した。
行く場所は決まっていた。隣町の警察署だ。
ほとんど人がいない通りを歩き、警察署まであと二キロ弱というところで紅針盤を起動した。
やはり。思わずニヤついた。紅針盤には自分以外の点が表示されている。今日もいるかもしれない、という予想は的中していた。
昨日、バイトを深夜に終えて街中を歩いていた時、ふと紅針盤を起動したらたまたま能力者の存在を感知した。その時は相手の点が紅針盤の索敵範囲のギリギリに表示されており、皆噛見が思考している間に点は索敵範囲から外れてしまった。移動して紅針盤を再度起動するも、結局この日は見失ってしまった。
家に帰り、自分のいた場所と紅針盤の表示位置を思い出して町の地図を確認すると、敵のいた位置は隣町の警察署の辺りであることが分かった。
今日も同じ場所にいるかもしれない、という考えは予想というより願望だったが、それは容易く叶えられた。皆噛見は戦闘の意志をもって敵の点が表示されていた場所へ向かうことにした。
警察署沿いの大通りに入り、注視して警察署の正面玄関を眺めた。夜勤の警察官が立番をしているがそれは目当ての人間ではない。皆噛見はもう一度紅針盤を起動した。警察署からやや離れた位置に表示があった。
紅針盤が示す位置を見るとそこは歩道橋だった。大通りを渡る歩道橋の上にたしかに人の影があった。
人影は警察署を観察しているのではないかと皆噛見は睨んだが、しかし相手の事情はどうでもいいことだった。
ゆっくりと歩道橋へ近づいていくと人影が動きだした。その者は階段を使って歩道橋から降りて歩き出した。皆噛見はそれについて行く。
歩道橋から降りたタイミングで、雲に隠れていた月がわずかに顔を出して地上を照らした。一瞬見えた人影の姿が男性であることを皆噛見に気づかせた。
男は警察署から離れて歩き続け、大通りに面した公園広場へ入っていった。遊具は少なく歩道がよく整備されているのでジョギングなどに使われがちな広場であることを皆噛見は知っていた。男は広場内の歩道に沿って歩いていた。皆噛見も広場に入り、気づかれないように近づいていく。
急がず、しかし着実に詰め寄っていく。
皆噛見は思考する。既に俺の能力の発動条件は満たされている…。
男の後方十メートルほど手前まで来た。歩道の周りは何もなく、身を隠すことはできない。もとより不意打ちをする気は無い。皆噛見は男に声をかけようと口を開いた。
その時、男が振り向いた。皆噛見を見ても全く面食らわず、観察するように皆噛見の足から顔を眺めた。
気づいていたのか、と思うが相手が紅針盤を一回でも起動していれば当然バレる状況である。さほど不思議にも思わず、むしろ話が早くていいと考えていた。
「俺が敵なのは分かっているだろう。俺は絶対者になりたいわけじゃないが殺し合いが望みだ。殺すつもりでいく。殺すつもりで臨んでくれ」
皆噛見がそう言い放った。最初から全身全力で戦って欲しいがための助言のつもりだった。そのぶっきらぼうな殺害予告じみた助言に対して、対峙する男は口元に笑みを浮かばせた。そして一言感想を告げてきた。
「潔い奴だな」
月の光が男の顔を明確に映し出した。
不敵に笑う、王魁旺我の姿があった。
そして皆噛見と王魁の決闘が始まった。




