第22話-『O』の『命令』と『P』の『包蔵』
「駅のホームで適当な奴を三人命令した。俺の後を隠れてついてきて、合図をしたら出てこいとな」
説明している間も新手の二人は何の反応もしない。息をしているし瞬きもしているが、まるで人形だ。
「三人であいつを抑えろ」
王魁が言うと二人は先斗へ向かい始めた。道路に横たわっていた一人も這いずりながら迫ってくる。
恐怖に襲われた先斗は逃げることを考えたが、不意に自身の足首を掴まれた。相対する新たな二人に気を取られている間に、道路に横たわっていた男が足首を掴んだのだ。
「ひっ!」
足を何度も振るが男は離さない。速やかな逃亡は無理と悟った先斗は、向かってくる二人と王魁を睨んだ。
右手を突き出す。いつのまにか手にはナイフが握られていた。蒼刃ではない。本物のナイフだ。
「ほう」
王魁はかすかに驚く。またしてもノーモーションで現れたことに気づいたからだ。
戦いのために色々仕込んでいたというわけか。しかし能力者でない一般人に殺傷性のある武器を取り出して、攻撃の意志を向けているという事実。傷害を行うことの躊躇が欠けていると分析できた。
おそらくこの女は殺意解放を受け入れている。そう推理できた。
先斗は片手の催涙スプレーともう片手のナイフを向かってくる男たちに見せつけたが、向かってくる二人は全く意に介していない。
男一人が不用心に先斗に近づいた。先斗は意を決したようにナイフを振るった。
瞬間、血が宙を飛んだ。男の伸ばしていた腕から血が放たれた。男はもう一方の手で出血箇所を押さえる仕草をするが、それでも先斗に近寄る。
もう一人の男も先斗の懐近くまで寄って首元を掴もうとした。
「くっ!」
先斗は上半身を反らして距離を極力作りながら催涙スプレーを発射した。男の顔に直撃して苦痛の悲鳴が上がった。
しかしそれでもなお距離を詰めてきて、先斗に身体をぶつけてきた。スプレー缶を落としてしまう。
さらに這いずっていた一人が足首からさらに膝まで掴みだすと、先斗は身体のバランスを崩して尻餅をついた。弾みでナイフも手から離れて落ちる。
すぐにナイフを掴もうとしたが、男達が覆いかぶさってくる。
「離せ!離して!」
先斗の悲鳴に近い声も男達に何ら反応を与えない。
「よし、そのまま封じていろ」
王魁はそう言うと近づき始めた。
「蒼刃が二本とも、どっかにいってしまってるからな。それを借りることにしよう」
急がず着実に近づいてナイフを取りに行く。先斗は不利な体勢を変えられない。王魁はの勝ちは確実だった。
あとはやるべきことをやるだけでいい。
王魁は殺人の意志を改めて固めた。
その時、パン!という強烈な破裂音が響いた。
王魁は反射的に耳を抑えて音の原因を見た。先斗は倒れたまま、手を覆いかぶさってくる男に向けていた。手に黒い何かを持っている。
王魁の身体が微かに震えた。それは拳銃だった。
先斗の真の切り札が『包蔵』で現れ出た直後に、弾は発射された。
弾丸は先斗を取り押さえていた男の鎖骨のあたりに直撃し、身体を貫いた。衝撃で男が仰向けに倒れ込む。
まさか拳銃まで持っているとはな。
王魁は自身の命が脅かされる危機を感じていた。しかし根底的には冷静なままだった。事態はそこまで大逆転していなかったからである。先斗を上から抑えているもう一人は、頑なに先斗の身体に密着し続けていて離れようとしなかったからだ。
仰向けという不安定な状態、且つ密着されているせいで先斗は次弾を上手く撃てないでいた。
また男が邪魔で王魁を狙うのも難しい状況だ。
依然として窮地に立っている先斗だったが、しかし狙いは敵全員の制圧だけではなかった。それが最上ではあったが、もはやこの状況下では勝ちに固執している場合では無かった。自身の命を守ることを集中せねばならなかった。
「助けて!誰か!」
先斗は叫んだ。男が覆いかぶさっているせいで喋るのも苦しそうだったが、それでも甲高い悲鳴は周囲に響いた。
狙いは第三者の介入。目撃者が多い中で自分を殺すことは流石にできないだろう。先斗は既に勝利以外の結果を視野に入れていた。
王魁は先斗の必死の形相を観察するように見ていた。判断に悩んでいるのかナイフを取ろうとする動きを止めていた。
その時、通りに何者かが現れた。
「そこで何をしているんだ!」
王魁と先斗には見覚えがあった。この場所に来るまでにすれ違った警察官だ。まだ近くにいたらしく先斗の悲鳴から十数秒程度で現れた。
「全員動くな!」
警察官は警告しながら近づいてきた。
助かった…。先斗は安堵した。
動くつもりなど毛頭ない。最も願っていた人材が現れた。警察官が登場した以上、王魁が明確な攻撃を繰り出すことはできない。それを行えば傷害罪の現行犯となりかねない。蒼刃さえあれば警察官にバレないように殺人できるが、二本とも『包蔵』で異空間に飛ばしている。
男が二人負傷して倒れていることや、ナイフや拳銃が現場にあることを考えるとおそらく連行される羽目になるが、しかしどうあれ最悪は免れた。
仕切り直しになるが警察から解放された後は改めて王魁を攻撃すればいい。いや、こんな奴と戦うのはこりごりだ。一度距離さえ空ければ逃げることもそう難しくないはずだ。
追い詰められていた分この状況は先斗にとってほとんど『勝利』に近かった。意地悪くほくそ笑んで王魁を見た。王魁は何を思っているのか無表情で先斗を見返していた。
警察官が急ぎ足で駆け寄り倒れる先斗のそばまで来た。先斗を押さえ込んでいる男をすぐにどかすべきか、不用意に近づくべきでないか逡巡しているようだった。
その時だった。
「その女の腹を銃で撃て」
冷たい声が聞こえた。一言一句はっきりとした口調で発せられた声が先斗の耳に届いた。
え、と先斗は王魁の顔をまじまじと見たが、ふと突然、かつてないほどのエネルギーの衝撃が身体にぶつかった。エネルギーは針のように小さく細く身体にぶつかり、一瞬で身体を通り抜けた。何かが通り抜けたという不思議な感覚があった。
警察官が拳銃を取り出して素早く先斗を撃っていた。弾丸は的確に先斗の腹にぶち当たっていた。
「え…」
先斗の身体から急速に力が抜けていった。何が起きたか確認しようと上体を起こそうとしかけるが、途中で糸が切れたように上体が落ちて後頭部を道路にぶつけた。痛みは感じなかった。それよりも腹部が熱い。
恐怖はまだなく、疑問ばかり浮かんだ。どうして、なぜ。そう思っていると仰向けで空を見ていた視界に、王魁が入ってきた。
倒れる先斗のすぐそばまで来た王魁が見下ろしながら言う。
「『命令』で操れるのは三人、そう言ったが、アレは嘘だ。敵の言うことを易々とは信じないと途中までは考えていたのだろうが、やはり隙が生まれたな」
「…」
「この警察官には、お前を追跡している最中にすれ違った時に『命令』をしていた。俺から五十メートルほど離れた所で待機しろと、それだけを命令した。それ以上の行動は命令しなかったから、発砲音や悲鳴を聞いて警察官らしく駆け寄ってきたわけだ。ごく普通に、仕事をこなすために」
敵が逃亡する可能性を考慮した策でもあり、自分が追い詰められた時の緊急脱出用でもあった。警察が来たらそれ以上の戦闘はできない、という考え方は王魁にもあった。
王魁は手に握っているものを先斗に見えるように持ち上げた。先斗が出したナイフだった。
「俺はこの戦いで、三つのことを確かめたかった。一つ目は俺の『命令』の実戦での有効性。二つ目はいかに抵抗無く他人の人生を奪えるか、だ。『命令』は内容次第では操った者の人生を崩壊させる。今のこの警察官や男達のように…。それを躊躇なく行えるか、自分自身の道徳心に興味があった。そして…」
王魁は屈んだ。先斗の視界でナイフが大きくなっていく。
「三つ目は敵対する能力者を躊躇なく殺せるか…。躊躇は自分の死に繋がる。これをどうしても確認しなければならないと俺は思っていた。これからの戦いを勝ち抜くためには、自分を試さなければならない試練だと俺は考えた」
先斗の身体から遅れて痛みがやってきて、それがどんどん増していく。しかしそれ以上に増していくのは恐怖。とても耐えられない絶望感。
身体は麻痺していき、身体から抜けていく血の感覚すら薄れていく。
「そういう意味では蒼刃よりこっちの方がふさわしい」
そう言うと王魁は深呼吸を一回した。ほんの僅かな沈黙。
ナイフが振り下ろされるその瞬間まで、先斗は王魁を見つめていた。王魁もまたそうだった。
「なかなか手強かったぞ」
それが先斗が最後に聞いた言葉だった。
『O』Order…『命令』(ジ・オーダー)
能力者:王魁 旺我
能力者でない人間に肉声で命令することで発動できる。
対象の人間を操り命令どおりに行動させられる。
効果を与えられるのは一日に五人までであり、五人目を操るとその日は能力を使用できなくなる。
日付が変わると操った人間への効果は消滅し、命令した人数もリセットされる。
同じ対象者に連日『命令』を使用することもできる。
『P』Package…『包蔵』(ザ・パッケージ)
能力者:先斗 比里加
手で握れる程度の大きさの対象物に触れることで発動できる。
対象物を異空間に飛ばし、任意のタイミングで取り出すことができる。
『P』の先斗比里加…『死亡』
残り二十四人




